【あなたがいたから】
本当ならば僕はここに居るはずが無かった。
あなたがいたから僕はまだ生きている。
あなたの命と引き換えに僕は生かされてしまった。
生かされたあの日以降も僕は何度も人生の幕を閉じようとした。
だが、全部失敗した。
普通じゃありえないレベルの奇跡が毎回起きては何としてでも僕を生かそうとする。
まるで不思議な力が働いているかのように。
あなたが命と引き換えに僕に掛けた呪いのせいで僕はこんなに生きてしまった。
死にたがりの僕よりあなたの方が何万倍も生きる価値があったのに。
墓の前に座り込み、今日も僕は語る。
あなたがいたから僕は―――
【相合傘】
時刻は深夜2時。
やっとの思いで仕事を片付け、階段を駆け下りてビルを出ると外は大雨。
「嘘でしょ…」
予報にはなかった大雨に絶望しながらもゴソゴソと鞄を漁る。
…が、ない。
入れていた筈の折り畳み傘がなかった。
昨日荷物の入れ替えをしていたからそれで家に置いてきてしまったようだ。
仕方ないかと家でネトゲをしているであろう同居人に電話を掛ける。
「おっ、仕事終わった?遅くまでお疲れ様」
「ありがとう。あのさ、悪いんだけど傘忘れたから迎え来てくれない?」
「あー…わかった。今から迎え行くから15分だけ待っててくれる?」
「ん、待ってる」
―――15分後。
同居人からの『今着いた』というLINE。
顔を上げると遠くから人影が近づいているのが見えた。
星が散りばめられた大きな青い傘。同居人が自分で作ったオリジナルの傘。
「お疲れ、待った?」
「あれ?あたしの分の傘は?」
「え?ないけど?」
「は?」
数秒の沈黙。
ちょっとピリピリする雰囲気を壊したのは同居人だった。
「ほーら、入りなよ。風邪引いちゃうよ?」
「この年にもなって相合傘って…」
「まぁまぁ、偶には良いでしょ?そういう気分だったの」
悪戯っ子のように嘲笑う同居人。
無駄に顔が良いから怒るに怒れなくなる。
「…まぁいいけど」
やっぱ勝てないなぁ…と思いながらあたしは大人しく傘にスッと収まった。
【落下】
ふと目を覚ますと、僕は自分が良く知った場所にいた。
高校の美術室。僕の青春の1ページだった思い出の場所。
僕はゆっくり立ち上がると校舎を彷徨いた。
ピカピカだった校舎も今ではすっかりボロボロになってしまった。
窓ガラスは殆ど割れ、床や天井には数え切れないぐらいの穴が空き、壁は落書きだらけ。
動物小屋も柵は腐り果て、飼っていた動物たちは何処かへ消えた。
あの頃の思い出の校舎は見る影もない。
あっという間に回り終わった僕は最後の場所である屋上に着いた。
僕の足は自然にいつもの定位置に向かった。
定位置に着いたら5,6回深呼吸をする。何度やったか分からない儀式だ。
「あーあ、こうなるならあの時飛ばなきゃ良かった」
何度口にしたか分からない言葉を紡ぎながら今日も僕の身体は落下し続ける。
己に課された「罪」という名の鎖を断ち切るその日まで。
【未来】
久々に大きな仕事を終えた僕はその足でとある雑居ビルの屋上に向かった。
ここには、ここの町には誰も住んでない。
色々あって今ではゴーストタウン化した「忘れられた町」の1つ。
人が居ないから静かで落ち着く、僕のちょっとしたお気に入りスポットだ。
屋上の縁に座り、足をブラブラさせながら途中のコンビニで買った缶コーヒーを飲む。
コレがまた最高なんだ。
夜風は気持ち良いし、何よりここから見える星空がめちゃくちゃ綺麗で癒される。
…1時間くらい経っただろうか。
空になった缶コーヒーを遠くへ投げると僕はゆっくり立ち上がり、ロケットペンダントを開いた。
中には向日葵を抱えて笑っている1人の女性の姿。
…僕がこの世で唯一愛した人だ。
「今…会いに行くからね」
今日は特別な日。
この「忘れられた町」で生まれ育った幼馴染の命日。
僕は忘れない。
彼女と過ごした日々を。この町が「忘れられた町」になってしまったあの災害を。
ロケットペンダントをギュッと強く握り締めて一歩踏み出す。
過去に囚われて進まなくなった僕の時計の歯車がやっと動き出した。
…未来へ、進んだのだ。
【1年前】
1年前の夏、恋人ができた。
「天使」と「悪魔」の、敵対種族の、叶うはずのない恋愛だった。
悪魔の僕は昔、悪魔の意に反して人を沢山助けた。
その罰として自慢だった大きな漆黒の翼を1つ失った。
「片翼」は劣等の証。
飛行能力は落ちるし、生まれながらの劣等生や、何か過去に重罪を犯した証。
だから僕は生まれながらに翼を持つ天使や悪魔としてはカッコ悪い奴。
「片翼の悪魔だなんてカッコ悪いだろ?」
「カッコいいよ、自分の気持ちを曲げなかった証じゃん」
「でも、レヴィアちゃんは天使の意に反したことないんだろ?簡単には信じられないって」
僕の言葉に彼女は一瞬困った顔をしてから呟いた。
「…じゃあさ、堕ちる所まで堕ちてあげよっか?」
「…どうせ、それも僕を振り回すための嘘なんだろ?」
「…本気、だから」
彼女は躊躇なくその立派な白銀の翼を1つ剣で切り落としてみせ、その切り落とした翼を拾うと僕の前に突き出した。
「…ね?嘘じゃないでしょ?コレでクリグヴィンス君とお揃いだね」
汗一つ掻かず、ずっとニコニコと笑う彼女に対して僕は若干の恐怖を覚えた。
というのも、翼の付け根には神経が集中してるから尋常じゃない痛みが襲う。
それこそ最低でも1ヶ月は立つことは当然、飲み食いすることすらキツい。
経験した僕だからこそ分かる痛み。
なのに彼女はニコニコと笑って、心の底が見えない瞳で、こちらを見つめている。
切り落とされた翼の付け根からはドクドクと深紅色の血が流れ服を紅く染め上げながら地を濡らし、残った方の白銀の翼が根本からジワジワと悪魔のように黒くなっていくのを僕は見てしまった。
…彼女を堕天させてしまったのは、狂わせてしまったのは僕だ。
僕を愛して、僕を想って、僕を信じて。
それがこの結果。
僕のシナリオ通りになったって訳だ。
…天使ってのは、どいつもこいつもチョロすぎやしないか?
…まぁいいさ。「コレ」は、「オモチャ」は僕だけのモノ。誰にも渡さない。
壊さないように、壊されないように、大事に大事にハコの中に閉まっとかなきゃ。
「クリグヴィンス」なんかに騙される方が悪いんだ。
「…やっぱ僕は何処まで行っても悪魔だな」と呟きながら「レヴィアだったナニカ」を鎖で繋げ直した。
「クリグヴィンス」という名はQuisling(クヴィスリング)をただ入れ変えただけ。
Quisling、つまり「裏切り者」って訳。
最初からだーれも信用してないし、裏切る気満々。
答えを出してるのに気付かないバカ共を時間かけて騙して、僕の「オモチャ」にするのが楽しいんだよ。…1年ぐらいで飽きるけど。
でもまぁ、人なんか助けちまった戒めとして翼を切り落とした甲斐があったわ。
「次はどの子で遊ぼうかな」