昔、お祖母さんから貰った手鏡がある。
裏面や持ち手が、まるでステンドグラスの様に美しく加工が施されているとても華やかで、キラキラと輝いている。
その鏡は、お祖母さんが私の為に美術館で買ってきてくれた、とても大切で、思い出の詰まった鏡。
受け取った時には咄嗟に、
「私には勿体ないよ!」
と言ってしまったけれど、お祖母さんは気にしないで、
「あなたに受け取って欲しいの。だから、遠慮しないで。
その鏡を使って、いっぱい可愛くなるの。」
そんな事を言って、上品に笑った。
貰った時は、私には勿体ないという想いと、キレイでかわいいでうれしいな、なんて気持ちが胸に湧いてきた。
私は、鏡はあまり好きじゃなかったけれど、その手鏡だけは特別である。
どんなに落ち込んでいたり、悲しかったりしても、
その手鏡を見ると、私は少し笑顔になれる。
〔久しぶり、じいちゃん。〕
私がそう声を掛けると、お祖父さんは子供のように、
嬉しそうにこちらを向いた。
「おう。元気にしてたか?学校は?友達と仲良くしてるか?」
矢継ぎ早にそう言った。
私は少し照れくさくなって、お祖父さんの顔を見れずに
〔とりあえず元気だよ。テストもぼちぼちだし、新しいクラスで友達がもうできたんだ。〕
短い前髪を整えながら、答えた。
するとお祖父さんは笑って、
「すごいな。」
と、一言だけ言った。
私は、お祖父さんの座っているベットに歩み寄り、腰を掛けた。
〔じいちゃんも、元気そうだね。良かった。〕
そう笑うと、お祖父さんは
「そうだな。今は凄くいいよ。だから、もっと話をしてくれ。久しぶりだから、色々なことがあっただろう?」
ニコニコとしたまま、そう話すお祖父さん。
私は、学校のことから、家のこと、果てはその日道で見かけた野良猫の毛柄まで話し込んだ。
今になって考えれば、幼いながらに感じていた。
お祖父さんががやつれていって、お母さんが辛そうな顔を時々見せて、お父さんも私をお見舞いに連れて行ってくれるたび、少し笑顔が歪で。
お祖父さんが、どこか、もう、話せない程に遠い、手が繋げ無い程に遠い、どこかに行ってしまうと、感じていた。
だから、どうでもいいような事まで必死に話し込んだ。
泣いてしまいそうになるから、お祖父さんの顔を、あまり見れなかった。
しっかりと目を見ると、ボロボロに泣いてしまいそうだったから。
〔あっ、そうだ!これ持ってきてたんだ。
見てみて、懐かしいでしょ?〕
はっとして、私はポッケからコマを取り出し、机の上に置いた。
「まだこんなの持ってたのか?今は、新しいおもちゃとかあるだろうに。」
お祖父さんは苦笑いをして、そのコマを手に取った。
〔だって、病院暇だと思ったんだもん。でも、この机じゃちっちゃくてコマ、回せないね。〕
お祖父さんはまた笑って、
「そうだな、退院したら、また遊ぼう。だから、それまで取って置いてくれ。」
私の頭に手をポンと置いて、そう言った。
そのコマは、お祖父さんが亡くなって十年を経た今でも、
ずっと捨てられないで持っている。
一人で回しても、楽しくないのに。
私のお祖父さんは、とても器用な人だった。
畑仕事から、小さい小屋なら大工さんのようにテキパキと作り上げる。
夏になると、茄子に胡瓜にトマトといった、夏野菜を畑一面に実らせて、
「今年も良くできた。美味そうだろ?」
そう言って眩しくにっこりと笑っていた。
私が[新しいおもちゃが欲しい]と、駄々をこねれば困ったように、でも何故か嬉しそうに
「しょうがねぇなぁ。ほら、少し待ってろ。」
お祖父さんはそう言って、家の中に入っていく。私は首を傾げて待っていると、お祖父さんは手に絵の描かれた少し厚めの紙?と、石みたいな色合いの重たそうなコマを持ってきた。
見たこともない〔新しいおもちゃ〕に、私はとてもワクワクとしていた。
「ほら、これで遊んでみろ。」
そう言ってお祖父さんは派手な厚紙を地面に置いて、重たそうなコマに、たこ糸のような紐を巻き始めた。
あっという間に巻き終えて、お祖父さんはニヤリとしたあとにバッと巻き終えた紐を引く。
ガチリと、激しい音を立て地面で回るコマに、私は見入る。
ガチッバチッといった激しい音を鳴らしながら、コマは回る。私はじぃっと見つめる。見つめていくうちに、コマはゆるゆるとした回転になっていき、やがて止まった。
私がワッと〔マネしたい!どうやったの?〕と聞けば、
お祖父さんは嬉しそうに笑いながら
「簡単さ。ほら、こうやって紐を巻くんだ。」
優しい声色で、私の手に大きなお祖父さんの手を重ねて教えくれる。
あったかくて、しわしわで、ごつごつとした手のひら。
その感覚が、くすぐったくて、心がぽかぽかとする。
そんな幸せを、じっくりと噛み締める。
いつも笑っていて、面白いことや、楽しいことをたくさん教えてくれた。
そんなお祖父さんが、私は世界で一番誇らしく、大好きである。