遠い日のぬくもり
無償の愛という言葉信じて疑わなかった自分はどれだけ幸せ者だったことか。今になってつくづく思う。
親は子どものことが一番だと言った母。感謝こそすれ、親というのはそういうものだと思って育った自分。大人になってようやく、それが普通でないことを知った。
自分は子どものために全てを捧げられるだろうか。
そんな疑問が日常の隙間にふと頭をよぎるようになった。自分のために生きてきた自分が、いつか誰かのために生きられるのだろうか。そうありたいと願うけれど、まだまだ未熟な自分にはまるで想像がつかない。
遠い日のぬくもりを想い、父と母の偉大さを想う。
いつか自分もきっと。
揺れるキャンドル
不安定な火。消えないでほしいと思うのはなぜだろう。
明かりが照らすバルコニー。スマホを手に腰掛けていた。書く習慣というアプリを開いたが、何を書いていいのやらわからない。何気なく灯したキャンドルが、かすかな風に吹かれて揺らめいている。
習慣化は苦手だ。やりたいから始まった決心は、いつの間にかやらなきゃに変わり、ふとしたきっかけで掻き消えてしまう。燃え尽きたわけじゃないから、また火がつくこともあるけれど、それも長くはもたない。
今度はいつまで続くだろう。
か細いキャンドルを見つめている。消えたところで困らない火。だけど消えないでほしい火。自分の手で灯したのだから、少しでも長く楽しみたいものだ。
光の回廊
光の粒が示す道。
冷たい光の殺到に足がすくむ。
見せられている光景。
歩かされている道。
あまりの眩しさに、己の感性を見失いそうになる。
綺麗だ。あまりにも。
思わず目を瞑る。
自分の足で歩きたいと思う。
自分の目で見たいと思う。
けれど、圧倒的な光がそれを拒む。
これが綺麗というものだと。
暴力的なまでの同調圧力。
歯を食いしばって光の回廊を歩く。
わかっている。
人工を突き詰めたものは、アートだ。
降り積もる想い
大阪に雪が積もることは滅多にない。
窓の外、街灯の明かりを眺めていた。今夜遅くにかけて雪が続くようだ。ところによっては積雪となるらしいが、あまり気をひく話題ではない。夜が明けてみれば積もっているのは車の上だけ、なんてことはままある。そんな朝に淡い期待がしゅんと溶けたことは何度かあった。
__クリスマスみんなで遊ぼうよ
SNSが動いている。呼びかけた彼女の元に賛同が集まっている。その文字を見つめ、ぼくの指がまごつく。
__xx君は?
あの子の声で脳内再生される。ほんの少しだけ後悔がよぎってひとり狼狽える。自分には誘う勇気どころか、その資格すらないというのに。
__どうしてもってんなら
__どうしても!
__しゃーねーなぁ
__やった!!
これじゃあ本当に強がりだな。
窓の外、雪が強まっている。今回は積もるだろうか。積もるはずのないこの土地が、白く輝く朝が来るのだろうか。いいや、そんなことはない。あってはならない。そうだ。自分はよくわきまえている。
小さく息を吐く。
だけどそれでも、期待してしまうのはなぜだろう。
時を結ぶリボン
おばあちゃんから巨大なリボンを貰った。
大きな大きなリボン。何重にも巻かれたロールは両手でも抱えきれないほどだ。こんなに要らないよと言ったけれど、おばあちゃんは大事に使ってほしいのと答えた。
何に使おうかと考えて、私は気に入ったものにリボンをつけることにした。好きなぬいぐるみ、好きな本、友だちからのプレゼント、なんでも。長いロールから少しだけリボンを切り取って結ぶ。リボンは有り余るほどあるから遠慮はいらない。ちょこんと結べばお気に入りの証。身の回りに少しずつリボンが増えていくのは楽しかった。
それからもリボンをつけた。卒業写真にもつけたし、恋人につけたこともある。赤ちゃんのベッドにも添えたし、娘のランドセルにもつけた。子どもたちが巣立ってからは、たくさんの写真を撮ってリボンを添えた。
大きかったリボンは少しずつ小さくなり、やがてほとんど軸だけになった。
最後は何につけようか。
するりとロールからリボンが離れる。
私は少し考えてから結び、ゆっくりと目を閉じた。
私にも似合っているといいな。