つぶて

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7/2/2023, 1:15:10 AM

 いつからあそこにいたのかは覚えてない。窮屈な箱の中。決まった時間にごはんが出てくる。それだけ。見えない壁があって、向こう側には神様がやってくる。たくさんの神様。匂いがわからないのが不気味で、じっと僕を見る目が怖くて、いつも箱の隅で震えてた。夜になれば少しは楽になれた。ビョウインの匂いの人がやってきて、僕と遊んでくれたから。でもいつも悲しそうな目をしていた。僕の頭を撫でながら、いい人に巡り合うんだよ、と言っていた。なんとなくわかってたんだ。僕は行かなくちゃいけないって。窓の向こう側に。たくさんの神様がいる場所に。
 あの時、窓の向こうの君と目が合った時、僕は本物の神様と出会った。君はその小さな両手を壁につけて、ずっと僕を見ていた。二つの丸い瞳がきらきらしていて綺麗だった。ちっとも怖くなかった。それから君は言ったんだ。この子がいい、って。奇跡を告げる声はちゃんと僕にも聞こえていたよ。
 はしゃぎ疲れた君が眠っている。大好きな匂い。毛布を引っ張ってきて、その体に掛ける。上手く広げられなくて不恰好だけど仕方がない。僕はその隣で目を閉じる。すやすやと君の呼吸が伝わってくる。あの時のことは時々思い出すけれど、こうして君に触れていればするりほどけて消える。後に残るのは守るべきものがある幸せだ。君がくれたもの、全部お返しできるといいな。

6/29/2023, 2:12:47 PM

「あの雲、すっごい雲雲してるね」
「そうだね」
「なんかさー、こうもでっかいと飛びつきたくなるね」
「そうか?」
「思いっきりジャンプして〜雲に〜ダイブ!」
隣の友人は抱きつくポーズをして、きゃっきゃとはしゃいでいる。昔からあほだとは知っていたが、ここまであほだったとは。補習と暑さで拍車がかかっている。
「そんなに上手くいくか?」
「もふんっ」
私は想像する。遥か上空まで跳躍した友達は、どんどん小さくなり、やがて雲の一部にビタンと張り付いた。
「蜘蛛の巣に飛び込んだ虫みたい」
「えー気持ち悪い」
「急にテンション下がるな。というか、あそこまで跳べないだろ」
むすっとした友人は、それからはっとして、
「ふわふわの人が、ここにも〜!」
「あほか! 寄るな、暑いってのに!」
「いや〜、バチバチしないで〜」
遠くからゴロゴロと音が鳴っている。
私は翳りゆく空を眺めながら、いつまでここに居られるだろうか、などと考えた。

6/28/2023, 3:11:28 PM

 パチパチと爆ぜる火花が夏の夜を引っ掻く。手のひらほどの小さな光。君と見るはずだった大きな花火と比べれば、ほんの微かなものだ。夜空に打ち上がる力もなく、か弱い灯りを残してポトリと地に落ちてしまう。
 僕の視線に気づき、君は楽しそうに線香花火を差し出す。勝負勝負と言いながら、その頬にほんの少しのごめんねを滲ませて。君はまだ、夏風邪を引いたことを悪く思っているらしい。
 いいんだよ。僕は心から思う。僕は思いの外、この2人だけの花火大会を気に入ってたりする。君の横顔を一番の特等席から見られるのだ。君の笑顔はどんな花火よりも明るくて、綺麗だった。
 肩を並べて線香花火を見守りながら、僕はその輝きに願う。どうかいつまでも咲いていてほしいと。

6/27/2023, 2:01:54 PM

 不在を証明するのは難しいと言うが、狭い空間においてはその限りではない。例えばそう、このカバンの中だ。今朝、確かに仕舞ったはずの鍵だが、どうもその行方が掴めない。一つ横のポケットに入ったのかと探りを入れてみるがここにもない。その隣にもない。そのさらに隣も同様である。どういうことだろう。私の手が、あの硬い感触を求めて忙しなく動き回る。障害物が邪魔で片っ端から取り払う。財布、タオル、ティッシュ、などなど。これでは四次元ポケットを漁るドラえもんじゃないか。私はすっかり青ざめ、やがて一つの結論に辿り着く。それは、鍵はどこかにあるということだ。ここではないどこかに。

6/26/2023, 12:28:49 PM

 最初の一戟を受け止めた瞬間、お前だとわかった。
金属音を散らして飛び退った人影は怯むことなく間合いをつめてくる。続けざまの剣戟。力に逆らわず巻き込むように隙を狙ってくる。小柄な体格を生かした流れるような踏み込み。何度膝を折ろうと立ち上がってきたその脚が、脳裏の記憶と重なった。
「なぜだ!」
 俺は刀を構えたまま叫ぶ。「なぜ国に逆らう!」
 影は答えない。何度弾かれようが歯を食いしばって走ってくる。すでに奴の太刀筋は見切っていた。そして、奴が負けを悟っていることも。
 俺はきつく柄を握った。
 お前は間違っている。
 里を守るため、口を糊す家族を救うために、俺たちは国を変える。そのために今、国に従わねばならない。たとえどれほど圧政を敷く国だとしても、今はただ嵐が過ぎ去るのを待つのだ。それがどうしてわからない。俺たちは、同じ父と母を持つ兄弟だというのに。
 奴の刀が空を切った。軸を失った体はもう、俺の太刀を躱すことはない。ひらりと顔を覆う布がはだける。お前の目が俺の刀を捉えている。切先がお前の体に届く様を見ている。お前と交わした誓いが断ち切られる瞬間が俺たちの目に鮮明に映る。

(書いてからお題が「君」だって気づいた💦)
 
 

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