この世界は檸檬出来ている。
噛むと酸い味がかって、真円ではない。
左右に飛び出したところは、対称性の割れ目を現しているのかもしれない。
熟す前の青い檸檬は、この世界の成熟さを端的に表しているように見えはしないだろうか。
宇宙と檸檬皮との境目は、この世界には見えない悲しみが存在しているに違いない。
毎日私小説を書いている、一人の少年。
眠い目をこすりながら、その微睡んだ隙間に手を伸ばす。
浮腫んだ足先は、戦時中ついた怪我によるもので、その広い世界を見てきた眼差しは、分厚い眉毛の黒々とした下に鋭い。
着物をたくしあげると、鉛筆にむかって、胡座をかく。
檸檬の匂いは、友人の病室の窓際に、まだ漂っていただろうか。
檸檬の間具合は、この手のひらに掴める大きさであるだろうか。
南中の高さは、あの病室を丁度隠す影調子で、南向きの病室は薄暗かった。
檸檬水の砕けた氷の入った硝子ポットは、きっと彼の黒い髪の、透けたように透明な、清らかな彼の面持ちに、陰影を映すだろう。
1/15/2024, 11:24:04 AM