【赤い糸】
君は「赤い糸」を知ってるかい?
…あぁ、僕が言っているのは「運命の赤い糸」の事じゃないよ。
この地域に伝わる一種の「怪異」の話だ。
赤い糸。
ソレは大体タコ糸ぐらい細い糸の寄生型怪異。
数cmも時もあれば数百mの時もあるといい、実際の長さは不明。
元は白だったらしいが、生物を殺すことにより血が染み込んで赤い糸になったんだとか。
この怪異は生物に寄生し、宿主を体内から少しずつ破壊していく。
最初に脳を支配し、それから血管や骨を自身の糸へと作り変える。
宿主は意識は残っているが、糸に支配されているため声は勿論、指1本すら動かすことができない。
やがて糸は体内に卵を産みつける。
怪異の卵が孵化すると、身体中の穴だったり、皮膚を破って体外に出てこようとするため意識のみ残っている宿主は恐怖の中、ただ死を待つ。
稀に、孵化が終わった死体で人間ごっこをしている奴もいるらしいけどね。
…え?なんでそんなに詳しいのかって?
そりゃあ、ボクがその「赤い糸」だからだよ。
…驚いた?ってことで、今日から君がボクの次の器だ。
この身体はもう飽きちゃったんだ。
よろしくね、ニンゲン。
【入道雲】
入道雲。
それが僕の呼び名だった。
夏の風物詩って言われているが、落雷や大雨を降らせることがあるから僕を嫌ってる人も少なくないし、何かと特別扱いを受けることが多かった。
「入道雲って何て言うか…特別、だよね」
「わかるー。私等みたいな普通の雲とじゃ天と地の差、って感じ?」
昔聞いた他の雲たちの何気ない会話。
それが僕は凄く嫌だった。
好きで入道雲になったんじゃない。
「特別」なんかになりたくなかった。
もっと、「普通」になりたかった。
入道雲としての仕事が多い「夏」は自分を見失わないように、生きるためにバリバリと働いた。
他の季節は時々入る仕事だけで済ませ、極力引き籠もるようにした。
そんな生活をしていたある時、先輩の入道雲から呼び出された。
ここ数年、僕は先輩の補佐入道雲として仕事をしていたが先輩が引退することで正式に引き継ぎすることになった。
僕が生まれるより何十年と前からバリバリに働いていた彼はもう「入道雲」とは呼べないぐらい小さくなっていて、もう寿命も長くないようだった。
「なぁ、後輩。俺たちは『入道雲』って名前がつけられてるけど、実際は図体だけデカいただの雲よ。ちょっと感情の波が強いから落雷大雨を引き起こしちまうだけで、普通の奴等と何も変わらない。特別な存在なんかじゃないんだ」
先輩はカラカラとグラスの氷を回しながら語る。
真面目な話をする時の先輩の癖だ。
「だってさ、こんなちっさくてヨボヨボの身体になっても俺は『入道雲』なんだぞ?名前なんて飾りに過ぎないんだから、お前も『普通の雲』らしく頑張れよ」
先輩はそう言い残して煙のように消えていった。
…僕は雲。
それ以上でもそれ以下でもない。
【夏】
夏と聞いて思い出すのは子供の頃に田舎のおばあちゃん家に行った時にやっていた神社のお祭り。
僕はそこで不思議な体験をしたんだ。
その日は一緒に行くはずだった田舎の友達が熱で寝込んでしまい、家族たちもバタバタしていてお祭りに行きたいと言い出せる雰囲気じゃなかった。
でも家で過ごすのもなぁ…と1人お祭り会場へ向かった。
少ない小遣いでラムネといちご味のかき氷を買い、屋台がズラリと並ぶ通りから少し離れた神社の境内でゆっくり花火が始まるのを待つことにした。
境内は人がいない分とても涼しく快適だった。
階段に腰掛けてかき氷を食べようとした時、「美味しそう」と後ろから声が聞こえた。
振り向くと顔の半分を黒狐の面で覆った星柄の着物姿の男の子がいた。
「だ、誰?」
「お?ボクが見えるのかい?」
「えっ、普通に見えるけど…」
「ボクは『いろは』だよ!よろしくな少年!」
「あ、あぁ…よろしく…?」
「なぁなぁ、その手に持ってる赤くてキラキラした奴は何て食い物なんだ?」
「いちご味のかき氷だけど…半分食べる?」
「えっ!いいのか?!」
目をキラキラと輝かせ、僕からかき氷を受け取ると勢いよく頬張った。
「あっま!冷たくて美味しいな!」とニコニコと喜んで食べてるいろはに僕はついラムネもあげ、いろはは「シュワシュワで美味しい!」とゴクゴク喉を鳴らして飲み干した。
「そうだ!かき氷とラムネのお礼に良いモノ見せてやるよ!」
そう言ったいろはバッと立ち上がって境内で踊り出した。
その繊細でとても美しい踊りに僕は目を離すことができない。
「周り、見てろよ〜」
いろはに促され、周りを見渡すと境内の木々がポツポツと色んな色に染まり始めた。
桜のような桃色、夏の涼し気な緑色、温かみのある黄色や橙色、降り積もった雪のような白色。
この場所だけに四季をぎゅっと集めたような、幻想的な景色。
それに便乗するように花火が始まった。
「綺麗…」
僕は幻想的な景色と花火に見惚れてしまった。
花火が終わる頃、いろはの声が聞こえた。
「今日は楽しませて貰ったよ。また何処かで会おうな、少年!」
辺りを見渡すと、いろはは居なくなっていた。
呼んでも返事をすることは無かった。
後日、僕はまた会いたくて「いろは」について色々調べた。
すると、あの神社から少し離れた社に「イロハ狐」という狐の神様が祀っていることが分かった。
『イロハ狐』は『彩葉狐』と書き、木々を色付ける役目を持った神様。
子供と楽しいことが大好きで、姿は星柄の羽織を身に着けた黒狐と言われている。
もしかして「いろは」って…。
翌日、僕は「イロハ狐」が祀られているらしい社へと足を運んだ。
長い事手入れをされていないのか、随分汚くてボロい小さな社だった。
持ってきた掃除道具で社を綺麗にし、近くに落ちていた枝や板で補強。
少し不格好だが、さっきよりはマシだろうとラムネをお供えし、手を合わせた。
「また来るね」と社に背を向けて帰ろうとした時、「ありがとう、少年」と夏の風に乗っていろはの声が僕に届いた。
大人になった僕はこの田舎に引っ越し、あの社の近くに家を建てた。
社を綺麗にし、「イロハ狐」との思い出が消えないように守り続ける。
またいつか、いろはと再会するその日まで…。
【ここではないどこか】
物心付いた時には僕は既に檻の中にいた。
周りには何十個も檻があり、僕と同じように首輪を付けられたヒトたちがいた。
僕のような肉食系の獣人だったり、耳や目に特徴があるエルフ、元々ヒトの形をしていない異形種など、色んな種族が檻に住んでいた。
僕らは月に数回、「お客さん」の前でパフォーマンスを披露する。
「お客さん」が気に入った子は引き取られることがあるし、パフォーマンスをミスしたりすればその子は後で「調教室」という部屋で鞭とかで何時間も叩かれる。
時々、その部屋に行った子が帰って来なくなる日がある。
でも、皆その子がどこ行ったかなんて気にしてる余裕がない。
自分を守るのに必死だから。
ご飯の時と「お客さん」の前に出る時以外は基本的に檻の中で両手足の枷を付けられ、自由を奪われる。だから数ヶ月に1度の「自由日」は大きな部屋の中でそれぞれ伸び伸びと過ごす。
そんなある時の自由日。
昔からいるエルフのアジャイさんと話した際にココは「見世物小屋」なのだと教わった。
小屋を仕切っている「ザバーラ」という人間の男が人間以外の種族を何処からか攫っていること、僕らのような獣人やエルフなどの希少な種族は「お客さん」に見せて買って貰う「商品」だってこと、「調教室」から帰って来なかった子は死んじゃってることなど、沢山知った。
アジャイさんは「故郷じゃなくていいから取り敢えず、ここではないどこかに行きたい」と言いつつ、もう殆ど諦めているらしかった。
アジャイさんの身体は僕や他のヒトたちより何倍もボロボロだった。
小屋での生活を30年以上。
自分を犠牲にしながら情報を集めて逃げようとしたけど、小屋の監視の目は年々厳しくなっていて逃げ出す隙がない。
奇跡的に「外」に出れても、敷地外に行けば首輪から脱走防止の薬を打ち込まれてしまうからすぐに捕まるし、連れ戻されたらいつも以上に痛い目を合わせられる。
アジャイさんはそんな辛い経験をしてきたそうだ。
自由日の終わり、「もう…どうでもいいや…」と消えそうな声で呟く彼女を最後に、僕は一生アジャイさんと会うことはなかった。
時は流れ、僕はすっかりガタイの良い肉食獣人になっていた。
あの頃共に過ごしたヒトたちはもう誰もいない。アレから25年も経ったのだから。
買われたり死んじゃったりで「商品」は僕以外入れ替わり、売れ残り続ける僕はサンドバッグにされた。
そんな僕はかつてのアジャイさんと同じことをしていた。
小屋に関する情報をひたすら集め、どうにかして逃げ出せないか考えた。
…だが、それは全て無駄に終わった。
調べれば調べるだけ隙がなく、本当にどうすることもできない。
最初から詰んでたんだ。
ある自由日。
僕は昔の僕にそっくりなエルフの子供に話しかけた。
何も知らない彼に僕の知る全てを教えた。
彼は僕の身体に刻まれた古傷に驚きつつも、真剣に話を聞いてくれた。
僕は疲れた。もうどうでもいい。
あの時のアジャイさんの気持ちが今ならわかる。
きっと彼女も僕と同じ立場だったんだろう。
「故郷じゃなくていいから取り敢えず、ここではないどこかに行きたい」
自由日が終わると僕は檻の中で座り、ジッと指先に集中した。
爪に少しずつ魔力を流し、成長スピードを上げた。
そして出来上がった鋭い爪を首輪の下に隠れていた自身の首に当て、真横に掻っ切る。
鋭い痛みはすぐに眠気へと変わり、僕の首から溢れて止まらない生暖かいモノに包まれながらゆっくりと目を閉じた。
僕はやっと、本当の「自由」を…何処かへ行く権利を得たのだ。
【君と最後に会った日】
君と最後に会った日。
僕は昨日の出来事のようにまだ鮮明に覚えている。
ギラギラと輝く太陽が肌を焼き付け、蝉たちが異常なまでに大合唱していたあの夏を。
アイス片手に塾へと向かう途中、反対側の歩道で信号待ちをしていた君を見つけた。
君は僕に気づくと満面の笑みで手を振っていた。
信号が青に変わり、渡ろうと1歩踏み出した君。
僕は溶けたアイスに気を取られて君から一瞬、目を離してしまった。
もう一度君の方を向こうとした時には「ドンッ」という何か大きなものがぶつかったような音と急ブレーキ音。
バッと顔を向けるとそこに君は居なくて。
代わりに少し離れた場所で「ガツン、ガツン、ガタガタガタッ」という音と共に塀に突っ込んでいる大型トラックと地面を紅く染め上げるナニカ。
周囲を見渡すと何か大きな物がトラックの側に転がっていた。
ダッシュで近寄るとソレは真っ赤に染まった君だった。
頭部は半分ぐらい粉砕、手足はあらぬ方向へ曲がっていて、心臓は脈を打っていない。
息がないことは明白であった。
だが、まだ助かるかもしれないと君を抱きかかえ、震える手で救急車を呼んだ。
救急車が到着する頃には僕の服は君の血で真っ赤になっていた。
…君は助からなかった。
君の葬式は気づいたら終わっていた。
君の家族も、暫くしたら笑顔を見せるようになった。
死んだらこんなにもアッサリしているのかと実感させられてしまった。
僕は毎日あの場所に足を運んだ。
君が大好きだった青の胡蝶蘭を供え、手を合わせ続けた。
心にポッカリと穴が空いた僕はずっとあの夏に取り残されたままだ。
今までも、そしてこれからも。