つぶて

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6/14/2023, 1:58:35 PM

 明け方の空は、泣き笑いともつかない曖昧な色をしていた。降りそうで降らない。晴れるかと思えば、いつ崩れてもおかしくない。苦しそうだ。吐き出したいのに吐き出せない。ギリギリの均衡を保ったまま、いつか晴れるだろうと我慢し続けている。たぶん、今の私そのものだ。
 不安で眠れなかった昨日の夜。自分を見失いそうになって、明日こそはと思いながら必死に目を閉じ続けていた。だけど、いざ朝になってみればこの空模様だ。朝から元気に挨拶して、一日を頑張ろうなんて気持ちは、今や暗い雲に覆われ始めている。
 この空に向かって全部叫んでしまえたらいい。何もかも、全部雨に流してしまえば、きっと少しは軽くなるなるはずだ。プライドも、外聞も、何もかも捨ててしまえばいい。
 なのに、私には聞こえるのだ。どこからともなく。私を睨みつけて、降るな、降るな、と牽制する声が。

6/13/2023, 1:46:35 PM

 その女性はいつも雨の日にやって来た。
ショートボブの黒髪にあどけなさを残した女の子。窓際の席に腰を下ろすと、いつも決まってカプチーノを注文する。バッグから文庫本を取り出し、雨に溶け込んだように読書をする。客の少ない店内で、ページをめくる小さな手が麗しかった。
 カプチーノがお好きなんですか、と尋ねたのはいつだっただろうか。雨の日はカプチーノが飲みたくなるんです、と言った彼女は、と歌った方がいるんです、と付け足して微笑んだ。大人びているようで、無邪気なようで、不思議な魅力のある人だと思ったものだ。
 七月になった。いよいよ夏の気配を感じる。職場である喫茶店への道を歩きながら、そういえば紫陽花を見なくなったな、と考えた。

6/12/2023, 2:12:28 PM

 その男は好き嫌いが激しかった。食は偏り、遊びは変わらず、人付き合いは限定されていた。偏狭な自分に嫌気がさし、男は一念発起、好き嫌いをなくすことを心に決める。様々なものを食べ、いろいろな遊びをし、人を選ばず交流した。血の滲むようなの努力の末、男は無我の境地に達する。すなわち、どんな事も好きでも嫌いでもないと感じられる領域に己を置くことに成功したのだ。
 好き嫌いをなくした男は、世の中がつまらないものだと気付いた。特に好きになれるものが無かったからだ。

6/11/2023, 1:37:28 PM

 水槽に解き放ったメダカたちはすいすいと泳ぎ出した。多くの仲間たちに出会って楽しそうだ。孤独で過ごすのは辛かったのだろうと、なるべくたくさんのメダカを入れる。折角だから、いろんな飾りも入れて明るい水槽にしよう。
 しばらくすると、メダカたちは水面で口をパクパクし始めた。どこか苦しそうだ。どうやら酸素不足らしい。なるべく植物を入れてあげましょう、とネットに書いてある。藻類を入れると、やがてメダカたちは落ち着いた。緑がないと息苦しいようだ。
 ゆるゆると泳ぐメダカを眺めながら、うちでも花を育てようかな、と思う。


お題: 街

6/11/2023, 6:05:26 AM

 金曜日の夜、僕は上機嫌でスマホをいじっていた。
 SNSを眺めているだけでやりたいことはいくらでも見つかる。いろんな人がいろんな面白いを発信してくれるからだ。イベント、フェス、ライブ、キャンプ、映画。どれもこれも面白そうだから、半ば無意識的にやりたいことリストに追加する。
 気づけばリストは五十件を越えていた。やりたいことばかりの日々。なんて贅沢な話だろう。スマホやSNSがなければこんな生活はありえない。現代に生まれてよかった。明日は何をしよう。迷っちゃうな。
 その時、突然の不具合によりスマホは機能を停止した。やりたいことリストは全て抹消された。僕は焦った。リストの内容は四つくらいしか思い出せなかった。
 とりあえず、覚えてることからやろう。そうして手をだした趣味は生涯にわたって続いた。

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