椋 ーmukuー

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数日前。妻の仕事の量が限界突破したらしく、帰ってくるなりエナジードリンクを飲み出した。

「おいおい、そんなん飲んだら逆に体に悪いぞ」

「…もう、飲まなきゃやってらんないのよ…ぁ"あ"」

「おっさんみたいな声出しやがって。半分だけにしとけよ、っておい、人の話聞いてんのか?」

「たまには体に悪い事したっていいじゃない。今日だけよ、今日だけ」

そう言ってまたパソコンを開いてカタカタと作業を始めた。前は家庭に仕事は持ち込まない主義だのなんだの言って格好つけてたくせに、よく言うよ笑

世の中では華の金曜日と呼ばれる平日最終日もなんとか乗り越え、週末に突入したものの、今日は丸一日寝ていたい日らしい。

「俺、買い出し行ってくるから外に出んなよ」

「…zzZ」

そうして妻を置いてひとりで街へ出た。
最近は急に秋らしくなって街もハロウィンの装飾に染まっていた。寒くなった事もあってかカップルも人目を気にせずイチャついてる。俺もさみぃーよ。ったく、いつものカイロ代わりが電池切れのせいで。俺まで電池が切れそうだわ!

目的のものを購入して、さっさと店を出た。妻のために急いで帰りたい気持ちは山々だったが、今日は妙に信号に引っかかってしまう。何台も同じような車が過ぎ去っていく。
ドアが開く音がして振り返ると、後ろに花屋があった事に気が付いた。ロマンチックだかなんだか知らねぇが、バラの花束を抱えた男がひとり、店から出て行った。このまま急いだとて、また同じように信号止まりになるんだったら少しくらい寄り道してもいいか。なんて軽い気持ちで店のドアノブをグッと捻った。

一歩踏み出したその空間はほんのり甘い香りで満たされていて、その中で少しだけ存在感の強い花に目がいった。コスモス。こうして見てみると、綺麗な花だ。俺はロマンチックとか似合わないけど、たまにはこういう花、喜んでくれるだろうか……

「ただいまー」

「…おかえりー…どこ行ってたの…」

「眠いなら無理すんな。寒いから中入るぞ」

妻もようやく起きてくれた…のはいいが、もう夕方5:00を過ぎていた。

「あぁ、買い物に行ってたのね…起こしてくれれば一緒に行ったのに」

「ばぁか。無理すんなって言ってんだろ。あ、それと……これ」

「ん?…わ、これコスモスじゃん!あなたこういうの興味ないじゃない、なのに買ってきてくれたの?」

「まぁ、たまには良いかなって」

「珍しー。なんか意味でもあるの?花言葉とか…調べちゃおー!」

「意味なんてねぇよ。お前が好きそうだから買っただけだし」

「……なんだ。本当に意味ないじゃん笑」

「そんな事良いから、今日は早く飯食って寝ろ」

「もういっぱい寝たからいーよ笑 今日は一緒に映画でも見ましょーね、ダーリン」

「わかったよ」

「ところで今日の夕飯はなぁに?」

「カボチャのクラムチャウダーだ」

「えぇっ!私、それ大好き!さすが私のダーリン、わかってるねぇ」

なんやかんや大変な1日だったけど、俺の妻は疲れが飛んだみたいだ。コスモス。本当は出会った頃にお前が付けていたその花の耳飾りを思い出したから贈っただけ。お前はそんな事、覚えてくれていないよな、きっと。

題材「一輪のコスモス」

10/11/2025, 9:37:49 AM