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1/17/2024, 10:18:41 AM

木枯らしよ吹くな。
私の心を寒風に晒して。
木枯らしよ吹くな。
彼の心を殺戮に染めて。
相手の悲しみも、私の哀悼も、雲の上に喪服の色をして消えたよ。
悲しみの色は黒い色をしていた。
もしくは、黒い煤のような、焼けた灰の色をしていた。
悲しみよ吹くな。
惜別よ、友の身体と共に。
苦しみよ吹くな。
カラスの瞳は、復讐の色に染まって、そうして文字のように消えた。

1/16/2024, 10:14:01 AM

美しい君の横顔がひたむきに、机に向かう時、時間が経つのも忘れるような、冷たい呼吸のさなかで、永遠のもつかぬような時間を待っている。
手を握ると、「うん」と、反応がある。
その机の先にある物が、あなたの美しい世界なのですね。
あなたの、その美しい流線型を描く製図が、何を魅せるのかは、わからないけれど、切り立った一本の綱を渡る綱渡りのような、しり込みをしてしまうような、境遇の中で二人は息をしてる。
胸の鼓動が、肺炎の蠱惑的な息切れをするとき、きっと彼の心配事は別の場所にあって、それほ悲しみの色を伴った大想像絵巻となって、眼前に広がる。
夏の面立ち。
飛行機雲。
きっと、空にかけるその軌道は、直線を描きながら、瞬く間に去っていってしまう。
さようなら。あなた。
と、呟くも、きっと聞こえなかったあなたの耳は、やっぱり、隣のラジオを聞いてる。
電波から流れるのは、八十年代トップヒッツ。
フォークソングは、きらりと呼吸して、散漫な空気にタバコの紫煙とともに消えた。

1/15/2024, 11:24:04 AM

この世界は檸檬出来ている。
噛むと酸い味がかって、真円ではない。
左右に飛び出したところは、対称性の割れ目を現しているのかもしれない。
熟す前の青い檸檬は、この世界の成熟さを端的に表しているように見えはしないだろうか。
宇宙と檸檬皮との境目は、この世界には見えない悲しみが存在しているに違いない。
毎日私小説を書いている、一人の少年。
眠い目をこすりながら、その微睡んだ隙間に手を伸ばす。
浮腫んだ足先は、戦時中ついた怪我によるもので、その広い世界を見てきた眼差しは、分厚い眉毛の黒々とした下に鋭い。
着物をたくしあげると、鉛筆にむかって、胡座をかく。
檸檬の匂いは、友人の病室の窓際に、まだ漂っていただろうか。
檸檬の間具合は、この手のひらに掴める大きさであるだろうか。
南中の高さは、あの病室を丁度隠す影調子で、南向きの病室は薄暗かった。
檸檬水の砕けた氷の入った硝子ポットは、きっと彼の黒い髪の、透けたように透明な、清らかな彼の面持ちに、陰影を映すだろう。

1/14/2024, 11:37:24 AM

どうして、悲しみの色をした君の瞳を、愛せなかろう。カナリアが鳴くような囁きを君の上に落とせなかろう。永遠というものがあるのならば、教えて欲しい。
我が身は永遠である。黒の皇帝と呼ばれたこの男は、永遠の命を持っている。
それは、涼風が囁くような、夏の日の木漏れ日。
円環から逸脱した、人とはいえざる者。
それが、彼である。
黒いつややかな髪に、赤い瞳。
狩衣を羽織り、烏帽子を頭に被ったその姿は、ある種の人の上に立つという、威厳をたたえていた。
ただ、それだけのこと。
ただ、それだけの愉悦。
「お前の悲しみは俺のものだ。俺の悲しみが俺のものである限り、お前の悲しみもまた、忘れずにはおれぬだろう」
それは、愛の告白にも等しかったが、女はその強気な目で持って、つややかに笑った。
「皇帝陛下、ありあまるご好意をありがとうございます。ですが、私はそのご好意に甘んじることを、良しとしたしません。ですが、ご存知でしょうが、私の心は御心のままにあるのです」
それは、聞く限りでは、矛盾した答えに思われた。
だが、その邪智暴虐とも言える、皇帝の権威が彼女にそう答えさせたのだった。

1/12/2024, 10:25:24 AM

「このままずっと一緒にいたい」
ケルマーはそう言った。
この告白がどういう理由で、どういう意味を持ってとらえられるかは、ケルマーにとって、不確信なものだった。
彼女、リリアはこう言った。
「ケルマー様。公爵令嬢である、私リリア・パロットは思います。このために、私は生きてきたと。リリアは、戴冠式に是非とも出席をしたく思いますわ」
それは、ケルマーにとって、幸福の始まりだった。
過去の精算。
回り回って出会った、幸せの歯車は噛み合い始めようとしていた。
それは、リリアという素晴らしい伴侶のために、この身を、この国を捧げるという意味であった。
ケルマーは、なぜ彼女を愛したのか?
彼女の魅力について一言で語ることはできないが、一つと問われるならば、その並び立つ者のない才芸であろう。
聖歌。
彼女は、彼の前でしかその神秘的な歌声を披露したことはなかったが、彼は素晴らしいと思った。
「公の場で歌えばいいのに」
と言うと、彼女はいつも鼻高々に笑った。
「あなたの前だから、歌えるの。それに、神前で歌うというのは、私には向いていません」
その公爵家の令嬢という地位が、彼女を歌姫という職業に就かせることはなかったのだが、それは彼女にとって幸せだったのか。

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