つぶて

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6/10/2023, 8:44:41 AM

 けたたましい目覚まし。類をみない不快音。たぶんこの世で一番嫌いな音。五分聞き続けたら病む自信がある。一秒でこの憂鬱さだもん。でもだからって好きな曲に変えるのもムリ。三日で嫌いになるから。一度それで後悔してからはずっとこの音。たまにさ、推しのイケボを目覚ましにしてる人とかいるけど、正気の沙汰じゃないよね。三日後には拳で黙らせてるよきっと。かわいそ。
 にしても眠い。昨日、マンガ読み過ぎたんだっけ。今日ゼッタイ眠いよ。昨日の私ってばホントばか。朝になったら後悔するのに、いつも夜更かししちゃう。人って愚かだよね。人っていうか私か。
 東向きの窓。朝日が入って来るのがいい。ちょっと肌寒いから、しばらく温もりをお裾分けしてもらおう。お日様、ついでにカレンダーの文字を赤くしてくれませんかね。それか、西の空に全力ダッシュとか。カワイイ私からのお願い。どう? ねえねえ。
 上目遣いに太陽を見る。返ってきたのは、大きなくしゃみ。お天道様は今日もつれない。私はふてくされて、リビングに下りる。「おはよー」

6/8/2023, 2:29:00 PM

 ジャラジャラと転がり落ちるパチンコ玉。これが人生ってヤツだ。第一の杭を潜れなかったら終わり。第二のポイントを通った玉にはチャンスがある。それでもスポットに落ちるのはほんの一握りだけ。結局、どいつもこいつもてんで駄目だ。バラバラと掃き溜めに落ちていって終わり。何のチャンスもない。所詮、玉のいく末は、打ち出した瞬間の力加減で決まる。出身地、家庭環境、才能、性格。生まれた時の速度で将来が決まるのだ。
 数字がゼロになった。玉切れ。最後に飛んで行った玉は、大ハズレの道を落ちていく。舌打ち。ダメだ。会社をクビになり平日にパチンコ打ってる俺くらい駄目だ。救いようがない。
 それなのに、コロコロと落ちていく最後の玉を、じっと目で追ってしまうのはどういうわけだろう。


(ここで終わろうと思ったけど追記)

俺は諦めているのか。もう道はないのか。このまま終わってしまっていいのか。本当に、これでいいのか。

「いいわけ、ねえだろうがあ!!」

俺はパチンコ台を抱えると思いきり横倒しにした。
最後の玉は突如として向きを変え、見事ジャックスポットイにイン。

「まだまだこれからだあああ!!」
「お客さまっ! 一体何をっ!」
「っしゃあああ!!」

その後、警察が来ていろいろ怒られた。





6/7/2023, 12:20:25 PM

 世界に靄がかかった時、終わりが近づいていることを知った。白の病室。窓辺に座る君の優しい瞳。その手に触れていれば私は幸せだった。苦しみも恐怖も乗り越えられた。一つ心残りがあるとすれば、君より先に行ってしまうことが申し訳なかった。
 やがて私の世界は光を失い、音を失い、感触までもが遠のいていく。暗い、暗い、海の底へと沈むんでいくように閉じていく。ゆっくりと、世界が閉じていく。
 最期に残ったのは君の微かな体温だった。私と君を繋ぎとめる温かな光。私には解る。君が微笑んでいるのが解る。君が私を愛していて、私が君を愛していることが解る。世界の終わりに君と手を繋いでいることが解る。
 ありがとう、愛しの人。一足先に向こうで待っているよ。君はゆっくりとおいで。私はずっと君のそばにいるから。

6/7/2023, 9:34:19 AM

常に最悪のケースを想定して行動することだ。
著名人の講演が終わると、案の定、隣席のお前はいつになくキリッとした顔をしていた。とにかく感化されやすいコイツは、今必死になって最悪のケースとは何かを考えているに違いなかった。
 空が落ちてきたらどうしよう、とかバカなことを言ったらはたいてやろう。そう思いつつ、なあと声を掛けると、お前はハッとして身構えた。

「……どうした?」
「なんか、はたかれる気がした!」
「はたかねぇよ」
「帽子被っとこ」
「何でだよ」
「ふっふっふ。私は常に最悪のケースを想定して行動するのだよ。__あだっ!」

額を抑えるお前にはため息が出る。
駄目だコイツは。危なっかしくて放っておけない。
一体いつまで付き添えばいいのか。詐欺に遭ったりしたら目も当てられない。少しは学習してほしい。

呆れる俺。額をさすって楽しげなお前。
俺はゆっくりと諦めの境地に向かっている。

6/5/2023, 1:37:41 PM

いいかい? この子は決して誰にも見せてはいけない。これはボクとの約束だからね。

日を追うごとに、記憶に残る声が大きくなる。
なのに僕は今日もこの子を連れてきてしまった。
鞄の中からひょっこりと顔を出す妖獣。黒い角に黒い毛並み。つぶらな瞳に毒を持つ鋭い牙。この世には存在しないはずの怪物。僕が育て上げると決めた子だ。
頭を撫でていると足音がして、慌てて鞄の中に押し込む。

「お前、こんなとこで何やってんだよ」
「一人で飯食ってんの?」
「うわ、さみし〜」

ゲラゲラと耳障りな笑い声がする。込み上げる悔しさに我を忘れそうになって、急いでその場を離れた。

校舎裏、鞄の中を覗く。僕が膝に顔を埋めていると、その子が小さく鳴く。最近は妙に勘が良くなってきて、僕の感情まで汲み取ってくれる。体も成長してきて、大きくなった羽で空を飛ぶ練習をしている。いつかは僕を乗せて大空を翔んでくれるそうだ。だからいいんだ。僕は寂しくなんてない。

でも、一度でいいからあいつらに見せてやりたいな。
どんな顔をするだろう。きっと、僕のすごさに恐れ慄くに違いない。あいつらの自尊心をビリビリに引き裂いてやれたら、どれだけ愉快だろうか。

こめかみが脈打っている。警鐘が鳴っている。
わかってる。僕とこの子が今のままであるためには、
誰にも言ってはいけない。言ってはいけないんだ。


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