【ここではないどこか】
物心付いた時には僕は既に檻の中にいた。
周りには何十個も檻があり、僕と同じように首輪を付けられたヒトたちがいた。
僕のような肉食系の獣人だったり、耳や目に特徴があるエルフ、元々ヒトの形をしていない異形種など、色んな種族が檻に住んでいた。
僕らは月に数回、「お客さん」の前でパフォーマンスを披露する。
「お客さん」が気に入った子は引き取られることがあるし、パフォーマンスをミスしたりすればその子は後で「調教室」という部屋で鞭とかで何時間も叩かれる。
時々、その部屋に行った子が帰って来なくなる日がある。
でも、皆その子がどこ行ったかなんて気にしてる余裕がない。
自分を守るのに必死だから。
ご飯の時と「お客さん」の前に出る時以外は基本的に檻の中で両手足の枷を付けられ、自由を奪われる。だから数ヶ月に1度の「自由日」は大きな部屋の中でそれぞれ伸び伸びと過ごす。
そんなある時の自由日。
昔からいるエルフのアジャイさんと話した際にココは「見世物小屋」なのだと教わった。
小屋を仕切っている「ザバーラ」という人間の男が人間以外の種族を何処からか攫っていること、僕らのような獣人やエルフなどの希少な種族は「お客さん」に見せて買って貰う「商品」だってこと、「調教室」から帰って来なかった子は死んじゃってることなど、沢山知った。
アジャイさんは「故郷じゃなくていいから取り敢えず、ここではないどこかに行きたい」と言いつつ、もう殆ど諦めているらしかった。
アジャイさんの身体は僕や他のヒトたちより何倍もボロボロだった。
小屋での生活を30年以上。
自分を犠牲にしながら情報を集めて逃げようとしたけど、小屋の監視の目は年々厳しくなっていて逃げ出す隙がない。
奇跡的に「外」に出れても、敷地外に行けば首輪から脱走防止の薬を打ち込まれてしまうからすぐに捕まるし、連れ戻されたらいつも以上に痛い目を合わせられる。
アジャイさんはそんな辛い経験をしてきたそうだ。
自由日の終わり、「もう…どうでもいいや…」と消えそうな声で呟く彼女を最後に、僕は一生アジャイさんと会うことはなかった。
時は流れ、僕はすっかりガタイの良い肉食獣人になっていた。
あの頃共に過ごしたヒトたちはもう誰もいない。アレから25年も経ったのだから。
買われたり死んじゃったりで「商品」は僕以外入れ替わり、売れ残り続ける僕はサンドバッグにされた。
そんな僕はかつてのアジャイさんと同じことをしていた。
小屋に関する情報をひたすら集め、どうにかして逃げ出せないか考えた。
…だが、それは全て無駄に終わった。
調べれば調べるだけ隙がなく、本当にどうすることもできない。
最初から詰んでたんだ。
ある自由日。
僕は昔の僕にそっくりなエルフの子供に話しかけた。
何も知らない彼に僕の知る全てを教えた。
彼は僕の身体に刻まれた古傷に驚きつつも、真剣に話を聞いてくれた。
僕は疲れた。もうどうでもいい。
あの時のアジャイさんの気持ちが今ならわかる。
きっと彼女も僕と同じ立場だったんだろう。
「故郷じゃなくていいから取り敢えず、ここではないどこかに行きたい」
自由日が終わると僕は檻の中で座り、ジッと指先に集中した。
爪に少しずつ魔力を流し、成長スピードを上げた。
そして出来上がった鋭い爪を首輪の下に隠れていた自身の首に当て、真横に掻っ切る。
鋭い痛みはすぐに眠気へと変わり、僕の首から溢れて止まらない生暖かいモノに包まれながらゆっくりと目を閉じた。
僕はやっと、本当の「自由」を…何処かへ行く権利を得たのだ。
6/27/2024, 10:05:56 PM