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10/12/2023, 9:32:53 AM

カーテンの隙間から、溢れ出る極光が私の顔を照らした。
夜は白夜であって、開けることはなかった。
ノルウェーの、北東部。
朝方、エミリアは季節性のメランコリックで、起きるのが遅かった。
セントジョーンズワートのハーブティーを飲んだのも、眠りが深い要因の一つだった。
ただ、その眠りが彼女を深い悲しみへと、突き落としていた。
酷い夢だった。
なんだか、とりとめなくて、それでいて別れを想起させるような。
「また会おう」
彼はそう言った。
もう一度会いたいと思っていた、あの顔だということに気がついた時、エミリアは慌てた。
「会おうって!?」
ここは夢の中なのに。そう、夢の中だと分かっている夢だった。いわゆる明晰夢みたいな。
起きると、なぜこんなに空が明るいんだろうと、憂鬱になった。
遮光カーテンを買うべきかもしれない。
だがしかしそれだって、憂鬱を増幅させる材料になるだろう。
永遠に続く夢なら良かったのに。
とりとめもない夢は、夢の中に消えた。

10/10/2023, 10:17:34 AM

涙の理由は、彼の顔の上に浮かんでいた。
「ちょ、待って……マジ、ごめん。俺……」
私は彼の手を引いた。
あんまりにも月が綺麗だったので、彼の両の目に映る月は、おそらくぐにゃぐにゃに滲んでいることだろうと思った。
私はそれに憤慨を覚えた。
「涼太は、私が嬉しいのに、嬉しくないって言うの? それとも、普段、鉄面皮なんて言われてるから、その反動?」
私はちょっと、酷いことを言っている自覚はあったのだけれど、それでも、この泣いている恋人未満の幼なじみが、泣きわめいていることを不甲斐なく思っていたのだ。
「俺、もっと、しっかりするよ……すまん、今はそれしか、言えねぇけど、俺、お前のこと」
好きって言って欲しかったのだろうか。
わからない。
でも、涼太とこれ以上の関係になることは、もしかしたら、予定調和?
実のところ、私の願いは叶ってしまったのだった。
「え?」
抱擁された。
冷たく、学ランに包まれた体は固くて、それでいて、その普段の顔のどこに隠されているんだろうっていう表情。
くしゃくしゃの、子供みたいな、泣き顔。
腹をこづいたら、途端に笑い出した。

10/4/2023, 10:25:35 AM

貴方の手をとって、世界の真ん中に躍り出た時に、私はこの物語が始まるのを感じた。
「レーベ、君の黒い目、金色の髪。そして、その溢れ出る水面のように、清廉な女性」
「オルフェス様、私は貴女に逢って、初めての夜、その苛烈さに、ほとばしる情熱を感じました。秘やかなる心をお伝えすることをお許しください」
オルフェス様は、白いオベロンのようなスパッツに、高いブーツの音を鳴らして、ロンドを踏む。
私は、顔に暗い憂鬱を隠していた。
明日、お父様はオルフェス様を、裏切ることになっている。
オルフェス様は、第三位の王位継承権を持つ。
けれど……彼女はその、高貴な男装からして、王の期待から外れたのだ。
私は密偵だった。
彼女に取り入って、彼女を殺す。
理由は、隣国との政略結婚を拒み、王の思い通りには行かぬとわかったから。
だけれど、私は彼女の手を取った瞬間、彼女との数年間の思い出が、溢れ出して止まらなかった。
「オルフェス様……私は、はしたない女でございます」
全てを吐き出してしまいたかった。
だけど、このロンドの一曲の間ぐらいは、幸せを続けたかったのだ。
これが、オルフェスの従姉妹レーベ・ウォルフガング令嬢の冷酷な境遇である。

里香はその時初めて、意識を取り戻した。
(私、踊ってる……!?)
信じられない!
貴婦人みたいな、ドレスを着ている。
そうして里香は、なぜか二人の有頂天の最中に、転移してしまったのだった。

10/3/2023, 10:16:28 AM

巡り会えたら、次は悪役令嬢とヒロインの関係で逢いましょう。
ブラウンのドレスを、優雅に翻して、私は挨拶した。
「私の名前は、エリーザ・フォーン。よろしくって? あなたの許嫁は、私です。伯爵などには渡しません」
「どど、ど、どういうこと? エリーザ、女の子となんて結婚できないよー!」
「なにをそんな、浅ましいこと。私の貴方への愛に比べれば、伯爵との結婚なんて、屁の河童ですわ。失礼、口が悪かったわ」
セリナは、慌てたように口を尖らせた。
これは、お説教モードだ。
辺境貴族とはいえ、貴族は貴族。
お上品に躾られて育ってきたのだ。怒るのも無理はあるまい。

10/2/2023, 10:31:27 AM

「ああ、神様! もうちょっとだけ、時間を伸ばして……。あの人に、もう一言だけ聞きたい!」
「君の願いは、聞き入れられた。どうか、グッドラック!」
視界が揺らぐ。
気がつくと、カイに私は膝枕されていた。
「カ、カイ!? な、なんで、一体なんでこんな状況に?」
「それは、セレナがして欲しいって言ったから」
カイは、相変わらずのほほんとした調子で答える。
細長い指が、おでこに乗っかった私の髪をつまむようにして触る。
カイは、私の銀髪の長い髪を撫で付けている。
「そ、そんなこと、私言ったかしら……!?」
(ああ、ありがとう、神様! 私の願いを叶えてく)て!)
私は神様に感謝を伝えた。
(ありがとう神様! 私、もうちょっとだけ、この幸せな時間を大切にします!)
「ねえ、カイ。聞きたいことがあるんだけど……」
「なんだい、セレナ」
「あのね、意を決して聞くわ。私を愛してるって、言ったあとの晩……」
それは、私が転生する前の夜。
私は彼の「愛してる」という言葉を聞いて、その人生を終えた。
なぜなら、そこでゲームが終わったから。
私はまた、ループという転生の輪に戻ったのだ。
神様は言った。
「お疲れちゃーん」
「って、それだけかい!」
この人生をクリアしてしまった私は、「愛してる」の後の言葉を聞くことが出来なかったのだ。
未練は他にもあるけど、私はもうこの人生十二ループはしてるもの。
「ねえ、愛してる。って、言って?」
「愛してるよ、セレナ」
「その次の言葉は?」
「結婚しよう、です」
彼はにこやかに爆弾発言した。
神様、撤回撤回。
もう一回だけ、この人生やり直させて!

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