たつみ暁

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この日のために、母さんが服を仕立て、父さんが靴を作り、おじいちゃんが剣を打ってくれた。
旅装束を整えた僕の隣に、癒し手の装備を整えた幼馴染の少女が並び、ふたり揃って胸を張る。

「頑張れよ」
「根を詰めすぎないようにね」
「無理だけはするんじゃないよ」

故郷の皆が見送りに出てきてくれた。
今まで世話になったことを思い出して、胸が熱くなる。
でもこれからは、もっとこの胸に熱を宿す、ワクワクもドキドキも待っているんだ。

「いってきます」

皆に手を振り、僕らは旅立つ。
前を向いて、どこまでも広がる青空に想いを馳せる。
どんな旅になるだろう。どんな胸踊る出会いが待っているだろう。
拳を突き上げて、大音声をあげた。

「さぁ、冒険だ!」



「人間とはつくづく愚かなものよ」

闇の城の底で、玉座に腰かけた魔王は、頬杖をつきながらくちびるを邪悪に歪める。

「年頃の子供を、さぁ冒険だなんだといって送り出し、我の糧に捧げることで均衡を保ち、自分たちは生き永らえようとする」

魔王が顔を上げて振り向く背後には、無数の毒々しい色をした卵。その中で、かつては新米冒険者だった人間の子供たちが、魔物に作り替えられている。
その中に、真新しい旅装束と靴、そして満足に振るわれることも無かった剣だけがかつての名残を残す、ぐずぐずに溶けたなにかが、あった。

お題「さぁ冒険だ」

2/25/2025, 10:39:07 AM