カランカラン。どこかでラムネのビー玉が鳴り響いていた。その音が次第に近づいてくる…涼し気なその音が。
ー次の停車駅は…前。お出口は左側です。お降りの際はー
どのくらい電車に乗っただろう。私の最寄りまではまだ気が遠くなる程乗っていなければいけないというのに。田舎の電車。帰宅ラッシュとはズレた時間帯には乗客は少ない。通り過ぎる景色は田んぼばかりで見飽きた稲は青々として風になびいていた。ボーッと眺めているとまた瞼が重くなって眠りにつく。隣に寄りかかれるような人は乗っていない事に少し寂しさと切なさを感じた。
カランカラン。その音がラムネのビー玉だって一瞬でわかった。どの音とも違うそのはっきりした音が心地良い。
目を覚ますと男子の制服が目に入った。少しだけ目線を上げるとそこには中学の頃の同級生がいた。
「佐藤。ごめん、寄りかかってた」
「いいよ、別に。俺がやったんだし。まだ眠いなら寝てろよ」
「あ、ラムネ」
「飲み物切らしたから買ったんだよ」
「ひと口ちょーだい」
「俺の飲みかけだから嫌だろ。我慢してろ」
「佐藤そんな事気にするような奴じゃなかったんに…成長したねぇ。彼女でもできたんか?」
「うっせ…いねーよ」
「じゃ、もらうー」
ひと口。冷たい液体が喉を通り過ぎた。
最寄り駅に着いて電車から降りるとぬるくなった風を浴びながら並んで歩いた。
「彼女はいねーけど、好きな奴ならずっと変わんねぇよ」
「へぇ。青春だねー。その子、一途で男前な佐藤に好かれて幸せじゃろね」
次第に歩くスピードが遅くなって佐藤はそこに立ち止まった。
「どしたんね?足でもつったんか?」
ピシッと私を指さして迷いのない目が私を捉えた。
「俺が好きだったのはずっとお前だったんよ。だから無理にとは言わんけどお前の彼氏になりたい」
部活で焼けた肌。夕日に照らされたからか滲んでる汗と奥まで透き通った瞳。こんなんやったっけな、中学ん時。私が知ってるんはもっと小柄でただ大人しい奴だったんに。
カランと音を立てたラムネの瓶が鼓動を加速させてるように感じた。今年の夏は寂しさなんか忘れられる、そんな気がした。
題材「夏の気配」
※同性愛が苦手な方はスクロールして頂いて構いません。
もしも君が女の子じゃなかったら、私は君の事を好きだと堂々と言えていたのだろうか。
この辺りでは相当偏差値が高いと言われている高校に入学したのはいいけれど、全くもってついていける気がしなかった。どいつもこいつも頭の良さしか重視しない奴らが集まった学校なのだから。まぐれで合格した私は場違いなんだ。つまらない。授業を受けて挨拶をしてご飯を食べてまた授業。
そんな時だっただろうか。私が君に出会ったのは。髪が短くて丸眼鏡の似合う可愛らしい子だった。運動部らしき君が壮行式で着ていた正装は女の子とは思えないカッコ良さと強さを放っていた。すぐに本能が反応した。あの時感じた衝撃は嘘じゃない。名前も知らない君を好きになってしまったんだ。
それから少し経ち、君のクラスや名前、勉強やスポーツの事についてたくさんの情報が入ってきた。完璧だった君が私は少しだけ羨ましかった。それに比べたら、私は到底君の隣に立てる存在じゃなかった。
それからというもの、君を見かけては負の感情と抑えきれない好意とが混ざりあって口も開けない重苦しい状態が続いた。その度に君は決まって誰かと楽しそうに談笑して愛嬌のある笑顔を見せていた。
ずっと考えていた。もしも君が…もしも君が…って。でもそのもしもが叶うことはない。無謀だ。いっそ私が変われば君は振り向いてくれるんじゃないのかとも思った。それでもきっと関係は変わらないんだ。本来出会うはずのなかった君を私が見つけてしまっただけだから。
題材「もしも君が」
夢見る少女のように物語の主人公になれたなら自分は何か変われただろうか。今置かれている状況や容姿、性格が一変して、きっとハッピーエンドに終わるようなシナリオを辿っていくことになるだろう。
今の頭から指先までを含めた変わらない自分のまま主人公になるなんて事はありえないのだから。
スポットライトの当たらない隅で光を浴びる他人を横目でみる程度の人生はみんなが思うよりも平和だ。つまらないと他人の人生を羨む者もいるが、自分はそんな事を考えた事もなかった。目立たない立場にいて自己主張もはっきりとしない。周りが赤だといえばアカで右といえばミギと答える。価値とかエゴイズムだとか訳の分からないモノは存在しない。
平和。
その一言だけで、十分な人生だ。幸せなんだ。自分は特別でも可哀想でもない人間だから。
ただ…ただ、自分にもしスポットライトの当たるような人生が回ってきた時があるとするならば、その時はきっと涙を流してしまうだろう。
題材「夢見る少女のように」
自称進学校。そんな事は入学するずっと前から知っていた事だった。この辺りの地区ではトップレベルの学力を誇っていて某有名大学への合格者も毎年それなりの量で出ている。
勉強がそんなに好きなわけでもないのにこんな学校に入ってしまった。後悔というよりは生半可な気持ちで周りの奴を蹴落とした事を申し訳なく思っている。自分の存在証明のために、肩書き1つを手に入れるために、自分は入学してしまった。でも、それは後に自分自身を苦しめる事になる。
「1日12時間以上の勉強なんて当たり前でしょ」
「え?習ってない?そんなの、予習していればわかるでしょ?」
「隙間時間は何してるの?勉強じゃない?そんな余裕もないのに……呆れた」
先生は顔色1つ変えずに何度も何度も洗脳するかのように言っていた。
周りには授業でさえも机の下でゲームに集中している奴、一軍を気取っている奴、大人しく身を潜めている奴…そんな奴らばかりが溢れていた。非常識な奴らでも授業の内容を理解してテストでは高得点を取る。気持ち悪くて仕方がない。生まれ持った才能とはこういう事なのか。努力はした。それでも下から数えた方がよっぽど早かった。だからまた努力して必死にしがみつこうとしている。それでも結果は変わらなかった。結果重視の世の中で、結果を残せない奴は軽蔑される。無駄じゃないって思える日が来るとも思えなくなった。ただただ無気力になっていく毎日。
「またこんな低い順位…兄にも姉にも勝てないなんてみっともない…もう少しまともになりなさい」
勝ち負けなんて……。
そんなくだらないものに今日も自分の人生は評価されている。
題材「勝ち負けなんて」
チャイムが鳴ったら起立して礼して着席する。人生の何分の1にも満たない青春という期間はこうして毎日すぎていくのだ。
「黒瀬くん!」
「ひ、響暉先輩!」
どいつもこいつも女は甘えるような胸糞悪い声で呼びかける。
「どうしたの?僕になんか用?」
営業スマイルで返せば
「呼んでみただけ…///」
(やっぱり私に気があるんだわ…両思いよね…!!)
「あ、やっぱりなんでもないです…」
(続き、気になりますよね?早く振り向いてよ)
あぁ、やっぱり毎日はつまらない。
「なぁ、クロっち。俺さ、男なんだけどよ、クロっちのことそーゆー目で見てるっていうか…クロっちに惚れちゃったんだよね。困らせる事はわかってんだけど…」
ついに男まで落とす日が来るとは思わなかったが答えはNO一択だった。
「そっか。でも僕はその気持ちにk」
「琥珀先生がいるからか?琥珀先生が…好きなのか」
「…琥珀先生か。僕は琥珀先生を…やっぱり秘密かな。気持ちはよくわかった。じゃあ僕の事、落としてみてよ?楽しみにしてる」
親友ポジションにいるとある男子生徒Aはその場を去った。
「奇遇だなぁ、琥珀せんせ♡盗み聞きとは良い趣味してますね笑」
ふーっと深く息を吐き出したヤニカス先生は無理矢理キスをしたうえに口の中に噛み跡を残した。
「俺の事試してんの?あんま浮気してると本気で堕として俺がいなきゃ生きられない身体にするからな」
「不安ですか?俺が誰かに取られるの」
「どうせクロは俺んとこに戻ってくるんだろ?不安も心配も微塵もねぇよ」
目の奥に闇を含んだ微笑みは病みや独占欲がドロドロに混じりあってゾクゾクした。
これだよ、これ。琥珀のこういう内に秘めてるこの姿が僕の……✕✕✕✕。好きだよ、琥珀。でももっとぐちゃぐちゃになってもらわないと、僕満足出来ないんだよ。楽しみにしてるよ、琥珀先生?♡
題材「好きだよ」