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貴方の手をとって、世界の真ん中に躍り出た時に、私はこの物語が始まるのを感じた。
「レーベ、君の黒い目、金色の髪。そして、その溢れ出る水面のように、清廉な女性」
「オルフェス様、私は貴女に逢って、初めての夜、その苛烈さに、ほとばしる情熱を感じました。秘やかなる心をお伝えすることをお許しください」
オルフェス様は、白いオベロンのようなスパッツに、高いブーツの音を鳴らして、ロンドを踏む。
私は、顔に暗い憂鬱を隠していた。
明日、お父様はオルフェス様を、裏切ることになっている。
オルフェス様は、第三位の王位継承権を持つ。
けれど……彼女はその、高貴な男装からして、王の期待から外れたのだ。
私は密偵だった。
彼女に取り入って、彼女を殺す。
理由は、隣国との政略結婚を拒み、王の思い通りには行かぬとわかったから。
だけれど、私は彼女の手を取った瞬間、彼女との数年間の思い出が、溢れ出して止まらなかった。
「オルフェス様……私は、はしたない女でございます」
全てを吐き出してしまいたかった。
だけど、このロンドの一曲の間ぐらいは、幸せを続けたかったのだ。
これが、オルフェスの従姉妹レーベ・ウォルフガング令嬢の冷酷な境遇である。

里香はその時初めて、意識を取り戻した。
(私、踊ってる……!?)
信じられない!
貴婦人みたいな、ドレスを着ている。
そうして里香は、なぜか二人の有頂天の最中に、転移してしまったのだった。

10/4/2023, 10:25:35 AM