思い出

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8/23/2023, 10:41:59 AM

〔ねぇ、今日も来たの?〕

岩場に隠れた、人気のない浜辺にのんびりと足を伸ばして座っているキミに、声を掛けた。
キミはパッと私の方を振り向いて、ニコッと笑う。
目元を緩ませ、何故か安心した笑みを浮かべたキミに、
私は呆れてしまう。
何故、この場所を知っているのだろうか。いつも思う。

〔今日は晴れだからまだ良いけど、明日は雨だってさ。
どうするの、キミ。〕

すると、キミは当たり前の様に、

「来るよ。絶対に。」

そう言って笑って見せた。

私は、

〔···ねぇ、何でキミは諦めないの?辛くないの?〕

キツい言い方をしてしまう。
だって、私は。

「だって、待つことしか出来ないから。
あの子は、絶対に約束を破ったりしない。」

キミは少し泣きそうな顔をして、海を見て、そう呟いた。

「あの子とこの海に、約束した。
また二人で一緒に、どんな日も、この海を眺めようって
笑い合った日も、喧嘩した日も。」

震えた声で言う、キミのそんな顔に、声に、
止まった筈の心臓がチクチクとする。

〔それさ、幼少期の約束でしょ?キミの言うその子は、
ずっと前に、忘れているんじゃないの?〕

私は、冷たく言い放つ。
お願いだから、その約束にずっと縛られないでほしい。
私もずっと、ここに居ないといけないじゃないか。

「でも、来てくれてるじゃん。こうやってさ。
姿は見えないけれど、声は聴こえる。
もう、それだけで、十分だよ。」

私の方を向いて、また笑った。けれども、涙が溢れている。
だから、忘れてほしかったんだ。そんな約束なんて。
もう触れないキミの顔に手を当て、涙を指で掬う。
でも、その涙の滴は、私ではもう救えない。

8/22/2023, 11:01:10 AM

「よっと!」

彼は気合を入れて、フライパンを揺すりホットケーキを
くるり、と宙返りさせた。
裏返ったその面は、綺麗な黄金色をしている。

〔おお~!綺麗だね、すごいなぁ。美味しそう。〕

私は感嘆の息を漏らし、称賛の言葉を送る。
彼は得意気な顔をして、

「どう?センスあるでしょ。」

と言ってニヤリと笑った。
私が笑いながら首を縦に何度も振ると、

「···もう、そんなに素直に褒めないでよ。」

顔を紅く染め、俯きながら呟く。
珍しく、明るい彼が、照れている。可愛い。

〔なんていうか、ごめん。
でも、キミのそんなに可愛い顔が見れたから素直に言って良かったよ。〕

私が少しキザに顎に手を当て、茶化す様に言うと、

「バッカじゃねぇの?」

彼は顔を上げてケラケラと笑い、そう言った。

楽しく、くだらない会話をしていると、
先程まで感じなかったが、何処となく焦げ臭い匂いがする。

〔少しさ、焦げてきてるんじゃない?〕

彼が、フライ返しを使って裏を見ると

「あっ!」

と、叫んだ。
私はその叫びの意味を察して

〔あぁ~、ドンマイ。あとごめん。〕

申し訳なくて、手を合わせて謝った。

彼が悔しそうにして

「片面めっちゃキレイに出来たのにー。
くそ、もう一回!」

と言った。

ホットケーキを裏返し、焦げた面を下にして皿に置く。
二枚目を焼き始めた彼は、神妙な面持ちで焼いている。
私も反省し、今度は話し掛けないで見守る。

「よっ!」

彼が片面を黄金色に焼いて、緊張の裏面に入る。
固唾を呑んで見ていると、

「·····今だ!」

そう叫び、彼はフライパンを振った。
空中でクルリと回り、落ちてきたホットケーキの裏面は、

表面と同じ、綺麗な黄金色に焼けていた。

「やった!どうだ、僕の本気!」

彼は嬉しそうそうにガッツポーズを決めた。
私は拍手を送る。

「ほら、温かいうちに食べよ!」

彼はもう一枚も、皿によそって渡してくる。

〔ありがとう。本当に綺麗だね。とっても美味しそう。〕

そう言えば、彼はニコニコと頷いた。

〔あ、私焦げた方が良い。〕

彼は驚いた顔をして、

「どうして?」

と、真っ直ぐに目を見て聞いてきた。

私は笑って、

〔だって、キミの可愛い顔が見られた
特別なホットケーキだもの。〕

真っ直ぐに彼の目を見つめて、そう言った。

彼はまた紅顔になる。
そして、黄金色の面を上にして置かれていたケーキを
わざわざ裏返し、焦げた面を上にして差し出した。

普段の明るく、元気なキミとは違う、特別な顔。
好きだから、見られて嬉しい。
だから、この苦みだって特別に美味しい。

8/21/2023, 11:10:00 AM

「キミは、まるで鳥の様だね。」

真夏のよく晴れた、溶けるように暑い日だった。
友人である彼と、夏休みを利用して二人きりで、プールに泳ぎに来ていた。

私の胸には、二人きりで。と、誘って了承が取れた喜びと好きな人と二人きり、なんて現実に緊張しきっていた。

私があまり彼を意識をしない様に泳いでいると、
彼がプールサイドに座って、水滴を拭いながらそんな一言を呟いた。

〔ん?どういう事?〕

私は、ある程度泳いで戻ってきた時に掛けられた、唐突なその一言に戸惑っていた。

「いやさ。プールの水底が綺麗な水色でさ、空みたいだなって思ってね。しかも、今日めちゃくちゃに晴れてるじゃん。雲一つ無いしさ。
そうしたら、なおさらプールが空みたいに感じてきたんだよね。
そんな事考えていたら、自由に泳いでるキミが鳥が羽ばたいてる様に見えたんだ。」

彼は恥ずかしがる様子も無く、つらつらと理由を述べた。
私は顔に熱が集まる感覚がして、

〔泳いでるんだから、鳥は鳥でもペンギンじゃん。
空飛べないよ?〕

小馬鹿にするように、そんな風に言ってしまった。
私がそんな言い方することもなかったじゃん。と、
俯き自分を責めていると、

彼が、

「良いじゃん、ペンギンでも。空が飛べなくったって、
僕は好きだよ。」

ニコニコとしながら言って、プールに入り泳ぎ始めた。
彼をパッと見れば、スルスルと泳いでいる。

〔顔あっつい。何であんなに優しいのかな。
酷い言い方しちゃったのに。〕

期待してもいいのかな。
ペンギンみたいに、少しずつ、一緒に進みたい。

そんな思いを胸に抱え、私も彼に続く様に
泳ぎだした。

8/20/2023, 11:23:31 AM

〔じいちゃん。じゃあ、またね。〕

私はそう言ってお祖父さんに笑いかけながら病室を出る。

「おう、またな。楽しみにしてるぞ。」

お祖父さんはニコニコとしながら、私に手を振った。
その、[またね。]の約束を交わした三日後だった。

〔あのね、おじいちゃんが、亡くなったって。〕

震えた声をした母親に告げられた。

それを聞いた途端、目の前が真っ暗になった。

じいちゃんが?亡くなった?だってこの前、元気だったじゃん。全然、そんな感じしなかったじゃん。
〔またね〕って、約束したじゃんか。

呆然としていると、母親に抱きしめられていた。

〔じいちゃんの、嘘つき。まだまだ話すことあったのに。
もっと、畑とかさ、遊ぶこととかさ、色々、一緒にしたかった。もっと、一緒に写真撮りたかった。なんだよ!
もう、出来ないじゃん。何も、できないじゃん!
まだ、ありがとうも、大好きも、全然言えてないのに!〕

私は、母親に縋り付きながら泣き叫んだ。
落ち着いてからじゃないと、精神的に危ないとの理由で、
翌日になり、じいちゃんに会いに行った。

コンコン、とノックをして、
〔失礼します。〕
母親が言ってドアを開いた。

「お!よく来たなぁ。待ってたぞ。」

そんないつも通りの声を待つ私がいる。
何時までも聞こえない。怖くて顔があげられない。

〔この度は。〕
そんなお医者さんの声が聞こえたが、そんな事よりも、
部屋の中に足を踏み入れた私の視界に、布団が掛かっているまま、微動だにしないじいちゃんが入った。

息が詰まる。現実が、眼の前にある。じいちゃんは。

〔ごめんなさい。じいちゃん。もっと、大好きとかさ、
色々言えばよかったね。そうしたらさ、こんなに後悔しなかったかもなぁ。〕

気が付けば、じいちゃんの横に立っていた。
顔が、しっかりと視界に入る。

〔病気だって分かってたのにね、だけどね、じいちゃんならもっと一緒に居られるって、思い込んでたんだろうね。ホントにごめん。ごめん。ごめんなさい。ちゃんと、沢山言いたい事あったんだけどなぁ。〕

ボタボタと涙が零れ出る。
もう、じいちゃんは拭ってくれない。
「仕方ないなぁ。」って、頭を撫でてくれない。

〔時間もあったけどさ、言うとさ、さよならがどんどん近づいて来てるって、実感しちゃうから。ごめんね、我が儘でさ。こんなに後悔するなんて思ってなかったの。〕

さよならって言う前に、もっと色々言いたい事があったのになぁ。

〔じいちゃん、さよなら。ありがとう。大好きだよ。〕

もう届かない。言えなかった言葉が刺さって、
心が、痛い。

8/19/2023, 10:45:37 AM

お祖父さんと、一緒に田んぼにいたときに、ふとこんな話になった。

「なぁ、あの雲がどんな形に見える?」

お祖父さんは空を指差して、そう言った。
私は、

〔どの雲?あそこにある入道雲?それとも、あっちにある大っきい真っ白なうねうねした雲?〕

軽トラの荷台に腰掛けながら私は訪ねた。

「どっちもだな。」

と、お祖父さんは私の隣に腰を掛けながら言った。

〔そうだなぁ。あっちの入道雲は、ありきたりだけど
シュークリームみたいだね。〕

私が言うと、お祖父さんは

「ホントにありきたりだな。俺には羊の毛みたいに見える。」

笑いながらお祖父さんはそう話した。

〔それもありきたりじゃん。それで、あっちのうねうねした雲は、私にはじいちゃんがタバコ吸ってるときの煙。〕

私が汗を拭いながら、新しい答えを言うと、

「なるほどなぁ。俺にはヘビとか龍とか、そんな感じにしか見えねぇや。」

少し感心した様子で、お祖父さんは言った。

〔じいちゃんがさ、空模様っていうか、雲模様?とか聞いて来るの珍しいね。〕

お祖父さんの方を見ながら、私がそう話しかけると、

「なぁに、ちょっとした気まぐれだよ。いくら孫相手とはいえ、話がないと気まずいだろ?」

そんな風に笑っていた。
別に、話なんかしてなくたって私は、お祖父さんと過ごせれば。
そんな言葉は、まだ若い私には出てこなかった。

〔なにそれ。じいちゃんとぼーっとしていられるのも、幸せだよ。〕

空を見るとふと思う、声に出せなかった、大事な気持ち。
あの笑顔と一緒に思い出す。

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