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8/14/2023, 11:20:34 AM

二人並んで、この隅田川沿いのデパートの下を行けば、連なる繁華街の、街頭の下に、赤いテープが下がっていて、繁華街の年の暮れのセールを表しているとわかる。
彼女の自転車は、ちょっと高価なマウンテンバイクで、社長のお金で買ったのだと、のたまう。
社長というのは、貿易会社の社長で、最近のベトナム戦争の特需景気にあやかって、貿易品がよく出るのだという。
ヒッピーたちは、ラブアンドピースをかかげているが、俺みたいな根暗は、そういうのにもかまけられず、毎日ぐうたら過ごしている。
ビートルズは、すごい影響を与えた。
なんてったて、オノヨーコは、偉い人だ。
ヒッピーじゃない俺ですら知っているのだから、なんともはや。
いーじゃん。いーじゃん。毎日幸せで。
苦労がないって、幸せじゃん?
「それって、本当に幸せ?」
って、彼女は言う。
「幸せだよ」
って、俺は返す。
幸せってさ、毎日食ってる学食の百五十円のAランチみたいに、もっともっと食いたいんだ。
たらふく食って、オナニーこいて、それで、今日も寝るのが、俺の幸せだ。
って、言ったら
「単純ね」
って、返された。

8/11/2023, 10:18:32 AM

麦わら帽子は、冒険の象徴だ。
青い空、青い海、白い雲。
僕らが目指す地平は、見渡す限り緩く円を描いた。
この地球が平面ではないと発見したピュタゴラスは、この世界の果てに宝物を置いてきたとか、言ったかもしれない。
それはさておき、僕はかたわらにおいてあった、カフェラテについた、汗を拭った。
同時に、反対側に座った彼女も、額の汗を拭った。
冷たいスタバの店内。
駅ナカの三階の映画館で、冒険漫画のフィルム版を見てきた僕たち。
「やっぱり面白かった。来てよかったね」
と、言った彼女の顔を僕は見ながら、一番好きなのが、主人公だったので、今回の活躍に
「満足いく出来だった」
と、頬杖をついた。
主人公は、いつにも増してひ弱で、カッコ悪く、でものたうち回って敵を倒す。
それが、苦しみを産む。
「それで、仲間たちが、彼を助ける。それが、カタルシスを産む」
そんなことを語っていると、
「でも、得られないものは無いって、内容だったじゃない?」
と、彼女は会話を続ける。
「そうだけど、さ……」
彼女は知っている。そろそろ、僕たちは卒業しなきゃいけないよねって。
たまに呟くその言葉を、僕は延期して延期し続けてここにいる。
でも、きっと、それはいつか訪れるのだ。僕は知っている。

8/10/2023, 10:16:26 AM

今際の際で、終着駅を見た。
電車には、私の他には誰も乗っていなかった。
友人の顔を思い浮かべるが、泡となって消えた。
結局のところ、友人には世話になってばかりだったと思う。
彼らがいなければ、私は今ここに座っていないだろうから。
「⬛︎⬛︎では、十五分の停車です。換気のためにドアを開けさせていただきます。接続電車は⬛︎⬛︎行き、十二時十三分の出発になります」
今になって思えば、幸せな人生だったと思う。
病気がちな日が続いた、だが、それは永遠に続かなかった。
空を見上げる。
夕焼けがなかった。あの赤い空が見たかったのに、それは永遠に訪れなかった。
どこかで、終末のサイレンが鳴った。
世界の終わりとは、かくもあっけないものなのだろうか。
沢山の命が、空に上がっていくのを見た。
だが、誰もが苦しみから、解放された顔をしていた。
友よ、そちらは無事ですか。いまだ、忙しないですか。皆、無邪気な顔をしているのが、不思議でならないのです。
青い鳥の様に、幸せを見つけられればいいのですが。
そういえば、残してきた遺書に、友人のことを一言も書かなかったな、と思い出した。
どこまでも、不義理な男だったな。私は。

8/9/2023, 10:18:54 AM

苦しみの中で、歩みを探す方法を見つけよう。
苦しくとも道はある。
友よ、泣きわめくな。
それはきっと、後悔に繋がるのだから。
片足を膝について、友は言う。
「私はもうついていけない」と。
私は肩を貸す。
彼の腹の銃創は、滴り落ちる血で、包帯を濡らした。
見れば明らかだった。
彼は、戦死を望んでいなかった。
荒廃した土地で、散弾銃の音が鳴り響く。
私は土嚢を壁にして、ただ静かにその音を聞いていた。
何発かが、私の首元を通り過ぎて行った。
支払いの済んでいない、パブのツケがあるのを、こんな時分になって、思い出していた。
病院へ着けば、そこは中立地帯だから、敵の攻撃から逃れられる。
それも頭にあったし、とにかく、彼の容態が心配だった。
「もう、置いていけ」
と、彼は二度、そう言った。
だが、私は諦めていなかった。
たとえ、死が間近まで近づいていても、彼はまだ死んでいない。
それを望むのはまだ早すぎる。
しばらくは、それに着いていくことはして欲しくない。
「あ」と、彼は言った。
十二ゲージの散弾が、彼の脳天を貫いた。
私は、その一瞬で理解した。
もう、何もかも必要がなくなったと。

8/8/2023, 10:20:34 AM

永遠とは儚いものなのだろうか。
女の乳房が揺れる。
きゃははうふふと白い歯茎が覗く唇は、うら若い感覚に匂い立つ。
白い歯が、苦しみを知らない、うら若き少女たちの間に、話し声として漏れる。
話し声は、かしましく、驕り高ぶることを肯定しているようだ。
さて、閉じた口とて愛らしい。
「桜ちゃん、おっぱいおっきくて、うらやましい」
「でも、小さい方がかわいくていいよ」
「私たちまだ、男の人の身体も知らないのに」
「でも、それだから自由なんだよ。早苗ちゃんだって、私みたいなのにしてみれば、凄く大人に見えるよ」
「大人に見えるって本当?」
「そうそう、だから女の子なんだから」
日に焼けて、茶色く抜けたような赤さを帯びた髪を、ゆったりと、後ろに投げ出していて、巻いたようにしている。
少し大人びた彼女の黒髪が、艶やかで豊富な栄養を甘受している、草のように青く香る。
それだけで男は、頬を赤らめてしまいそうな髪。
艶めいて、したたかで、そして青い。
羨ましがるのは、老婆だけではなかろう。

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