蝉の声はもう遠くなって朝夕も少しずつ冷え込んできた。氷菓のアイスが食べたいだなんて思わなくもなった。
いい加減高校生なんだから学習習慣くらい身に付けたいものだが、日頃のストレスがそうもさせてくれなかった。高校は中学と違って勉強面や交友関係でギャップが激しかった。ただでさえ耐えるのに必死なのに、自分の順位だとか立ち位置だとか気にする余裕もなかった。
待望の夏休み。夏期講習で半分は潰れたが、残り2週間は自由だ。そう考えてた自分が甘かった。1週間自分の欲しい言葉をくれる画面の向こうの世界の人達に溺れた。つらかった事や苦しかった事が消えて自分じゃない誰かにでもなったような気分だった。
最後の1週間。ふと我に返った時、課題にも手をつけていない、散らかしっぱなしの部屋、まともに寝ず食わずの自分にようやく気付いた。
始まり。その言葉に今や期待や希望を抱けなくなってしまった。この夏が終わらなければいいのに。戻れないのならいっそ、、、
題材「終わらない夏」
AM5:00起床。PM9:30就寝。三食はきっちり摂って朝と夕に30分以上のランニングかウォーキング。かれこれ健康児を続けてきた。両親にはみっちり仕込まれて一人前になれる手前まではきたと思う。
だけどあと2年もあれば立派な大人。青春時代だと言われる期間は多分この2年が山になる。部活だとか勉強だとか恋愛だとか。みんなは熱を上げて後悔ないように必死に足掻いてる。一方自分はというと何一つ本気になれずに一人ぽっちでおいてけぼり。追いかけたいとも思えなくなった。ダラダラと少しずつ堕落していく日々に気力さえ湧かなくなった。
どうしたものかね。これっぽっちだったか、自分。
なんてすぐに諦めるのも性にあわないのでとりあえずこの虚しさを忘れるためにとあるアプリを入れてみた。テキトーにフォロワーを増やしつつ好みの声の人を探して沢山の方のルームに訪問した。同年代、大学生、同性…2ヶ月した頃くらいに、相互さんのルームでお話していた時である。たまたま入ってきた相互さんの知り合いの声がどちゃクソタイプだったのだ。
何かしらお近づきになりたくて柄でもないけど積極的には頑張った。それなりに年上で落ち着きがあって、声を聞くだけで安心する。話もよく聞いてくれるしマメに連絡を取ってくれる。
自分が未熟すぎる分、相手が大人で、遠くに感じる。
それが本音だけど、ここまで仲良くれたのも奇跡かなってたまに思う。ワガママも言えないからとりあえずってまた誘われるがままにルームに入る。
「お疲れ様」
『お疲れ様です』
声を聞けばまた安心してキーボードで返信を打った。いつものようにそれなりにダラダラ話をして今日もお開き!そのつもりだった。
「なぁ、そろそろミュート外してもええんやない?嫌なら無理には勧めんけど」
ごくりとひとつ息を飲んだ。驚いて落としたスマホを拾い上げるとまたカタカタと返信する。
『む、無理です!私はもう全然ブサボなんで!』
「私は声聞きたいけどな?ブサボとか思わんよ、そんな事気にせんでええよ笑 ホンマ可愛ええな」
まるで取扱説明書を知っているかのように私を弱らせて促してくる。そんな手口で一体何人を弄んできたんだろうか。嬉しさと共に意地の悪い考えが湧いてくる。
『少しだけですよ』
一言前置きして、迷わずミュートを解除した。
いつからか好きになってしまった。ネットとかそんな危ない所では絶対しないと決めていたのに。相手のペースに乗せられてその気になって。本当にバカみたいだ。どこか遠くに住んでいる会ったこともないあの人を想ってまた苦しみに犯される。
題材「遠くの空へ」
机に転がした氷が徐々に溶けて気が付いた頃には液体へ変化していた。そこにできた小さな水溜まりに指を突っ込んで生ぬるさだけを感じていたかった。
ヴーッヴーッと通知を鳴らし続けるスマホに嫌気がさした。だからといって10万近くしたものを投げつけるわけにもいかなかった。
夏休みも後半に入ったというのに課題が終わる気配もなくただ枕を抱いてベッドに潜り込んだ。窓から見える青空が腹立たしくて簾をゆっくりと下ろした。
将来なんてこれっぽっちも考えてなかった。なんていうのは嘘で密かに言葉を紡ぎたいと思っている自分がいた。だから趣味程度でって勝手な理由をつけてこのアプリを入れた。
お題に沿って何度も書いた。その汚い言葉が歪んで見えて何度もアプリを消した。白紙に戻したからといって上手くいくはずもないのに。
放置したお題にキーボードを打った。呆れるほど未熟な言葉と笑えるほど滑稽な文章構成。最初から諦めればいいものを、ここまでダラダラと続けてきてしまった。それなのにまだ今日も1人、言葉を紡ぎたいと思っている。
お題「言葉にならないもの」
喉なのか心なのか、カラダの何処かが乾き切っていて自分を満たすモンを探しとった。内側から何かを強く欲していてでも探せど探せど見つからん。夢やって気付いてようやく目を覚ました時にはもう熱中症やってん。
『不在着信11件』
画面を2度ほどタップすると半日は既に過ぎとって誰からか電話がこんなに来とった。
両親は仕事第一の人間やし私も高校生なったからほとんど家にいない。慣れとる、一人ぽっちなんか。あぁ、余計な事考えとったらまた眠ぅなってもうたわ。自分ん事はまた起きてから考える事にするわ。
つめた…い。なんや、私ん部屋こんなに涼しゅうなっとったかいな。
「あ、起きた?メシは食えそう?まず水分か…」
「佐藤。。。なんでおんの?」
「なんでって、いくら俺ん事避けてても電話だけは出てくれた奴が出なかったら心配くらいするやろが。鍵は開いとったから勝手に上がらせてもろうた」
「あ…佐藤やったんか。ごめん、迷惑かけたわ。あとは一人でできるけん、もう帰ってええよ」
「アホぉ!弱っとる時くらい俺頼れよ。何をそんな強がっとーと?俺はお前に死なれるのが1番困んねん」
死ぬって、んな大袈裟な笑 ただこんな時まで本気になってくれる佐藤に少しだけ頼もしさを感じてしもうたかもしれん。たった少しのたった一言の頼もしさ。結局私を動かすんはいつも佐藤やったんね。
「なぁ、佐藤。本当に迷惑かけるわぁ、これからも」
「…おう」
「この前の返事やけどさ、付き合おっか、私達」
「はっ!?………お前熱中症で頭沸いたんか!!?」
「なんや、付き合わんでええの?」
「いやいやいやいや…ホンマに?俺でええん?」
「ええから言っとんのよ。よろしく頼むわ、佐藤」
多分、この関係が追い求めていたものかもしれん。私を満たす事ができるんはきっと佐藤だけやんな、保証なんてないけど。心の拠り所であって欲しいよ、これからも。佐藤、アンタにはホンマに……やっぱなんでもあらへん。
題材「オアシス」
アオイハル。誰もが平等に得られる機会の中に存在するたった数年。人生の何分の1にも満たない青春時代。
田舎や、田舎。360°見回してみてもなーんもない。そら、住宅が集まっとーとこにはスーパーだのドラッグストアだのはあるけども。私が住んどるとこには都会だと100m間隔くらいに建っとるコンビニさえないんじゃもん。つまらんよ、つまらん。
ただ、変わらんことと言えば私が通っとー高校の授業内容とかだけじゃろね。
「皆さんいいですか。ここは進学校なんですよ、進学校。言動には十分気を付けなさい」
なんて先生達は言っとるけど、本当の進学校は自分達で進学校なんていわんじゃろ。なんちゅーわかりやすい自称進なんだか。
まぁ、でも自称進とは言っても授業の進度は十分早いしまぐれで受かった私にはとてもじゃないけどついていけん。努力はしとるがどうにもならん。
青春。私もしてみたいなーなんてちょっと贅沢じゃろか。なーんもできとらん私には夢のまた夢やろね。って最近まで思うてたんじゃけど、中学ん時の同級生の佐藤って奴に告白されたんよねー。ほんまに夢見とるみたいじゃ。
『返事待っとるから。出来れば直接聞きたい』
既読無視。私も随分性格悪いもんじゃ。返信打とうとしても体は動かんし出来れば会いとーない。中途半端な私がもっと佐藤を傷付けることなんて目に見えとるから。
アンタのことは嫌いじゃないよ。ただな、ただ……
また続かん言葉を頭ん中で考えとる。青春なんていうんが楽しいだけじゃなくてお互いにこんなに苦しいなんて分からんかった。佐藤ん奴が堂々としとったあんなん、初めて見たんに。
このままじゃダメなんかな、お互い。
また私の性格の悪さが滲み出た音がした。
題材「青く、深く」