思い出

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8/28/2023, 12:13:34 PM

「すいません、ありがとうございます。」

私が宿題を渋々進めていると、母が彼女を家に上げた。
先日、傘を貸した彼女だった。どうやら、休日にわざわざ返しに来てくれたらしい。

私は驚いて、彼女に

〔マジ?〕

と、失礼な言葉を漏らしてしまった。
慌てて、

〔いや、ありがとう。今度の学校で会った時でも、
大丈夫だったんだけれど。わざわざありがとう。〕

と付け足した。

彼女は、苦笑しながら

「そうなんだけれど、ちゃんとお礼を伝えたくて。
でも、お家の前まで来たのに、押しかけになって迷惑かなって怖気付いてしまっていたの。」

彼女のその言葉に、先程漏れたマジ?という言葉に罪悪感が湧いてくる。
彼女は少し嬉しそうに、続ける。

「そうしたら、お母様が玄関前で立っている私に気付いて、お家に上げてくださったの。優しいお母様ね。」

ニコリとして、そう言われた。

うん、気恥ずかしいな。
私は恥ずかしさを誤魔化すように笑った。
そして、話題を切り替える。

〔そういえば、今日って何か予定ある?
まだ午前中だけど。〕

彼女は、

「いいえ。先日の書類はもう終わらせてあるし、
する事と言えば、予習と復習くらいだったから。
特にはないの。」

そう答えた。

ただ、暇だからとは云え、貸した傘を届けに来てくれる
その真面目さに、感心をする。やはり、同い年とは思えない程に、しっかりとしている性格だと感じる。

だけども、私には少し不安がある。

彼女は、その真面目さ故に苦しく無いだろうか。
いつも品行方正であり、皆の手本で有り続ける、
そのプレッシャーは私には分からないだろう。

〔あの、もし良ければなんだけど。
少し、何処か出掛けてみない?勿論、嫌なら大丈夫。〕

私が言い出すと、彼女は目をパチパチさせて、
すぐに笑って、

「えぇ、是非行きたいわ。
私、あまり友達と遊びに行けた事が無いの。」

と、了承をくれた。
眩しい程にキラキラと彼女は笑っている。

遊びに行けた事が無い。
行った事が無いじゃないのか。

私はその言葉に何とも言えない引っ掛かりを覚えつつ、

〔何処に行こっか、やっぱりあそこのデパートとか良いかな?涼しいしさ。〕

何も気にしていない様に笑い掛けながら、話す。

「デパート、良いなぁ。あそこ、文房具とか本屋さんしか
見に行った事が無いの。何を見に行きましょう?
折角だし、雑貨を買ってみたいなぁ。」

私は頷いて、出掛ける準備を始める。

彼女の言葉に、重さを感じる。
人の家に口出し出来ないけれど、言いそうになる。

彼女の苦しさは、彼女しか分からない。
だけれど、その苦しさを少し紛らわせる事ぐらいなら、
私にも出来るだろう。

そんなやるせなさと、少しの覚悟とともに、
私は彼女と、デパートに向かった。

8/27/2023, 2:18:56 PM

〔あれ、傘忘れたの?〕

私がそう声を掛けたのは、同じクラスの女子生徒だ。
彼女は、学年でも評判の良い優等生で、優しい性格の持ち主である。私も、休み時間を利用して、よく勉強を教えてもらっている。

毎年皆勤賞を取っていて、真面目で忘れ物をしているのも今迄見た事が無い彼女が、強い雨が降る校庭を玄関から
じっと見つめて、困った顔をしていたから、そんな言葉を掛けてみた。

「そうなの。今日は、天気予報で晴れって言っていたものだから、持ってきていないの。それに、予備の傘も持っていなくて。雨が止む迄待とうかと思っていたのだけれど中々止みそうになくて。」

彼女は、落ち込んだ様子でそう言った。

確かに、天気予報は晴れの印が付いていた。
だが、今日は夕立ちの可能性があるからとも言っていた。
彼女は、夕立ちの可能性を知らなかったのだろう。

だから傘を忘れた。と、言うより持ってこなかった。
の方が正しいか。私は一人で納得していた。

〔あのさ、もし良かったら、なんだけと、私の傘使って。
私の家近いから、傘が無くても多分どうにかなるし。〕

私は持っていた傘を、彼女に差し出しながら言った。

彼女は、

「でも、近くても濡れちゃうでしょう?
きっと、もう少ししたら止むから、私は大丈夫よ。」

と、眉を下げて戸惑った顔をしながらそう言った。

私は、

〔でも、もう少しって言っても何時止むかもわからないし、もしかしたら夜ぐらい迄ずっと降るかも知れないよ?
そうしたら、委員会の書類もあるんでしょ?〕

〔宿題も有るんだしさ。これで寝坊とかしたりして、
皆勤賞逃したら勿体ないって言うか、私の罪悪感が凄い。
私、宿題が有るだけだし、もう既に皆勤賞取れないし。〕

つらつらと、彼女に色々と傘を渡す理由を述べる。
それでも、まだ迷っている彼女に、

〔それにさ、此処まで言ってお断り喰らった方が、
すげーダサい。めっちゃカッコつけてるもん。
だからって言うのも変だけど、
受け取って欲しいかな。お願い。〕

そう両手を合わせてお願いすると、
彼女は参った様に、

「うん、分かった。ありがとう。」

そう言って、笑ってくれた。
私は彼女に傘を差し出して、受け取って貰った。
彼女は申し訳なさそうに少し笑みを浮かべながら、

「ありがとう。また明日ね。」

と言って、手を振って帰って行く。
その時に、私は凄く場違いな事を考えてしまった。

彼女の、困った笑顔が、とても可愛い。
雨の中に去って行く彼女の、後姿が、とても美しい。

私は、強い雨の降る校庭に、彼女の事を考えて
十数秒佇んでしまった。

次の日、体調を崩さなかったのは奇跡だと思う。

8/26/2023, 12:17:50 PM

〔今日は、疲れた一日だった。〕

それだけ書いて、私は日記帳を閉じた。
ひいおじいちゃんを見習って、私も夏休みから始めた
日記を書く習慣。

最初の内はちゃんと、その日の出来事とか、次の日の予定やらまで書いていたが、夏休みも終わりに掛かり、純粋に飽きてきた。

ひいおじいちゃんは、何十年と書き続けた人だけど
私は、一ヶ月持つか怪しいくらいには飽きている。

正直な所、内容が大体同じになってしまって、
三日に一度は、同じ事が書いてある。
疲れた、楽しかった、眠い。この三拍子で埋まってきた。
見返す度に、一緒じゃん。なんて思いが湧いてしまって、やる気が結構削がれる。自分で書いて見返しているのに。

〔ひーじいちゃんすげぇな。〕

ポツリとそんな言葉が出て来る。
よく考えれば、ひいじいちゃんは筆まめが出来るほどの、
メモ書き、日記書き、であった。
おまけに、内容も被り無し。読んでいて飽きない日記だ。
亡くなった後に出て来た、日記の冊数にため息が漏れるほどはあった。

〔···でも、ひーじいちゃんの事、もっと知れたからなぁ。
あの日記で、思い出話も色々聞けたしなぁ。〕

来年になり、この日記を見た時に、私はどんな想いになるのだろうか。今と似たような思いか、もっと違う想いか。

それを考えていると、何故かワクワクしてきた。

〔うん、もうちょっとだけ続けてみよう。〕

もしかしたら、ひいじいちゃんぐらいに、
濃い内容に成っていくかも知れない。

今日の分、やる気が出た。って書き足しておこう。

8/25/2023, 10:47:51 AM

「夕ご飯の時間よ、早く来てー。」

二階の自室で、私が本を読んでいると
一階の廊下辺から、緩い義姉の声が聞こえた。

私は栞を挟んで本を閉じ、机の上に置きながら、

〔はーい。今行きます。〕

そう返事をした。
姉の、

「は~い。」

と、さっきよりも間延びした緩い返事が来る。

私が自室を出て、一階に降りて行く途中、スパイスの香りがした。
階段を降りていくに連れ、香りが増える。
蜂蜜のようなまったりとした甘い香りと、果物特有の甘酸っぱくて、爽やかに感じるとても良い香りだ。

先程まで本に集中していたために気付かなかったが、
私は今、とてもお腹が空いている。
良い香りが鼻腔を擽る様に通り過ぎてゆくたび、
期待に、鼓動が踊る。
きっと、今日の夕飯は。

「はい、お姉ちゃん特製甘口カレーよ。
今日のカレーの隠し味は、蜂蜜と、林檎よ。
いっぱいあるから、たくさん食べてね。」

義姉は、白米が既に乗っている皿に、
その特製カレーをたっぷりとよそってくれた。
人参、じゃがいも、玉ねぎ。あとは、お肉。
具材が沢山入っていて、とても美味しそうだ。

私は、義姉特製のこの甘口カレーが大好きだ。
いつもは中辛派なのだが、このカレーだけは全く別物で。
私は、溢れてしまう笑みを隠そうともせずに、皿を受け取った。

〔ありがとうございます。今日のご飯もとても美味しそうですね。〕

義姉は、

「ふふ、ありがとうね。」

と言って、自分の分をよそっている。
声色は、先程よりも明るく、嬉しそうに聞こえた。

自分の分をよそり終えると、私の向かいに皿を置いて、
座る。
こうやって、向かい合いの状態で食事を取るのが、
優しい義姉のルールだ。
喧嘩した日も、笑い合った日も。どんな日も、向かい合いで食事を取る。

いつか、優しい義姉を、お姉ちゃんと呼びたい。
お義姉さんとも、まだ数回しか呼べて無いけれど。
今はまだ、緊張してしまって無理だけれど。

そんな気持ちを胸に秘め、手を合わせた。
それじゃあ、いただきます。

8/24/2023, 11:26:31 AM

〔嗚呼もう、うんざりだ!〕

私はそう叫んで、壁を殴りつけた。
教室の喧騒はピタリと止み、皆がこちらを見つめる。

「そ、そこまで怒鳴らなくても良いじゃねぇかよ。
いくらなんでもさ。」

壁を殴りつける程の怒りを焚き付けた奴が、びっくりしてヘラヘラと笑いながら言った。
私はその表情や、仕草にも気が経つ。

〔お前のそういう態度が一番気に障る。ヘラヘラとした、
その頭の軽そうな態度が!何故私が怒鳴ったか分かるか?
元はと言えば、お前が人の悪口を延々と言い続けるのが
原因なのが分かってるの?
私は、ハッキリと悪口を止めろって言ったのに、延々と!
それがどれだけ不愉快か分かる?〕

キツく睨みつけ、私は一息に告げる。
奴は、周りの目も合ってだろう。
そそくさと、教室を出て行った。

私はまだ奴に文句が言い足りない。本人が居ないのを良いことに、有りもしない悪い噂を吹聴している。
友人が、奴の吹聴が原因で少しの期間だが、
周囲から冷たい目で見られ、一時期不登校まで陥った。
その出鱈目な噂を撒いた奴は、不登校になった友人を
バカにする始末だった。

何故あの時、私はすぐにその噂に気付かなかったのだろうか。気付いたあとも、すぐに友人のフォローに回らなかったのだろう。もっと、噂の否定を早くしていれば。
不登校まで陥らなかったかもしれないのに。
やるせない気持ちと、後悔が心臓に纏わり付いてくる。
触手の様に、ねっとりと。ぐるぐると締め付けてくる。

その子は一応を復学できではいるが、半日登校、という状態が続いている。
私にも、今迄と大差無い対応をしていてくれるが、内心、どう思われていても仕方ない。
裏切り者とか、最低だとか。そんな風に思われていて居ても。
あの子は私の事を、もう友達とも何とも思っていないかもしれない。

ごめんなさい、もっと早く気付けなくて。
ごめんなさい。

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