つぶて

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5/30/2023, 12:38:12 PM

門を出ると、ドドドドッと地響きがした。
見ると、大勢の人が土埃を上げてこっちへ走ってくる。

「え! 何! どういうこと!」

呆然とする私。隣にいた同期が肩を叩く。「走るよ!」
「ちょっと待って! うわああああっ」

みるみる疾走軍団に飲み込まれる。スーツを着たサラリーマンや、ハイヒールの女性、白髪混じりのご老人たちが見事なフォームで私を抜き去っていく。そんな中、髪をなでつけた若い男の人が涼しげに隣へやってきた。

「新入りさん? 最初はしんどいかもしれないけど、慣れたらそうでもないから。頑張って」
「あ、ありがとうございます。……あの、これ、どうして走ってるんですか?」
「うーん。怖い魔物が追ってきてるらしいよ」
「らしい、ですか」
「そう。本当のところはだれもわからない」

その先輩はにこりとする。

「走りたくなければ走らなくていい。魔物に食べられても、魔物を殴り倒しても、飼い慣らしてもいいんだよ。全ては君次第さ。君はどうしたい?」

問われて、私は少し考える。
隣を並走する先輩はどこか楽しそうに見えた。

「とりあえず、走ります!」

5/29/2023, 1:28:59 PM

「絶対、一緒に合格しようね!」

一点の曇りもない目と目が合った時、私はこの結末を悟っていたのだと思う。あなたは素直で、真っ直ぐで、いつも夢だけを見ていて、挫折とか、不安とか、将来のことで思い詰めたことなんて、きっと一度もないのでしょう。

オーディションの合格発表。呼ばれたのはあなたの番号だけだった。ラストイヤーの私は、もう入ることの許されない部屋を抜け出した。誰とも会いたくなくて、薄暗い廊下を歩いた。家に着くまでは心を殺せるような気がした。

パタパタ駆けてくる足音が聞こえた。
リリ、と私を呼ぶ声。
振り返る勇気なんてなかった。
背中から抱きすくめられた瞬間、あなたの中の喜びと悲しみが押し寄せてきて、こらえていたものが溢れた。

「ごめんね」

その一言だけだったら、私は壊れていただろう。
だけど、あなたは私の耳元で懸命に言葉を紡ぐ。

「私、頑張るから。リリの分まで、頑張るから」

ずっと、あなたが大好きで、大嫌いだった。
それは今も変わらなくて、たぶんこれからも変わらない。

背中越しに感じる親友の温もりを、私は一生忘れない。

5/28/2023, 2:54:26 PM

放課後。部活前。
私は片想い中の相手に笑いかける。

「もう焼けてるね」
「そうかなぁ」
「あたしより焼けてるって。ほらほら〜」

腕を差し出すと、あなたも腕を伸ばす。
隣に並んで日焼け具合を比べるふり。その筋肉質な腕と私の腕をくっつけて、私はちゃっかり温もりをチャージ。

「俺焼けてきたかも。というか、相変わらず白いなぁ」
「そりゃあ、日焼け対策してますから」
「こうやって見ると、男女の腕って違うもんだな」
「ほんとほんと」

あなたの目がじっと私の腕を見つめている。私はちょっとドキドキしちゃう。少しは意識してくれるといいんだけど、やっぱりわからない。

号令がかかった。今日も練習が始まるらしい。
バイバイ、と私は手を振って友達の方へ戻る。

いつあの腕に絡みついてやろうかな。
炎天下の中、凍りつくあなたを想像して、私は可笑しかった。

5/28/2023, 9:01:37 AM

ゴトゴトと音を立ててベルトが流れる。
運ばれているのは大小様々なカケラだ。
カケラたちは大きく口を開けた検査機へ入っていく。

検査機を抜けると、ベルトは二手に分かれている。
検査基準を満たしたものと、そうでないものだ。
前者は汚れの少ないもの。温かい水溶液に付けて浄化し、リサイクルする。後者は汚れが酷いもの。炉にかけて溶解し、材料としてリサイクルする。

検査機の動作確認を終えた俺は、落第のベルトにかすかに汚れたカケラを見つけた。この程度の汚れで落第とは、可哀想なやつだ。合格と不合格とか、採用と不採用とか、常に選別が付いてまわる世の中。死んだ後ですら、天国と地獄に選別されるとかしないとか。

俺はカケラをベルトに戻した。どちらかのベルトに戻すしかないのだ。どちらかといえば、もちろん落第のベルトだ。

俺はカケラに興味を失い、いつもの仕事に戻る。

5/27/2023, 7:35:37 AM

君と肩を並べて見る月は綺麗だった。

金色の満月。蠱惑的な光。
じっと見つめていると、月は徐々に大きくなって、僕を飲み込んでしまう。琥珀色の海。僕は静かに溺れていく。どここらか君の声がする。綺麗だ、とても。僕の八重歯が伸び、尻尾が生え、爪が鋭くなっている。ウルフになった僕は、君の手をとって月を渡る。遠く、遠く、誰も手の届かないところへ。

「__ねえ」

僕は我に帰る。
君が月のように笑っている。「何考えてるの?」

「月が綺麗だ」
「月並みね」
「月と肩を並べられたら僕は幸せだよ」

君は上機嫌に脚をぷらぷらして、

「月の裏側、見たことある?」
「ないよ」
「見てみたい?」

真ん丸な目が僕を覗き込んでいる。
僕は目を逸らして月を見上げる。
君がくすくすと笑っている。

月夜が僕を揶揄っている。

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