つぶて

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6/25/2023, 2:52:11 PM

 伸びない数字に息をつく。今日もタイムラインには名の知れたクリエイターたちの作品が並び、当然のようにk単位を出していた。
 とぼとぼとリビングに降りると、
「どうした。しおれた顔をして」
 裏庭から父が尋ねた。僕はなんでもない、と答えて外に目を向ける。花壇に咲く色とりどりの花が、僕を笑っているような気がした。
「いつもよく咲くね」
「そりゃあ、世話かけてるからな」
 父はあっけらかんとして言う。
「咲いてみれば堂々としているが、どれもこれも繊細な花ばかりだ。土、水、日当たり、害虫、いろいろクリアしてようやく、ってもんだ」
「簡単そうに見えるけど」
「それは俺が上手くなったからだ。昔は何回も枯れた」
「そう、なんだ」
 僕は少し自信がなかった。
「やめようとか、思わなかった?」
「思った」
 父はちらと俺を見て、それから小さく笑う。
「でもやっぱり見たかった。こいつらがどんな花を咲かせるかをな。咲いてみれば綺麗なもんだ」
 僕は立ち上がった。
「どこか行くのか?」
「絵、描いてくる」
 僕はぱたぱたと階段を上がる。
 瞼の裏、日の光を浴びて輝く花々が僕を待っていた。

6/24/2023, 7:56:04 AM

子供の頃は書きたいものを書いていた。
ただひたすらに。迷いなんてなかった。
荒削りで、ご都合主義で、だけど伸び伸びしていて。
昔の作品を読むのは恥ずかしいけれど、
書く楽しさが伝わってくる。
今はどうだろう。
文章の良し悪しが自分なりに解るようになった。
書きたいこと、表現したいことが増えた。
だから迷いがある。不安がある。
バックスペースを触る回数が格段に増えている。
自分は成長しているのだろうか。
下手になってはいないだろうか。
時々わからなくなる。
だけど一つ言えるのは、
書く世界の広さを知ったということ。
このワクワクが続く限り、きっと前へ進んでいける。
だから今日も僕は机に向かう。
新たな発見への期待と、少しの野心を胸に抱いて。

6/22/2023, 1:15:49 PM

 数学なんて嫌いだと思っていた。決められたルールを使って問題を解くことの繰り返し。1+1=2と決まっていて、1と1が友達になったりはしない。教室の中みたいに閉じられた世界。昔から苦手だった。
 高校に入って変わった。新しい先生のおかげだ。どこかぼんやりしていて頼りなさそうだけれど、教えることに関してはピカイチの先生。そう思えたのは、目次にあった微分積分について聞いた時だった。
「微分積分ってどんなのですか。日常で使いますか」
「うーん、そうねぇ」
少し悩んだ先生は、あっと手を叩いた。
「日常の一瞬一瞬を切り取ったら、それって奇跡だと思いませんか? 日常というのは、実は奇跡の連続でできているのです。だから、日常を微分すれば奇跡になります。その逆、奇跡を積分すれば日常になる」

d日常/dt = 奇跡 , 日常 = ∮ 奇跡 dt

ぽかんと数式を眺めている僕に、先生はにこりと言う。
「そのうち解るようになるから大丈夫」

6/21/2023, 1:06:18 PM

 深夜三時を回っても、眠りに落ちる奴はいなかった。地獄のような練習合宿を乗り切った体はとっくに限界を超えていた。誰もがそうに違いなかった。それでもここにしがみついているのは、今この瞬間を、一秒たりとも逃したくなかったからだ。俺たちの最後の青春。こうして同じ飯を食い、同じ苦難を乗り越え、同じ立場で笑い合える。こんなことは二度とないのだ。この場にいる誰もが痛いほどに理解していた。
 騒ぎ合い、笑い合い、語り合った。これまでのこと、これからのこと。俺たちには希望があり、夢があった。それぞれがそれぞれの道を歩もうとしていた。
 時は等しく過ぎていき、やがて朝が来た。空気を吸いに行こう、と誰かが言った。外に出ると曙光が俺たちを染めた。全員で見上げた朝焼けの空は、俺たちの心の色だった。
 あの時の東雲色は、今も心に焼き付いている。

6/20/2023, 2:47:04 PM

 あなたはいつも私の味方だった。一人で膝を抱えている時、空の広さを教えてくれた。先生に叱られた時、失敗は成長の元だと言ってくれた。誰とも話せないと泣いた時、ゆっくりでいいからと背を押してくれた。あなたがいてくれたから、私は孤独を耐えられた。
 友達ができた。初めての友達。私の手を引いて、遊ぼ、と屈託なく笑う。私は戸惑い、あなたを見る。あなたは安心させるように笑うだけ。私は怖くなる。一緒に来て、と必死にお願いするけれど、あなたはただ首を振る。大丈夫だから。行っておいで。
 私は泣き出しそうになるのを必死で堪えた。あなたが間違っていたことは一度もなかった。
 友達が不思議そうに尋ねる。
「だれと話してるの?」
「だれって……あの子」
 指をさすけれど、友達は首を傾げる。
「え? いないけど」
「あれ……」
 あなたの姿はなかった。私は何度も目を擦ったけれど、やっぱりあなたはいない。
「まあいいや。それより、あっち行こうよ」
  手を引かれる。訳がわからないまま、私は一歩を踏み出す。あなたの姿は見えない。その代わり、確かな温もりが掌に伝わっていた。
 

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