思い出

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〔あれ、傘忘れたの?〕

私がそう声を掛けたのは、同じクラスの女子生徒だ。
彼女は、学年でも評判の良い優等生で、優しい性格の持ち主である。私も、休み時間を利用して、よく勉強を教えてもらっている。

毎年皆勤賞を取っていて、真面目で忘れ物をしているのも今迄見た事が無い彼女が、強い雨が降る校庭を玄関から
じっと見つめて、困った顔をしていたから、そんな言葉を掛けてみた。

「そうなの。今日は、天気予報で晴れって言っていたものだから、持ってきていないの。それに、予備の傘も持っていなくて。雨が止む迄待とうかと思っていたのだけれど中々止みそうになくて。」

彼女は、落ち込んだ様子でそう言った。

確かに、天気予報は晴れの印が付いていた。
だが、今日は夕立ちの可能性があるからとも言っていた。
彼女は、夕立ちの可能性を知らなかったのだろう。

だから傘を忘れた。と、言うより持ってこなかった。
の方が正しいか。私は一人で納得していた。

〔あのさ、もし良かったら、なんだけと、私の傘使って。
私の家近いから、傘が無くても多分どうにかなるし。〕

私は持っていた傘を、彼女に差し出しながら言った。

彼女は、

「でも、近くても濡れちゃうでしょう?
きっと、もう少ししたら止むから、私は大丈夫よ。」

と、眉を下げて戸惑った顔をしながらそう言った。

私は、

〔でも、もう少しって言っても何時止むかもわからないし、もしかしたら夜ぐらい迄ずっと降るかも知れないよ?
そうしたら、委員会の書類もあるんでしょ?〕

〔宿題も有るんだしさ。これで寝坊とかしたりして、
皆勤賞逃したら勿体ないって言うか、私の罪悪感が凄い。
私、宿題が有るだけだし、もう既に皆勤賞取れないし。〕

つらつらと、彼女に色々と傘を渡す理由を述べる。
それでも、まだ迷っている彼女に、

〔それにさ、此処まで言ってお断り喰らった方が、
すげーダサい。めっちゃカッコつけてるもん。
だからって言うのも変だけど、
受け取って欲しいかな。お願い。〕

そう両手を合わせてお願いすると、
彼女は参った様に、

「うん、分かった。ありがとう。」

そう言って、笑ってくれた。
私は彼女に傘を差し出して、受け取って貰った。
彼女は申し訳なさそうに少し笑みを浮かべながら、

「ありがとう。また明日ね。」

と言って、手を振って帰って行く。
その時に、私は凄く場違いな事を考えてしまった。

彼女の、困った笑顔が、とても可愛い。
雨の中に去って行く彼女の、後姿が、とても美しい。

私は、強い雨の降る校庭に、彼女の事を考えて
十数秒佇んでしまった。

次の日、体調を崩さなかったのは奇跡だと思う。

8/27/2023, 2:18:56 PM