見るな、この酷い有り様を。こっちを見るな…
穢れた。汚れた。見れば見るほど嫌になる。
コンプレックスだった体型をあれほど努力して改善してきたのに…また増えてる。また戻ってる。また…また…
あれ。なんで。あんなに頑張ったじゃん。時間費やして勉強したのに。ひ、一桁なんて…ありえない…
また体重が増える。また点数が下がる。また順位が下がる。また胃痛がする。また頭痛がする。また吐き気がする。また馬鹿にされる。また笑われる。また軽蔑される。また逃げたくなる。また笑えなくなる。また生きづらくなる。また消えたくなる。
もう立ち直れなくなる。
怒り。憎しみ。恨み。苦しみ。悲しみ。悔しさ。やるせなさ。混ざって溶けて溜まる。何をしても無気力で何をしても苦しくなる。自分は出来損ないでいつも誰かの足を引っ張ってる。
白い目で見られて後ろ指さされて逃げる場所も隠れる場所も帰る場所さえも失った今、自分は何を考えているかすらも分からない。真っ白な空間が溜まり続ける感情に塗り潰されて傷だらけの自分はそれでも生きる価値を探して歩いてる。
もう消えたいって答えが出ているのに
題材「心の中の風景は」
急に雲が立ち込めて強い雨が降った。自分の心を代弁してくれるかのようにそれはもう激しく振り続けた。
明日の学校やテストを思うと逃げたくなって消えたくなってひたすら涙が流れた。別に悲しい訳でもないけど悔しい訳でもないけど涙が出た。泣きたい訳じゃないのに出てくる液体がうざったらしくてでもずっと泣いていた。終わらないでほしい…始まらないでほしい。ずっと止まったままでいてほしい。
声なんかこれっぽっちも届きやしなくて自分の存在がなくても変わらないんだなとか世の中にありふれた事を思った。じきに雨が止んで、辺りがオレンジ色に染まった。また泣き出しそうで、でも堪えるような空が本当に腹立たしかった。
自分の事をわかってくれるのは結局自分しかいない。孤独だ。ひとりだ。すごく寂しい。もう一歩だけ踏み出して外へ出たって何も変わらない。青春なんてクソ喰らえ。この時期がいちばん苦しいなんて誰も分からないから。
題材「もう一歩だけ、」
今日も日が沈んだ都会は眠らない街へと色を変える。
テーブルの上から大事に乗せてあった煙管を手に取ってベランダへ出る。それなりに賑やかでそれなりにアダルトで。3分もいればその場の雰囲気に酔いしれて気分が最高潮へ達してしまう。我を保つためにも苦味のある空気を吸ってひと息吐く必要があった。
ふと見下ろすと一人スーツをきめた男が目に入る。ホストは色恋営業が禁止されてるらしいけど、姫に打ちのめされたのか商売道具のご尊顔を赤く染めて裏路地から出てきた。
「てめぇで叶わないってわかってて恋したんだろうが。惚れた顔に傷をつけるなんてな…」
ふっと軽く鼻で笑ったものの、人様のいざこざを笑えるほど、自分も偉い人間ではない事、ろくな生活をしてない事は分かりきっていた。
ここまで憧れてやってきたのに、本当に何やってんだか。自分に絶望してもなお、夜のネオンに心躍らせているのは変わらなかった。
煙管を咥えてもう一度思いっきり吸って、愛おしそうにゆっくりと吐いた。苦くて、でも甘ったるいこの街の匂いに比べたらずっと美味しかった。
狭くて暑苦しいのにどこか冷めている寂しい街。空を見上げた時、埋めつくしているのは学生時代に黒板から目を逸らした時に見えた空よりも深く複雑な藍だった。この街に染まりきらない空に腹が立ってたったひと息の煙で濁した。果てしなく遠くてちっぽけな都会の空には届くことは無かったけど少しだけすっきりとした心持ちになった。
もう少しだけ起きていよう。そう決めて少しだけ微笑んだ、そんなとある夏のとある都会の夜のお話。
題材「Midnight Blue」
散る。チル。Chill。音楽を掛け流した部屋が溶けていく。左から右に聴き流してるだけのくせに音にノッてるように体を揺らした。
右手から1本、煙草に見立てたココアシガレットを取り出して咥える。
「人生一度はイキりたい時があるもんだ」
従兄弟の兄さんはそう言って目の前で煙をひとつ、ふーっと吐き出した。別にイキりたい訳じゃなくて、短い人生の中の娯楽に並ぶ楽しみを探してんじゃないの、本当は。ガリッと一口噛み砕いた破片は口の中に広がる。
「甘ったる」
呟いた声は同期した音にかき消された。他の誰もいない狭い自分だけの空間であることを確認してから、ふーっとひと息、大人の真似事をする。
「馬鹿くさ」
また一言呟いて薬の箱をゴミ箱に突っ込んだ。咥えたココアシガレットも机の上に投げつけてベッドに潜り込む。目を閉じるとそのまま深い深い眠りへ落ちた。
憧れであり、心地良いネオン街。子どもは立ち入ることが出来ないようなアダルトな雰囲気と堕落しきった大人達。そんな中で見覚えのある一匹の犬が迷い込んできた。その犬は迷う事なく近づいてくる。
「クロ…もう会えないかと思った」
もっと幼い頃に亡くなった相棒だった。強く強く抱きしめて少しの間だけ涙を流した。泣きやんだ事をしかと確かめるとクロは夜の空へ連れ出してくれた。
外国の洒落たストリートに夜景が輝く都会の穴場。そしてクロと無数の星が散らばる夜空を家の庭で眺めた。いつぶりか思い出せないほどの温もりがまた涙腺を緩ませる。
「このままクロんとこ、連れてってよ」
目頭が熱くなったのが自分でもわかった。時間だ、とでも言うように立ち上がってペロリとひとつ、頬を伝った涙を舐める。クロはそのまま闇夜に姿を消した。
目を覚ますと、いつもの見慣れた天井がぼやけて映った。
「はは………また死ねなかったのか」
一度だけ振り返ったクロは確かに
『まだこちらに来てはいけない』
と語りかけていた。
「もう疲れたんだってば」
呟いた声はまた音にかき消されて、君と飛び立てなかった自分が悔しくてたまらなかった。
題材「君と飛び立つ」
缶チューハイを3本。ストロング缶を1本。なんだか今日はやけに酔いが回るのが早かったらしい。
ふと、少し人肌恋しくなって衝動的に彼に連絡してみようと思った。
『暇してる?』
すぐに打って送信。ネットで知り合った彼は飲み友達で多分それなりに長い付き合いになる。
『暇だよ。どした』
『今飲んでる。付き合って』
それだけ送れば彼から電話がくる。
「もしもし。お疲れ様。俺明日久々の休みだから遅くまでは勘弁してよ」
「アタシ、あともう一本飲んだら終わるから」
「そう言っていつも何回戦してんだよ。いい加減その口癖直せよ笑」
「うるさいなー、いいから付き合え」
深夜零時。私たちは完璧に出来上がっていた。
「サケちゃんさ、彼氏とかいるの?」
「誰がサケちゃんだ!かれしぃ?…知ってどーすんのよぉ」
「良いじゃん、可愛い。俺がそう呼びたいの。気になるじゃん、サケちゃん可愛いからさ」
「ふざけん…」
「うわー、叫ばないで。鼓膜破れちゃう」
「鼓膜でもなんでも破ってやる…なんなのよ、彼氏いる?とか可愛いとか。こんな酒カスじゃなくて好きな子口説いてきなさいよ」
「だから口説いてんだけど」
「そうやってまた嘘つく。嘘はドロボーの始まりなんだよーばぁかばぁか」
「嘘じゃないし、サケちゃんよりバカじゃない」
「なんでそう言い切れるのよ、私はアンタより頭良いのに」
「サケちゃんさ、俺が酔ってるって思ってるでしょ。俺ノンアルだからずっとシラフだよ」
「しんじない!だって…だって」
「どうすれば信じてくれるの?教えてよ、サケちゃん」
「…今から会いに来て直接言って。じゃないと信じられない。前に1回だけ私を送ってくれたでしょ」
「うん、場所はわかってる。ちゃんと起きてろよ」
その後、約束通り彼は私の家に来てくれた。直接告白もしてくれた。そして…そのあとは皆さんのご想像にお任せします。けど、あの時のこと、私はきっと忘れない。忘れたくない。
題材「きっと忘れない」