思い出

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「よっと!」

彼は気合を入れて、フライパンを揺すりホットケーキを
くるり、と宙返りさせた。
裏返ったその面は、綺麗な黄金色をしている。

〔おお~!綺麗だね、すごいなぁ。美味しそう。〕

私は感嘆の息を漏らし、称賛の言葉を送る。
彼は得意気な顔をして、

「どう?センスあるでしょ。」

と言ってニヤリと笑った。
私が笑いながら首を縦に何度も振ると、

「···もう、そんなに素直に褒めないでよ。」

顔を紅く染め、俯きながら呟く。
珍しく、明るい彼が、照れている。可愛い。

〔なんていうか、ごめん。
でも、キミのそんなに可愛い顔が見れたから素直に言って良かったよ。〕

私が少しキザに顎に手を当て、茶化す様に言うと、

「バッカじゃねぇの?」

彼は顔を上げてケラケラと笑い、そう言った。

楽しく、くだらない会話をしていると、
先程まで感じなかったが、何処となく焦げ臭い匂いがする。

〔少しさ、焦げてきてるんじゃない?〕

彼が、フライ返しを使って裏を見ると

「あっ!」

と、叫んだ。
私はその叫びの意味を察して

〔あぁ~、ドンマイ。あとごめん。〕

申し訳なくて、手を合わせて謝った。

彼が悔しそうにして

「片面めっちゃキレイに出来たのにー。
くそ、もう一回!」

と言った。

ホットケーキを裏返し、焦げた面を下にして皿に置く。
二枚目を焼き始めた彼は、神妙な面持ちで焼いている。
私も反省し、今度は話し掛けないで見守る。

「よっ!」

彼が片面を黄金色に焼いて、緊張の裏面に入る。
固唾を呑んで見ていると、

「·····今だ!」

そう叫び、彼はフライパンを振った。
空中でクルリと回り、落ちてきたホットケーキの裏面は、

表面と同じ、綺麗な黄金色に焼けていた。

「やった!どうだ、僕の本気!」

彼は嬉しそうそうにガッツポーズを決めた。
私は拍手を送る。

「ほら、温かいうちに食べよ!」

彼はもう一枚も、皿によそって渡してくる。

〔ありがとう。本当に綺麗だね。とっても美味しそう。〕

そう言えば、彼はニコニコと頷いた。

〔あ、私焦げた方が良い。〕

彼は驚いた顔をして、

「どうして?」

と、真っ直ぐに目を見て聞いてきた。

私は笑って、

〔だって、キミの可愛い顔が見られた
特別なホットケーキだもの。〕

真っ直ぐに彼の目を見つめて、そう言った。

彼はまた紅顔になる。
そして、黄金色の面を上にして置かれていたケーキを
わざわざ裏返し、焦げた面を上にして差し出した。

普段の明るく、元気なキミとは違う、特別な顔。
好きだから、見られて嬉しい。
だから、この苦みだって特別に美味しい。

8/22/2023, 11:01:10 AM