【繊細な花】
僕は一目惚れをした。
鋼の心を持つ自分とは真逆な、硝子でできた繊細な花のような心を持った年下の子に強く惹かれた。
僕は彼女を傷つけぬようにと1つ1つ丁寧に立ち回った。
彼女好みの「良い人」を演じ、少しずつ彼女の心を開かせた。
彼女の「嫌なこと」は僕が進んで引き受け、逆に「良いこと」は全て渡した。
要求が段々ヒートアップしても僕は何も言わず叶えた。
僕が守る。傷つかせない。壊させない。
そう決めた筈なのに、良かれと思ってした行動の全てが「繊細な花」を少しずつ壊していたことに愚かな僕は気づかなかった。
僕の惹かれた硝子のように透き通った美しい花はいつの間にかドス黒く濁りきった醜い花に変わり果てていた。
僕は「繊細な花だったモノ」から逃げ出した。
怖かったのだ。
別人かってぐらいヒトは変わってしまうことに。
すっかりトラウマになってしまった僕は「繊細な花」と関われなくなった。
最初から「ドス黒く濁りきった醜い花」と関わる方が気が楽だった。
「繊細な花」と違って何をしても壊れないし、適当な立ち回りでも何とかなる。
そんなことばかりしていた僕は他人を思いやれないクズになっていた。
「繊細な花」なんかと関わらなきゃ良かった。
そればかり考えた。
僕はあの時…繊細な花に惹かれた時、どうするのが正解だったのだろうか。
【1年後】
去年、何となくで入った大学のサークル。
初めての活動は「1年後の自分へ」というテーマで手紙を書いた。
ガキじゃないんだから…とブツブツ文句言いながら未来を描いた記憶がある。
1年後は酒も煙草も解禁して晴れて大人の仲間入り。
今のまま行けばバイトもそれなりに給料が上がるから貯金100万も夢じゃない。
親に迷惑掛けないように留年だけはするなよ。
そんなことを書いた。
明日は手紙を書いたあの日からちょうど1年後。
1日早く読んでしまったが、コレはコレで良かったかもしれない。
明日、世界が終わる。
隕石が地球目掛けて飛んできているらしい。
実質、今日が悔いの残らないようにやることやれる最後の日。
こんなの誰が予想できただろうか。
神は、救いは何処にもない。
明日には皆死んで全部無かったことになる。
ゲームのリセットボタンを押した時のように。
「明日なんか来なきゃいいのに」
【子供の頃は】
子供の頃は自由だった。
将来の夢、遊び、勉強、人間関係、習い事…何でも選べた。やり直せた。
だけど大人になった今では無数の鎖に繋がれて自由なんてありゃしない。
仕事、家庭、病気、人間関係などなど…。
子供の頃に作り上げた「個性」も社会からしたら無の方が都合が良いらしい。
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日。
上司に頭ペコペコ下げて、ご機嫌取って、休日は身体に鞭打って家族に尽くす。
あぁ…子供の頃に戻りたい。
【日常】
彼女が病んだ。
恋人である僕は彼女を支える。それが当然だ、普通だ。
だけど僕自身も膨大な仕事に押しつぶされていて、いつぶっ壊れるかわからない状態。
精神科にも月1で通って、薬飲んで何とか自分を保ってられている。
担当医には「もっと自分を大切にしなさい」なんて言われてるけど、僕は元々自分より他人優先の人間だから、「自分を大切にする」ってことが中々できない。
ぶっ壊れそうな身体に鞭を打って、大好きな彼女に会いに行く。
彼女の前では弱音を吐かないようにヘラヘラと笑った。
顔色を窺い、言葉を慎重に選んだ。
彼女の好きなもの、行きたいと言った場所、欲しいと言った物。全部出した。
貯金は馬鹿みたいに溶けてしまったけど、彼女の笑顔がまた見れるなら自分は大丈夫だと呪いのように言い聞かせ続けた。
ある日、僕は仕事で大きなミスをした。
以前から積み重なっていたものもあり、何処かへ消えてしまいたくなった。
公園のベンチに座り込み、スマホを握り締める。
「彼女の…声が、聞きたい…」
ここ2ヶ月近く、彼女から「忙しいから」と電話することを断られていた。
だから彼女に飢えていたし、誘いを断られる度にぐっとクるものがあった。
数十分迷った末、僕は勇気を出して彼女に電話を掛けた。
…だが、彼女が僕の電話に出ることはなかった。
数分後。
彼女から『ごめん』という一言。
『ここまで断られ続けると流石に辛い』と返すが、彼女はずっと謝るだけ。
謝って欲しかったんじゃない。僕は「大丈夫?」の一言が欲しかっただけなのに。
突然、プツン…と自分の中で何かが切れる音がした。
蓋をしていた感情が、涙が、洪水のように溢れて止まらなくなってしまった。
僕ばっか色々考えてやってるのが馬鹿みたい。
彼女に自分の精神削ってでも尽くしてきたのに僕には心配の一言すらくれない。
一体僕は、君の、何なんだ。
こうして僕と彼女の関係はギクシャクしてしまった。
翌日、冷静になった僕は彼女に謝罪の連絡をした。
本当は直接謝罪したかったが、彼女に今は会いたい気分ではないと言われたのと、僕もあまり精神状態的に会うとマズいのがわかっていたからやめた。
話し合いの結果、3ヶ月後に直接会って今後のことを話す、ということで話が纏まった。
過去にも何人か付き合ったことはあったが、ここまで好きになったのは彼女が初めてだから別れたくない。
だけど、彼女が僕のせいで苦しむのなら僕は消えた方がいいのだろうか?
そんなグチャグチャな感情が混ざり合いながら、「日常」を過ごす。
「彼女」という存在が消えた日常は氷のように冷たく、つまらなくて。
やらなければいけない膨大な量の仕事にも中々手がつかなくなった。
「…あと、2ヶ月か」
カレンダーをぼんやり眺め、酒に溺れる。
僕が変われば、彼女は見返してくれるだろうか。
僕の「日常」には、君がいないと駄目なんだ。
失った「日常」を取り戻すために僕は今日も自分を変える旅に出る。
【好きな色】
僕は可愛いものが好きだった。
小動物やキラキラしたお菓子、ぬいぐるみ、プリキュア、スカート…。
とにかく女の子っぽい可愛いものが好きでたまらなかった。
特にピンク色が大好きで、小学校の入学前に買いに出かけたランドセルも「絶対ピンクが良い!」「キラキラの飾りのが良い!」と言い張った。
だけど、両親から買い与えられたのは僕の希望とは真逆の紺色で地味なランドセル。
この日を境に、両親は僕に「普通になりなさい」と呪いのように毎日言い続けた。
小学校に上がって暫くした図工の時間。
「好きな色」をテーマに絵を描くことがあった。
僕は当然、大好きなピンク色で花やリボン、ウサギ、ハートなどを筆が乗るまま自由に描いた。満足する出来で、自信満々にそれを友達に見せた。
だが友達からの反応は僕が想像していたものとは違った。
「男なのにピンクとか可愛い物が好きとか気持ち悪い」と言われ、それをキッカケに僕は虐められた。
僕は普通じゃない。好きな色はピンクじゃ駄目だし、可愛い物も駄目なんだ。
青色が好き。カッコイイものが好き。
僕はそんな周りにとっての「理想の僕」を演じることにした。
月日は流れ、進路を決める時期がやってきた。
高校生になった僕はすっかり「理想の僕」が板についていて、そこそこモテたりもした。
…だけど、ずっと何処か靄がかかっていて、心からの幸せは感じることができなかった。
ココに居たらこれからも自分を縛られる。
そう思ったらぎゅっと苦しくなって、気づけば段ボール1つ分の荷物と一緒に、逃げるように都会へ上京していた。
…今日からココは、僕だけの家。誰にも文句を言われない唯一の場所。
真っ白なキャンバスのような部屋を僕は十数年間、心の奥底に閉じ込めてた色で染める。
「…できた」
桜色をメインにしたカラフルでポップな部屋。
女の子っぽい部屋だと言われるかもだけど、コレが僕の部屋。僕の城だ。
僕が僕であるために、僕は「好き」を隠さないことにした。
僕は可愛いものが好きだ。