秘密の標本ねぇ…悪く言えば、そうね、誰にも本気になれないってやつかしら。良くいえば恋多き乙女。まぁ、アタシは乙女っていう程純粋な子じゃないんだけど。
これは標本っていうより記録みたいなもの。アタシと恋に落ちた愚かな男たちとの思い出。少しだけあなた達に見せてあげるわ。
初恋はいつだったかしらねぇ。それこそアタシが純粋に恋とか愛とかをしていた最初で最後のストーリーだったのかも。中学生だなんてまだまだ青臭くて未熟な若造だけど、一途にボールを追っかけてる姿が妙に心に引っかかったのよ。あの頃のアタシも若かったわね…今ならそんな奴見向きもしてやらないのに。朝は誰よりも早く来て放課後は帰宅部よりも早かったわ。そんなにサッカーが好きだなんて思わないじゃない。気づいた頃にはもう汗と泥にまみれて必死に練習している彼に惚れていたわ。まぁ、実ることはなくて結局失恋したんだけどね。何が
「俺、今は部活に全力を注ぎたいんだ」
よ。あなた、アタシを振った後の週末、隣のクラスの彼女を連れて映画館へ行っていたじゃない。彼女がいるって素直に振ってくれれば良かったじゃない。まぁ、それもあってアタシが本気で好きになる事も無くなったんだろうけど。彼には感謝してるわ、もう二度と顔も合わせたくないけど。
2人目に紹介するのは観光で行った街でナンパしてきた彼。悪くないわね…なんて思いながら少し視線をやったの。だって彼はアタシと違ってとても誠実そうに見えたんだもの。彼がアタシを見たからすぐに目を逸らしてやったわ。案外真面目な人も大胆なものね。こちらに向かってきて連絡先だけ残して行ったわ。せっかくだから追加して何度かお会いしたの。真面目な会社員でとても若くて、外見もそう悪くない。俗に言う優良物件ね。彼との相性はそれなりに良かったんじゃないかしら。それでも会う度に彼はアタシとの未来を本気で考え始めた。手放したアタシも相当バカよ。あんなに素敵な方だったんですもの。お付き合いだとか結婚だとか、恋愛はそういう敷かれたレールに沿って歩まなきゃいけないもの?アタシは違うわ。好きなものを好きな時に好きなだけ追いかけるの。興味がなくなったらそれで終わりよ。強いて言うなら、そうね。やっぱり彼とは恋愛においての価値観が合わなかったのかも。それと、アタシと住む世界が違いすぎたのよ。アタシと関係を持てば傷付くのは目に見えてる。それにまだまだ彼も若いわ。アタシが将来を奪ったって恨まれるだけよ。彼にはたった一言だけメッセージを残して別れを告げたわ。メッセージはアタシと彼だけの秘密。
3人目の彼はバーで出会った落ち着きのあるお方。アタシはその時お気に入りだったバーでいつもに増して甘ったるいカクテルを少しずつ堪能していたわ。ちょうど1人振った後だったから気分もそれなりに乗ってなかったのだけど。店のドアがベルを鳴らして彼を招き入れた。店を見渡して、迷いなくアタシの隣に座ったわ。
「こんばんは。今夜は君と一杯楽しみたい気分だ」
口説き文句ね。アタシ、彼を見てわかったもの。ちゃんと消しきれてないタバコの匂いに少し混じった女の香水。アタシと同類の気配が鼻をくすぐった。
「えぇ、もちろんよ。アタシも丁度退屈してたから」
その日は店で呑んで。あぁ、もちろん、彼には抱かせなかったわよ。アタシもそんなに安い女じゃないしね。彼に「待て」を教えてやったのよ。上手くいかないのが面白くなかったんでしょうね。彼はアタシに執着し始めた。今まで数え切れない女を相手にしてきただろうけどアタシみたいに落ちない人は初めてだったみたいね。何度も「お預け」を食らわせてやったわ。本当に最低でクズでクソ野郎で汚れきっていたのよ、アタシも彼も。新しい人が出来たから最後だけは彼に抱かれてやったわ。彼との夜は確かに最高だった。でも予想外だったわ、彼がアタシに本気になっていただなんて。それでも振ってやった、今まであなたに振り回された女の子達の仇をとって。ヤニと酒と女にまみれたあなたにはアタシがいなきゃきっと気付けなかった感情よね。さよなら。
ほんの少しだけのアタシのストーリー。楽しんでもらえた?そうね、でもアタシみたいになってはダメよ。この手で選んだ穢れた道は本当につらいものだから。あなた達にはきっと素敵なパートナーが見つかるわ。大丈夫よ。ありのままの姿で真正面から向き合ってみなさい。アタシはもう少しだけ本気になれない自分を許してあげようと思うの。そう、これからの人生もアタシ達お互いに頑張りましょうね。それじゃ、また逢う日まで、アタシの可愛いパピー達。
題材「秘密の標本」
11/2/2025, 2:03:53 PM