セイ

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【1件のLINE】

「いっぱい迷惑掛けてごめん」
それが彼女からの最後の、たった1件のLINEだった。

その日は連日の残業で疲れ切っていて玄関で泥のように眠っていた。
LINEの数分前に掛かってきていた彼女からの電話にも気づけなかった。

翌朝、不在着信とLINEに気づいて連絡した時にはもう、遅かった。
彼女は自宅であるマンションの8階から飛び降りて亡くなっていた。
その日のうちに恋人である私の家には警察が訪ねてきて事情聴取を受けた。
彼女とはどんな感じだったのか、死ぬ前の様子はどうだったか等を詳しく聞かれた。

数日後。
私は彼女の部屋を片付けていた。
本棚の奥から鍵の掛かった日記帳が出てきた。
悪いとは思ったが、中身が気になり鍵を開けることに決め、彼女の誕生日や交際記念日など、思いつく番号をひたすら試すが開く様子はない。
4桁のダイヤル式の鍵とにらめっこしていると、ふと昔の会話を思い出した。

「え?好きな数字?」
「うん。ほら、1とか100とか777とか…色々あるでしょ?」
「いきなりだなぁ…あ、1個だけあるかも」
「お?何々〜?」
「あたしは―――」

…あんたとあたしの誕生日を足して2で割った日。

ゆっくりとダイヤルを回し、数字を揃えていく。

―――カチャン。

鍵が、開いた。
私は覚悟を決め、ゆっくり日記帳を開いた。

日記帳はちょうど1年前から始まり、主に職場でのセクハラや同期などから受けた輪姦被害について書かれていた。
写真や動画を撮られているから警察には行けない。
コトがコトなだけに誰にも相談できない。
写真などをネタに何度もホテルへ連れて行かれた。
…段々と心が壊れていくのが文章からでも痛いほど伝わってきた。
文章の最後には決まって「彼女を心配させない」と書かれていた。

死ぬ直前に書かれたであろう最後のページには沢山の涙の跡。
震えた字で「ごめん。耐えられない。愛してる。」…とだけ。

私は彼女が死を選ぶ程まで追い詰められていたことに気づいてあげられなかった最低な恋人だ。

もう返事の届かないトーク画面を開き、スマホのキーボードを叩く。

『気づいてあげられなくてごめん。今から迎えに行くね。愛してる。』

送信ボタンを押してスマホを閉じ、ベランダに立つ。

外はもうすっかり夜で心地よい風が通り過ぎる。

この世に彼女が居ないのなら、もう私の生きる理由は、未練はない。

「そろそろ迎えに行きますか」

深呼吸をした私は柵を乗り越えた。

7/12/2024, 1:35:32 AM