きっと明日も晴れるよね。
今日が曇り空だって、明日は晴れるよね。
彼女は、泣いていた。
涙の粒がぽつぽつ、僕の顔にかかった。
ただ、それだけなのに、
「僕は永遠にそんな顔、見ていたかったわけじゃないんだ」
って、顔をくしゃくしゃにして、彼女の頭を撫でたよ。
彼女は驚いた顔で、
「信じてたよ……」
って、呟いた。
僕が、永遠に晴れない空なんてない。って、言ったの、いつの事だったかな?
それ以来、晴れやかな顔になって、残暑が照りつけるような太陽と、冷たい朝の空気。
一緒して吸い込むような、九月の気温に溶けた。
彼女の笑顔は、僕の永遠の偶像として、僕の頭にこびりついている。
通り雨、ゆく人来て別れては、また会うも泡沫なり。
たたずんでいると、大きな人がやって来た。
長身で、スーツ姿だった。
そのスーツを傘替わりにしているので、私は少し横にずれて、コンビニの軒下を譲った。
「降りますね……」
(うわ、声めっちゃ低い……タイプ)
「そ、そうですね」
思わず声がうわずるぐらい、私は動揺していた。
この状況下で、出来ることといえば、本当に井戸端会話ぐらいしかない。
話すのか?
この男と……。
見た感じは、普通のサラリーマン。
そして、驚くほど、ガタイが良い。
スーツの下に覗く、筋肉質な体が、雨に濡れたシャツに透けている。
髪の毛は黒髪の短髪。目つきの悪い……というか、これは隈だろうか?
もしかして、ブラック企業勤務、とか?
「あ、あの……」
「なんでしょう、えっと、なにか失礼を?」
「い、いえいえいえ、なんでもありません!」
ただ、その会話だけで終わった。
男の人は傘を買って、去っていった。
ただ、その勝った傘が、数秒で風に吹かれて裏返ったのには、正直ウケた。
かわいそうに……。
私は手を合わせて、拝むしかなかった。
秋の涼し気な風に長い髪をなびかせている、サーレの長い耳が、果実の落ちる音を聞いている。
サーレはアルバ公爵家に客人として招かれているエルフの魔術師である。
エリーゼは公爵家の使用人で、魔術の才能があると言われ、先月から、彼に師事している少女だ。
エリーゼはたわわに実った果実をもいでいる、彼のローブを纏った体を見つめた。
小さな果実が、パラパラと落ちてくる。
それを、スカートを広げて受け止める。
旬の果実は、市場に出荷されるのは、もちろんのこと、残った形の悪いものは、ジャムにでもして、出荷箱に添えようとエリーゼは思っている。
そんな秋。
サーレは、公爵家に帰ってから、自室でココアを入れた。
一杯にはマシュマロを、もう一杯はミルクを多めに。
最近ではエリーゼも、魔術の使い方を覚えてきて、例えば、火を起こすには、赤い炎を心に思い描くところから始めるのだ。という、なかば半信半疑であった、教えから一歩踏みこんだところにあるといえた。
「先生、苦しい時って、どうすればいいんでしょう」
「苦しい時の処方は、いくつかある、カモミール、ラベンダー、それから、タイム。全て、オイルに抽出しても効くし……それから……」
「ラベンダーオイルをタオルに巻くと風邪に効く」
「そう、その通り! いい弟子を持って僕はとても嬉しいよ」
窓から見える景色、
「なーに見てんの?」
幸人が、僕の顔を覗き込むと言った。
その笑顔は、まるで窓から差す太陽のようだった。
僕は眩しすぎて、瞳を落とした。
僕は、幸人の細長い白い手に、手を絡めると
「帰ろっか……」
と、呟いた。
「うりゃ、うりゃ、うりうり! あー、また負けたぁ!」
新宿のゲーセン。
シューティングゲームをやっている、僕らは三回目の挑戦で、諦めて肩を落とした。
自販機でスポドリを買って口をつけると、幸人が面白がって僕をからかう。
僕は必死になって、その手を避ける。
なんでかっていうと、彼に取られないようにするためだ。
隙あらば、僕のスポドリを飲みたがる、幸人はどうかと思う。
こんな時分なのに、衛生的によくないよ。
そう言うと、
「やっぱり、死んでも一緒にいたいじゃん」
などと、のたまう。
何を思ってそんなこと、言ってるんだか。
僕は何も幸人と、一緒に死にたくなんかないし、もしもそんな事があっても、絶対に嬉しくない。
「もう、花ちゃんは、本当にいけず」
「ちゃうちゃう」
東京の高校に進学してきたのはいいものの、やはり幸人の前ではたまに方言が口をつく。
それが、なんだか、恥ずかしくなって下を向く。
「ちぇ……」
「何が不満なん?」
形のない、仮初の姿。
それは、ハリスの仮の姿である、人に造られた、少年型のオートマタ。
青い瞳の、金髪の顔は、片方が欠けて落ちている。
その目で見つめられると、人形師のアニーですら、どこか寒気を催すような、鳥肌に襲われるのだった。
それはなにも、ハリスが美しすぎるからではない。
どこか、欠陥品のような、未完成の美しさ。
退廃の美。
そう、虚ろわぬ影のような、不確かな美を彼の姿に見るのだ。
「ハリス、発声してみて……」
「……あ」
「どう? 苦しくない?」
「苦しくはないよ、ただ、この身体は少し……、人に畏怖を、与えるだろう?」
「作りかけの、素体だったの。あなたなら、似合うんじゃないかと思って」
「ありがとう。素晴らしい出来だ」
ハリスは、アニーに優しく抱擁をした。
細い腕が、まるで人間のような皮膚の弾力性で、彼女を包み込む。
そうして、彼女はそれに、どこか違和感を抱きながらも、切なげに頷くのだった。
ハリスは、一つだけ嘘をついた。
「素晴らしい出来だ」と。
これは、人間の作ったものではない。
確かに、アニーは歴代最高の人形師だ。
だが、この素体を作ったのは、アニーではない。
悪魔ではないかと、ハリスは訝しんでいた。