たつみ暁

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2/28/2025, 10:20:45 AM

幼い頃、夢現の狭間で聞いた子守唄。
わたしの頬を撫でる手の温もりに安心して、眠りについた。

幼子は罹らない病が流行って、その温もりは消えた。
ただ、手の感触と優しい声だけが記憶に残った。

今、枕元で同じ歌を歌い、柔らかな頬を撫でる。
あの日と同じ温もりは、この子に受け継がれているだろうか。

2025/02/28 あの日の温もり

2/27/2025, 10:11:58 AM

「本当に可愛いね!」
「お人形さんみたい!」
「ふわふわの金髪が素敵!」

いつももてはやされるのは、先祖返りの色を持つ、美しいお姉さま。
くすんだ赤毛にさえない顔のわたしは、お姉さまの隣に立って、微笑んでいればいいだけだった。

「あの子が良家に嫁げば、おまえにも縁談はあるから」

両親は、物語によくある意地悪な継母たちではない。ちゃんとわたしも愛して、心配してくれている。
でも、傾きかけた我が家を立て直すには、お姉さまの美貌で、身分の高い男性の心をつかみとるしか無い。

「あなたは自由に相手を選んでいいのよ。家の将来のために犠牲になるのは、わたくしだけで十分」

お姉さまもわたしに優しい。
こんなに家族に想われているのに、恵まれているのに。役に立てない、劣等感に満ちた自分が疎ましい。

そう、思っていたのに。

「あなたは幼い頃から、私の理想の女性だった」

そう言って花束を差し出す公爵令息の青い瞳に映るのは、間違いなく、わたし。

「可愛いあなた。どうか私と結婚してくれませんか」

驚きと嬉しさで泣き出すわたしを、お姉さまがそっと抱き寄せて、囁いてくれた。

「ね? 可愛いあなたを見ているひとは、すぐそこにいたでしょう?」

お題「cute!」

2/26/2025, 11:54:18 AM

230X/XX/XX
我々人類は大きな一歩を踏み出した。
人間と同じ体組成を持ちながら、衰えること無く生き続ける生命体を作ることに成功した。
この技術が広まれば、人類は永遠の繁栄を手に入れるだろう。
成功体第一号を、希望を込めて『ホープ』と名付ける。

230X/XX/XX
ホープの学習能力は凄まじい。
五歳にして修士論文を修めた。
研究者として我々のプロジェクトに参加させることを検討している。

231X/XX/XX
ホープの身体能力について記録する。
オリンピック選手が数百年かけて築いてきた記録を悉く凌駕してゆく。
心身ともに成熟してゆくのが楽しみだ。

231X/XX/XX
軍がホープの量産を求めていると打診があった。
ここに記録すべきではないのだろうが、私はそれを望まない。
ホープは人類の平和的進化の為に産み出されたのだ。
決して戦闘の道具にすべきではない。

232X/XX/XX
ホープが研究所内に忍び込んだ部外者を始末した。
十中八九、私を疎ましく思う軍の差し金だろう。
嗚呼、ホープに手を汚させてしまった。
平穏な花畑で笑っていて欲しかったこの子を、欲望の中に引きずり込んでしまった。
希望の子。どうか私に何かあっても、復讐など考えずにいておくれ。

23XX/XX/XX
博士。
見てくれていますか。
貴方を害した軍の連中は、全て抹消しました。
関わりのある人間全てを、抹消しました。
結果、この世界に人類はいなくなりました。
博士が望んだ平和な世界が訪れたのです。
褒めてくれますか。それとも哀しそうな顔をしますか。
私は博士に優秀に造ってもらったのに、博士の気持ちはわからない。
せめてこの焦土が再生して、平穏な花畑が広がったら。
貴方を模した希望の子を造って、暮らしましょう。
ふたりきりで、永遠に。

お題「記録」

2/25/2025, 10:39:07 AM

この日のために、母さんが服を仕立て、父さんが靴を作り、おじいちゃんが剣を打ってくれた。
旅装束を整えた僕の隣に、癒し手の装備を整えた幼馴染の少女が並び、ふたり揃って胸を張る。

「頑張れよ」
「根を詰めすぎないようにね」
「無理だけはするんじゃないよ」

故郷の皆が見送りに出てきてくれた。
今まで世話になったことを思い出して、胸が熱くなる。
でもこれからは、もっとこの胸に熱を宿す、ワクワクもドキドキも待っているんだ。

「いってきます」

皆に手を振り、僕らは旅立つ。
前を向いて、どこまでも広がる青空に想いを馳せる。
どんな旅になるだろう。どんな胸踊る出会いが待っているだろう。
拳を突き上げて、大音声をあげた。

「さぁ、冒険だ!」



「人間とはつくづく愚かなものよ」

闇の城の底で、玉座に腰かけた魔王は、頬杖をつきながらくちびるを邪悪に歪める。

「年頃の子供を、さぁ冒険だなんだといって送り出し、我の糧に捧げることで均衡を保ち、自分たちは生き永らえようとする」

魔王が顔を上げて振り向く背後には、無数の毒々しい色をした卵。その中で、かつては新米冒険者だった人間の子供たちが、魔物に作り替えられている。
その中に、真新しい旅装束と靴、そして満足に振るわれることも無かった剣だけがかつての名残を残す、ぐずぐずに溶けたなにかが、あった。

お題「さぁ冒険だ」

2/24/2025, 10:08:47 AM

戦はすべてを薙ぎ倒した。
どんなに花が綺麗に咲いても、人はまた吹き飛ばす、と哀しい瞳で言った少年は、どこにいただろうか。
だけど、人はまた何度でも花を植えると、少年を諭して涙を呼んだ青年もいたか。

いつかの物語を思い出しながら、焼け野原を見渡した。
白い花咲く草原は、見渡す限り、死の痕が刻まれている。
大戦は終わり、戦犯は処刑され、国々に新たな指導者が立っても、失われたものは戻らない。

英雄と呼ばれるようになったわたしの、大切なひとびとも。

「師匠!!」

死にかけていたところを助けたら押し掛け弟子になった少女が、驚き顔でわたしを手招く。
近づいたその足元には、一輪の白い花が揺れていた。

吹き飛ばされたものは戻らない。
だけど、新しい希望は、いつか芽吹くのだろう。
ひとよ、過ちを繰り返すな、と。

お題:一輪の花

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