椋 ーmukuー

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アニメとかドラマとか、そんなんで見たような青白い月なんて実際見たことはなくて、黄色とか白とかそんなありふれた月を何度も目にしていた。

父さんの運転は割と荒い方だったけど、乗っていて悪い気はしなかった。小さい頃はよく、軽トラの荷台に乗せてもらってたけど、子供だったし田舎だったから許されていたんだと今になって理解した。荷台には乗れなくても助手席に乗ってたまに外へ出る時もあった。

彼氏じゃないけど、たぶん彼が私に好意を持っているんだろうなって事は不思議とわかる。安全運転で落ち着いた2個年上の先輩。夜のドライブに誘われて先輩が運転する隣で私は流れる曲に合わせてかすかに鼻歌を歌った。

都会の空は埋め尽くすような高いビルが多くて小さい頃はあんなに近かった月が遠く感じた。懐かしい。でも思い出したら少し寂しい。
先輩は時々愛おしそうな視線を私に向けては逸らした。気付かないフリをして生ぬるい風を感じる。共通点なんてひとつもないのに、故郷を思い出す私は地元愛が強かったのだろうか。

「さっきから窓開けっ放しだけど、寒くない?」

「大丈夫ですよ、むしろ気持ちいいくらいで」

会話が続かなくても、お互いそばにいるだけで信頼し合ってるような関係。先輩は大人だからきっと段階を踏んでじっくり攻めてくるだろう。大胆に来てもらっても今は構わないのに。

夜が更けてようやく小さな月が遠くの空に輝いた。ウインカーを鳴らした先に私の家があって、考える間もなく到着してしまった。タイミングよく流れた曲のワンフレーズだけをわざと口ずさむ。

「帰りたくないから帰さないでよ」

シートベルトを外そうとする私の手を止める先輩。

「それ、本気?」

照れたように緊張したように、少し火照った先輩はまじまじと私を見つめた。

「帰さないで…くれますか」

やけに強い月明かりが私たちを照らしていたと思う。お互い素直にしていればもう永遠を誓っていたかもしれないのに、駆け引きをズルズルと続けたせいでこんなにも複雑になってる。近づく好意を素直に受け入れる。月明かりの下で静かにキスをした、始まりの合図。

題材「moonlight」

10/5/2025, 12:35:00 PM