アカサキオキ

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9/19/2024, 9:54:58 AM


 展望デッキから見渡すとそこは光り輝いていた。一瞬目を奪われ、それと同時に息を呑む。
 ふと思い立ち、仕事を終えた後タワーに登ることにした。仕事終わりに寄れる距離にある、街を見下ろすタワー。金曜日の夜ともなれば友人同士やカップルも多い。ひとりで来ている人も多からず見つけられた。
 日本三大夜景といえば函館、神戸、長崎の夜景と言われる。三大夜景の地は港町だなと、何とはなしに過る。


 帰宅の途につく。電車に揺られている。この電車の正面のライトや車内の照明は、夜景の一部かもしれない。たまらない気持ちで鞄を抱えた。
 家までのんびり歩く。カーテンから漏れ出ている光、マンションの明かりがついた部屋が見える。
 家に帰ると、あたたかい照明の色に迎えられた。おかえり、という声にただいま、と返す。ただそれだけのことがとても愛おしい。
 夜景を生むのは人の営みだ。


9/13/2024, 1:41:00 PM

 どうか彼女が生き延びてくれますように。

 婚姻関係になくてよかった。彼女は我々と同列に扱われることはないだろう。そもそも彼らが彼女を寄越したのだから、およそ無用な心配か。彼女が彼らの駒であることにははじめから気付いていた。気付いていたが、彼女と過ごす時は心地よかった。将来について話し合った。この国をどうしていくか、民を豊かにするために何が必要か。時に他愛ない話もした。
 彼女に心を寄せるのは、当然だった。

 彼女にとって私はどのような存在だっただろう。私との別れを惜しんでくれるだろうか。そうなれば彼らは彼女を害すだろうか。彼女が生きていてくれるなら自分とのことなど覚えていなくていい。

 この城はすぐに占拠される。抵抗する気もなかったので残っている者にも暇を出した。両親は気付いてもいないだろう。この城に彼らの手の者がいることにも気付いている。その手引もあれば城の占拠など容易い。気付かないふりをしている。
 彼らにとって己が愚かであるほうが都合がいい。


 とても静かだ。元々意図的に音を立てる以外は何か聞こえるとして紙を捲るときの擦れる音が聞こえるくらいだ。それをふまえてなお、今は静かだ。この城が静寂に包まれているのも限られた時間だけだろう。ならば、この時間だけは私のために使おう。
 彼女との思い出を整理しよう。



 ――もうすぐ夜が明ける。



9/12/2024, 12:52:01 PM

 会う。くちづける。肌を重ねる。それらを身勝手にやってきた自覚がある。相手のことなど何も考えずに己の欲に従った。
 相手を変えて何度か繰り返したが、並行していたわけではない。割り切った遊び相手でもなかった。特定の相手は所謂交際関係にある相手で、その人とだけ行っていた。

 今、交際相手はいない。
 今にして思えば自分本位だった。だからこそ恋だと言われるかもしれない。ただ、自分としては本当は誰でも良かった可能性を感じている。そう言えるのも今だからだというのは分かっている。
 自分が思っているほどまともではないことは、ここまで生きていれば気付ける。
 結局のところ、誰でも良いなら遊んでいるのと変わらない。今はそういった欲が生まれていないだけではないのか。
 理性を失うような情熱も、浮き立つ心も持たない。心焦がすような思いも抱かない。恋情などどこにあるのだろうか。

 恋をして、愛が生まれて、家族になる。周囲にそんな人が増えてきたからこそ、自分のまともでない部分がよく見えるようになった。過去を見つめられるようになった。

 恋の話は、いつまでもはぐらかすしかないらしい。

9/11/2024, 6:26:56 AM

 きっといつまでも埋まることはないのだろう。

 当たり前にそこにあった。心の中を、自分を占めているとは思っていなかった。消えてしまってから気付いた。気付けただけ幸いなのか。大事だったのだろう。失われたものは戻らない。
 ぽっかりと空いた穴。そこにあったものの代わりに何が入れられるだろうか。代わりなど存在しない。わかりきったことだ。だから、何もないことを感じている。

 空虚。それを抱えることはできるのだろうか。

9/8/2024, 12:45:21 PM

 わたしばかり恋しいのよ。
 女は言った。自分ばかり苦しい思いをしているのだと。男にとって、自分の優先順位は高くないのだと。自分ばかり嫉妬に駆られていると。醜いことはわかっていても思いは募るばかりで、愚かにも返してほしいと思ってしまうのだと。
 男は黙って聞いていた。女の言い分を理解したわけではない。反論もある。

 俺がきみを好いていないなどありえない。
 男は言った。表情には出ていないだろうが、誰より大事なのは女だと。嫉妬心を抱くのは自分も同じであると。同じ気持ちであってほしいと望んでいるとも。
 女の表情は晴れない。男への疑わしげな視線を隠さない。

 男は女を抱きしめる。
 この音が嘘だと思うのか。
 女は何も言わない。言えないままその腕を男の背に回す。

 同じはやさで、同じ大きさをしている。
 お互いにそれだけを感じていた。

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