つぶて

Open App
6/19/2023, 1:22:07 PM

 放課後。エントランス。雨を見上げて立ちすくんでいるあの子がいた。ツンと整った綺麗な横顔。黒髪のポニーテールが溌剌とした彼女によく似合っている。手にしているのは鞄が一つだけ。たぶん、黒猫のキーホルダーがついたやつだ。
 僕はちょっと周りを見回した。誰もいない。それから自分の傘を見つめた。傘があった。黒い傘。あの子には無い傘。
 どういうわけか蘇ったのは、進展とかないから、という自分の声だった。つい最近のことだ。部活の帰りに友達とだべっていた時の記憶。好きだとか好きじゃないとか、火遊びみたいな会話をしていた。知ったようなふりをして、その実自分のことは何も知らない奴ら。その一人に過ぎなかった僕は、あの時も本心から逃げた。大体、話しかけるキッカケとかないし。キッカケあれば話せんのかよ? 当たり前だろ。ホントかよ。ホントだって。
 言い逃れ。後ろ向きな本心を隠すための言い訳。勇気がなからキッカケのせいにしていた。ずっと。これまでは。
 雨音がする。弱まる気配はない。あの子が立っている。人の気配もない。鼓動が騒いでいる。喉が渇いている。右手を握りしめる。傘がある。黒い傘が。
 あの子が振り返る。
 僕は小さく息を吸う。
 
 

6/18/2023, 2:22:38 PM

 ガチャ、と何かが固定される音がした。逃げられないと思うと冷や汗が出た。終わったかもしれない。なんの予兆もなく動き出す車体。傾斜は思った以上に急で、全く前が見えない。どんどん遠ざかっていく地面。前を向けば快晴の空。果てしない後悔が全身を駆け巡る。君のためとはいえ、断固として拒否すればよかった。お金を払って、列に並んで、拘束され、挙句に落とされる。人間はなんと愚かな生き物だろう。ma=F、E=mc^2だというのに。
 この時、僕は世界の真理に到達していたのだが、残念ながらその記憶がない。一つ学んだのは、ジェットコースターには二度と乗らないということだ。
 

6/18/2023, 6:39:21 AM

 光が灯った洞窟はその正体を明かし、少しの安心感と喪失感を見る者に与えた。闇に満ちたこの場所を前にした時のことを懐かしむ。あの時の高揚感は、もうここにはない。知ることは不可逆だ。何かを知ることは、未知でなくなるということ。
 背を向けると、目前には黒々とした闇が続いている。次なる獲物はこの先にある。この未知を照らし、先へと進むのが私たちの使命だ。
 この洞窟がどこまで続いているかは誰も知らない。途方もなく続いているかもしれないし、すぐそこで終わっているかもしれない。前に進むほど終わりに近づくのは確かだ。けれど、未知を未知のままで終わらせるのはつまらない。減りゆく残りの道を数えるよりも、今ここで未知が既知へ変わる喜びを味わいたい。
 今日もまた、私たちは灯りを手に前へ進む。

6/17/2023, 6:39:15 AM

 恋愛成就ののぼりを見た君は複雑な表情を浮かべた。二人で神社なんて初めてのことだった。戸惑いを隠せない君を盗み見するのはちょっと楽しい。僕が神社に行こうと言ったのが意外だったとか、今の関係に何か不満があるのかとか、すごく悩んでいる。何度も躊躇った挙句、口を開いたのは拝殿に到着しようという頃だ。「……神様にお願いする前に、まず私に言って欲しいんだけど」
 僕は小さく笑った。率直な言葉が君らしいと思った。
「わかってるよ。これはお礼参り」
「お礼参り?」
「1年前、君と出会えるようここでお願いしたからね」
「……そういうのは先に言って」
 叩こうとする君の手をひょいと避けて、僕は手を合わせる。パタパタと足音が隣に並ぶ。1年前と違うのは、隣に君が立っていることだ。
 僕は心の中で感謝し、末永い未来を誓う。

6/15/2023, 2:29:56 PM

 好きな本には思い出が宿っている。
 その本を読んでいた頃の記憶。友達に「そんな本、どうやって見つけるん?」と聞かれたとか、教科書とノートの間に挟んで廊下を歩いたとか、とても些細なことだ。年末にリビングの絨毯に寝転がって読んだ、なんて記憶もある。小説の内容とは全く関係ないのに、物語を思い出すと一緒になって浮かんでくる。大好きな本に失恋の記憶が混じってたりするのが玉に瑕だけれど、僕は本を懐かしむのも好きだ。
 などと言い訳をしながら、僕は本棚を見上げている。冬休みに入ったと思ったらもう年末だ。本棚の掃除は一向に終わる気配がない。
「いい加減、掃除しなさい! 捨てるわよ!」
僕は飛び上がる。思い出を捨てられたらたまったものじゃない。あくせく片付けながら、今年も好きな本が増えたな、と思う。

Next