【夏】
夏と聞いて思い出すのは子供の頃に田舎のおばあちゃん家に行った時にやっていた神社のお祭り。
僕はそこで不思議な体験をしたんだ。
その日は一緒に行くはずだった田舎の友達が熱で寝込んでしまい、家族たちもバタバタしていてお祭りに行きたいと言い出せる雰囲気じゃなかった。
でも家で過ごすのもなぁ…と1人お祭り会場へ向かった。
少ない小遣いでラムネといちご味のかき氷を買い、屋台がズラリと並ぶ通りから少し離れた神社の境内でゆっくり花火が始まるのを待つことにした。
境内は人がいない分とても涼しく快適だった。
階段に腰掛けてかき氷を食べようとした時、「美味しそう」と後ろから声が聞こえた。
振り向くと顔の半分を黒狐の面で覆った星柄の着物姿の男の子がいた。
「だ、誰?」
「お?ボクが見えるのかい?」
「えっ、普通に見えるけど…」
「ボクは『いろは』だよ!よろしくな少年!」
「あ、あぁ…よろしく…?」
「なぁなぁ、その手に持ってる赤くてキラキラした奴は何て食い物なんだ?」
「いちご味のかき氷だけど…半分食べる?」
「えっ!いいのか?!」
目をキラキラと輝かせ、僕からかき氷を受け取ると勢いよく頬張った。
「あっま!冷たくて美味しいな!」とニコニコと喜んで食べてるいろはに僕はついラムネもあげ、いろはは「シュワシュワで美味しい!」とゴクゴク喉を鳴らして飲み干した。
「そうだ!かき氷とラムネのお礼に良いモノ見せてやるよ!」
そう言ったいろはバッと立ち上がって境内で踊り出した。
その繊細でとても美しい踊りに僕は目を離すことができない。
「周り、見てろよ〜」
いろはに促され、周りを見渡すと境内の木々がポツポツと色んな色に染まり始めた。
桜のような桃色、夏の涼し気な緑色、温かみのある黄色や橙色、降り積もった雪のような白色。
この場所だけに四季をぎゅっと集めたような、幻想的な景色。
それに便乗するように花火が始まった。
「綺麗…」
僕は幻想的な景色と花火に見惚れてしまった。
花火が終わる頃、いろはの声が聞こえた。
「今日は楽しませて貰ったよ。また何処かで会おうな、少年!」
辺りを見渡すと、いろはは居なくなっていた。
呼んでも返事をすることは無かった。
後日、僕はまた会いたくて「いろは」について色々調べた。
すると、あの神社から少し離れた社に「イロハ狐」という狐の神様が祀っていることが分かった。
『イロハ狐』は『彩葉狐』と書き、木々を色付ける役目を持った神様。
子供と楽しいことが大好きで、姿は星柄の羽織を身に着けた黒狐と言われている。
もしかして「いろは」って…。
翌日、僕は「イロハ狐」が祀られているらしい社へと足を運んだ。
長い事手入れをされていないのか、随分汚くてボロい小さな社だった。
持ってきた掃除道具で社を綺麗にし、近くに落ちていた枝や板で補強。
少し不格好だが、さっきよりはマシだろうとラムネをお供えし、手を合わせた。
「また来るね」と社に背を向けて帰ろうとした時、「ありがとう、少年」と夏の風に乗っていろはの声が僕に届いた。
大人になった僕はこの田舎に引っ越し、あの社の近くに家を建てた。
社を綺麗にし、「イロハ狐」との思い出が消えないように守り続ける。
またいつか、いろはと再会するその日まで…。
6/29/2024, 11:24:12 AM