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【入道雲】

入道雲。
それが僕の呼び名だった。

夏の風物詩って言われているが、落雷や大雨を降らせることがあるから僕を嫌ってる人も少なくないし、何かと特別扱いを受けることが多かった。

「入道雲って何て言うか…特別、だよね」
「わかるー。私等みたいな普通の雲とじゃ天と地の差、って感じ?」

昔聞いた他の雲たちの何気ない会話。
それが僕は凄く嫌だった。

好きで入道雲になったんじゃない。
「特別」なんかになりたくなかった。
もっと、「普通」になりたかった。

入道雲としての仕事が多い「夏」は自分を見失わないように、生きるためにバリバリと働いた。
他の季節は時々入る仕事だけで済ませ、極力引き籠もるようにした。

そんな生活をしていたある時、先輩の入道雲から呼び出された。
ここ数年、僕は先輩の補佐入道雲として仕事をしていたが先輩が引退することで正式に引き継ぎすることになった。
僕が生まれるより何十年と前からバリバリに働いていた彼はもう「入道雲」とは呼べないぐらい小さくなっていて、もう寿命も長くないようだった。

「なぁ、後輩。俺たちは『入道雲』って名前がつけられてるけど、実際は図体だけデカいただの雲よ。ちょっと感情の波が強いから落雷大雨を引き起こしちまうだけで、普通の奴等と何も変わらない。特別な存在なんかじゃないんだ」

先輩はカラカラとグラスの氷を回しながら語る。
真面目な話をする時の先輩の癖だ。

「だってさ、こんなちっさくてヨボヨボの身体になっても俺は『入道雲』なんだぞ?名前なんて飾りに過ぎないんだから、お前も『普通の雲』らしく頑張れよ」

先輩はそう言い残して煙のように消えていった。

…僕は雲。
それ以上でもそれ以下でもない。

6/30/2024, 6:55:09 PM