交差点なんてたかが知れてる。すぐその辺にあって自由に行き来して。それでも、誰と出会うかはいつになっても分からない。
人混み。足音。会話。都会はこんなに何かで溢れかえっているのに、どこか味気ない。毎日毎日同じように繰り返される森羅万象がつまらない。
目の前の信号が青に変わって前を向いて歩き出す。ふとすれ違ったその時、嗅ぎ覚えのある匂いが鼻をくすぐった。
「…先生!」
振り返った男性は私を見て目を見開く。
「お、工藤か…あ、信号変わっちまう。来い」
そう言って先生は私の手首を強引に掴んでスタスタと歩き出す。
「佐藤先生、今日は何の予定ですか?」
「飯作るのがめんどくさくてどっか食いに行くかーってな。工藤は塾帰りか?」
「何言ってんですか。私は塾行くほど真面目じゃないんですぅ。先生の家に凸りに…あでっ」
「アホか。生徒に家教える奴があるか。本当は何してたんだ?」
「今日は少しスキンケア用品見に来ただけです。ニキビとか出来たら嫌だし…うにぃぃぃ」
「工藤はそんな事しなくても肌キレイなのにな笑 そういう所はちゃんと女子やってんだな」
「むやみやたらとほっぺ引っ張られたら伸びちゃいますよぉ。っていうか私は初めからちゃんと女子です」
なんやかんや話しながら散歩して、時刻が11:30を回ったことに気づいた。
「先生、あの、お願いがあるんですけど…」
「お付き合いは出来ないからな」
「お昼ご飯食べに行くなら奢ってください…///」
「おい、それ、照れながら言う事じゃないからな」
「いやぁ、人の清いお金で食べるご飯、楽しみぃ」
「はぁぁぁ…わーったよ。食べる所は俺がいつも行ってる所だかんな」
「あっ…でも、やっぱり生徒と先生が外で一緒にいるのはまずいですよね…やめときm」
「安心しろ。俺行ってる所はパ○活とかちょっと危なそうな奴らも普通にいるから多少は大丈夫だろ」
「先生…もしかしてオフの日って危ない人だったりします?私、先生の事、諦めた方が身のためとかあります?私…」
「あーはいはい。黙れ黙れ。工藤は俺が好きなんだろ?今は俺だけ見とけば良いんだよ、それで」
「しぇんしぇ…それってプロポーズですか?いや、ですよね。私、喜んで…いででででで」
「飯食いに行くんだろ。早く行くぞ」
たぶん、世の中では許されないようなアブナイコトとのグレーゾーンに私たちはいる。それでもあの交差点で出会えた、それだけで私は満たされるから。これから先も交差点でもどこでも、先生に会えたら嬉しいな。
題材「未知の交差点」
数日前。妻の仕事の量が限界突破したらしく、帰ってくるなりエナジードリンクを飲み出した。
「おいおい、そんなん飲んだら逆に体に悪いぞ」
「…もう、飲まなきゃやってらんないのよ…ぁ"あ"」
「おっさんみたいな声出しやがって。半分だけにしとけよ、っておい、人の話聞いてんのか?」
「たまには体に悪い事したっていいじゃない。今日だけよ、今日だけ」
そう言ってまたパソコンを開いてカタカタと作業を始めた。前は家庭に仕事は持ち込まない主義だのなんだの言って格好つけてたくせに、よく言うよ笑
世の中では華の金曜日と呼ばれる平日最終日もなんとか乗り越え、週末に突入したものの、今日は丸一日寝ていたい日らしい。
「俺、買い出し行ってくるから外に出んなよ」
「…zzZ」
そうして妻を置いてひとりで街へ出た。
最近は急に秋らしくなって街もハロウィンの装飾に染まっていた。寒くなった事もあってかカップルも人目を気にせずイチャついてる。俺もさみぃーよ。ったく、いつものカイロ代わりが電池切れのせいで。俺まで電池が切れそうだわ!
目的のものを購入して、さっさと店を出た。妻のために急いで帰りたい気持ちは山々だったが、今日は妙に信号に引っかかってしまう。何台も同じような車が過ぎ去っていく。
ドアが開く音がして振り返ると、後ろに花屋があった事に気が付いた。ロマンチックだかなんだか知らねぇが、バラの花束を抱えた男がひとり、店から出て行った。このまま急いだとて、また同じように信号止まりになるんだったら少しくらい寄り道してもいいか。なんて軽い気持ちで店のドアノブをグッと捻った。
一歩踏み出したその空間はほんのり甘い香りで満たされていて、その中で少しだけ存在感の強い花に目がいった。コスモス。こうして見てみると、綺麗な花だ。俺はロマンチックとか似合わないけど、たまにはこういう花、喜んでくれるだろうか……
「ただいまー」
「…おかえりー…どこ行ってたの…」
「眠いなら無理すんな。寒いから中入るぞ」
妻もようやく起きてくれた…のはいいが、もう夕方5:00を過ぎていた。
「あぁ、買い物に行ってたのね…起こしてくれれば一緒に行ったのに」
「ばぁか。無理すんなって言ってんだろ。あ、それと……これ」
「ん?…わ、これコスモスじゃん!あなたこういうの興味ないじゃない、なのに買ってきてくれたの?」
「まぁ、たまには良いかなって」
「珍しー。なんか意味でもあるの?花言葉とか…調べちゃおー!」
「意味なんてねぇよ。お前が好きそうだから買っただけだし」
「……なんだ。本当に意味ないじゃん笑」
「そんな事良いから、今日は早く飯食って寝ろ」
「もういっぱい寝たからいーよ笑 今日は一緒に映画でも見ましょーね、ダーリン」
「わかったよ」
「ところで今日の夕飯はなぁに?」
「カボチャのクラムチャウダーだ」
「えぇっ!私、それ大好き!さすが私のダーリン、わかってるねぇ」
なんやかんや大変な1日だったけど、俺の妻は疲れが飛んだみたいだ。コスモス。本当は出会った頃にお前が付けていたその花の耳飾りを思い出したから贈っただけ。お前はそんな事、覚えてくれていないよな、きっと。
題材「一輪のコスモス」
今日も朝から冷え込んで、ようやく秋の訪れを感じた。それでも私は毎朝始発で学校に向かう。7時半過ぎ。先生が出勤する時間。トイレに行くことを口実に職員室に入る前の先生を狙って演習室から出る。
「おはようございます、佐藤先生!」
「おー、工藤か。おはよー」
別に何も期待はしていなかったけど、じーっと見惚れていると、先生は私の頭をわしゃわしゃと撫でた。職員室に入っていく先生を見届けて今日も新しい1日が始まる。
佐藤先生は英語の先生で入学した時に一目惚れした。私はあれからずっと先生の所に通いつめている、いわば古参のようなものだ。
「号令よろしくー…はい、お願いしまーす」
チャイムと同時に入ってきた大好きな先生の授業を今日もしっかりと受ける。授業が終わると本当はわかるけど、馬鹿なフリをして
「先生、分からない所があって……」
「ん?あぁ、放課後進路指導室に寄ってけ」
毎日のように約束をする。放課後は決まって先生より早く指定場所に向かう。部屋に入って淡いピンク色のリップを丁寧に塗る。前髪を整えて金木犀のハンドクリームを手の甲にのばした。
「お、工藤。相変わらずはぇーな。んじゃ、早速。どうぞ」
「ここなんですけど……」
そう言って丁寧に説明を受ける。向かいに座る先生のいい匂いが香って心臓が張り裂けそうな程脈を打つ。
「よぉし。これで大丈夫だろ。んじゃ気をつけて帰……おい、工藤。離せ」
先生の足に私の足をガッチリと絡め、私はにこやかに続ける。
「先生。私、本気で先生の事好きなんです。毎日恒例の告白させて下さい。いつもみたいにお話もしたいです」
「ったく、懲りねえ奴だよな、工藤も。俺は職業上断ることしかできねーっつーのに」
「先生じゃなかったら付き合えてたって事ですか?先生を辞めるのは難しいでしょうから成人したらすぐに告白しに来ます!その時は……あでっ」
「アホか。教師をむやみに口説くもんじゃねぇよ」
「でも、私は先生だから良くて…他の人なんか視界にも入らないし、本当に大好きです。本気で…本気で」
「工藤……」
「先生との孫の代まで想像しちゃうんですっ!!!」
「そういうとこだ、アホ。まぁ、工藤みたいな奴が嫁さんになってくれたら毎日楽しそうだけどな笑」
「しぇんしぇ〜…やっぱり結婚したいです!そこをなんとか」
「無理だ。もっと同級生とアオハルしてろ」
立ち上がって出ていこうとする先生の袖を少しだけ引っ張る。ずるいなとか思うけど、こういうやり方じゃないと先生を引き止められないのは馬鹿な私にもわかってるから。
「……。わーったよ。ほら、来いよ」
腕を広げる先生の胸に飛び込んで顔をうずめる。先生の優しくて男らしい匂いに満たされて抱きしめてくれる先生にこれでもかってくらい甘えた。
「それ、俺が金木犀好きって言ったからつけてくれたんだろ?」
「先生じゃない他の誰かのためになんてつけません…先生専用の私ですから」
「なんだよ、それ笑 案外可愛いとこあんのな、工藤」
せっかく整えた髪もまたわしゃわしゃと撫でられて崩れてしまう。年の差とかいう時間のハンデは私が思っていた以上に苦しい。大人の余裕にいつも負けちゃまう私は昨日よりまた先生のことが好きになった。
題材「秋恋」
アニメとかドラマとか、そんなんで見たような青白い月なんて実際見たことはなくて、黄色とか白とかそんなありふれた月を何度も目にしていた。
父さんの運転は割と荒い方だったけど、乗っていて悪い気はしなかった。小さい頃はよく、軽トラの荷台に乗せてもらってたけど、子供だったし田舎だったから許されていたんだと今になって理解した。荷台には乗れなくても助手席に乗ってたまに外へ出る時もあった。
彼氏じゃないけど、たぶん彼が私に好意を持っているんだろうなって事は不思議とわかる。安全運転で落ち着いた2個年上の先輩。夜のドライブに誘われて先輩が運転する隣で私は流れる曲に合わせてかすかに鼻歌を歌った。
都会の空は埋め尽くすような高いビルが多くて小さい頃はあんなに近かった月が遠く感じた。懐かしい。でも思い出したら少し寂しい。
先輩は時々愛おしそうな視線を私に向けては逸らした。気付かないフリをして生ぬるい風を感じる。共通点なんてひとつもないのに、故郷を思い出す私は地元愛が強かったのだろうか。
「さっきから窓開けっ放しだけど、寒くない?」
「大丈夫ですよ、むしろ気持ちいいくらいで」
会話が続かなくても、お互いそばにいるだけで信頼し合ってるような関係。先輩は大人だからきっと段階を踏んでじっくり攻めてくるだろう。大胆に来てもらっても今は構わないのに。
夜が更けてようやく小さな月が遠くの空に輝いた。ウインカーを鳴らした先に私の家があって、考える間もなく到着してしまった。タイミングよく流れた曲のワンフレーズだけをわざと口ずさむ。
「帰りたくないから帰さないでよ」
シートベルトを外そうとする私の手を止める先輩。
「それ、本気?」
照れたように緊張したように、少し火照った先輩はまじまじと私を見つめた。
「帰さないで…くれますか」
やけに強い月明かりが私たちを照らしていたと思う。お互い素直にしていればもう永遠を誓っていたかもしれないのに、駆け引きをズルズルと続けたせいでこんなにも複雑になってる。近づく好意を素直に受け入れる。月明かりの下で静かにキスをした、始まりの合図。
題材「moonlight」
「知らんよ、アンタに恋人がいるかどうかなんて。それでも俺はアンタが欲しいって思ったから」
そう言ってこんな酔っぱらいを連れ去った馬鹿な男。
キスもそれ以上の事も。丁寧で上手くて……アルコールのせいで記憶は曖昧だけど快感だけは覚えてる。
「俺たち相性良いね。人生の中でダントツだわ」
ニヤッとはにかんだ彼が眩しくて無理やり口を塞いだ。
今日くらい本能がままに生きたっていいじゃない。仕事とか社会とかそんな面倒な事は忘れて溺れてたい時もあるのよ。
明日になったら誰の顔がまっさきに浮かぶだろうか。誰が浮かんでも今日だけは許してって昨日の自分が弁解するだろうけど。
「何考えとんの?今は俺だけ見といてや」
私に夢中になってる彼に私はどーでもいい一日のどーでもよかったはずの一夜を捧げた。
題材「今日だけ許して」