ミミッキュ

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8/14/2023, 11:01:02 AM

"自転車に乗って"

「おぉーっ…。」
ここ最近脳を酷使する事が多かった、今日は珍しく何の予定も無い。なので、どっか行ってリフレッシュしようと思い、来たのはひまわり畑だった。澄み切った青空にひまわり達の鮮やかな黄色やオレンジが映えて、まさに夏といった風景が視界いっぱいに広がっている。
「色んな角度から見て回りたい。…けど、あんまゆっくり見て回ってると帰りが遅くなっちまうし…。いや、この広さじゃあ早歩きで見て回っても…。」
う〜ん…、と首を捻っていると、視界の端に看板が入ってきた。
「レンタルサイクル、か…。」
見ると、看板のすぐ近くに自転車の貸し出しをしている受付があった。
「自転車で回るんなら、あまり急がなくても夕方になる少し前くらいには帰れるな…よし。すみません──」
青空と同じ色の車体の自転車を1台借りて、ひまわり畑の中を散歩する事にした。自転車に乗ったのっていつぶりだろう…、と跨った時ふと思った。最後に乗ったのは確か、高校生の時か?数年のブランクに少し不安になったが、そんな事は杞憂だった。ブランクよりも長い年月乗っていたので、体に染み付いていた。久しぶりに感じる風を切って走る感覚に浸りながら、ひまわり畑の舗装された道をゆっくり、のんびりと突っ切っていく。走っていると、風を切る感覚と共にひまわりの良い香りが鼻腔をくすぐって、ただこうして走っているだけでも充分癒される。
ある程度走った所で一旦止まってひまわり畑を見る。最初に見た景色とは逆で、見えるのはひまわり達の後ろ姿。皆が一斉に太陽に向かって、一生懸命大輪の花を咲かせている。そんな強く懸命に咲くひまわり達を見て、胸がいっぱいになった。正面から見るのも良いが、後ろに回ってひまわりと一緒に太陽の光を浴びるのも良いな…。
少し見ていた後、また漕ぎ始めて時間が許す限り自転車で風とひまわりの香りと太陽の光を浴びていた。

8/13/2023, 12:31:49 PM

"心の健康"

診察室で雑用しながら人を待っていると、開け放たれた扉の方から、コンコンコンッ、と小気味良い音が響く。
「おぉ。来たか……って、」
音のした方へ顔を向けると、診察室の出入り口の前に待ち人─飛彩─が壁に凭れ掛かりながら立っていた。顔面蒼白で、眼の下に隈が縁取られている。顔を合わせたのは数日ぶりだが、この数日の間に何があった…?
「顔色悪っ。…この数日間で何したらそうなるんだよ…。」
率直に思った言葉を投げかける。
「済まない、思った以上に難航してな…。」
申し訳なさそうに顔を伏せて答える。
「難航?…一体何が難航したんだよ?、そんな憔悴する程…。」
「患者の治療方針について、…内科と外科で。」
「あぁ〜…。」
なるほど、そりゃこんな顔色になるわ…。
「実際、俺はただ話を聞いていただけで、主治医である先輩の外科医が答弁に立っていたんだが…。その患者が兼科していた内科の医師と、手術方法について揉めて…。」
「うわぁ…。」
思わず悲鳴に似た声を上げて顔を顰める。内科と外科は犬猿の仲な感じで、カンファレンスで何度かいがみ合っているのを見た事がある。研修医の時に1度だけ治療についてのカンファレンスに立ち合った事があり、酷く対立していたのを思い出す。そういやそのカンファ後、部屋を出た時倒れて…起きたのは3日後で同じ研修医の人達やその時カンファに参加した医師達に相当心配されてたな…。放射線科医になって他の科との方針についてのカンファに俺が答弁する事も、カンファに参加する事も殆ど無かったが、いつも怖い先輩医師がもっと怖くなってたり、いつも温厚なベテラン医師が相当ピリついてたり、…口論してきた後の医師と一緒の空間になる度にビクビクしながら体を縮こまらせて時間が過ぎるのを待ってたな…。
「済まない、嫌な事を思い出させてしまって…。」
「えっ?…いや、俺は平気だ。」
なんて思い出していると、飛彩が心配そうな顔をして覗き込んできた。実際に参加して憔悴しているこいつに心配されるとは…。
「それより、……んっ。」
と、飛彩に向かって両手を広げる。不思議そうな顔をして俺を見る。
「…何だ?」
「いや、分かれよ…。んーっ!!」
また両手を広げてみせる。また頭に疑問符を浮かべやがった。…本当に分かんねぇのかよ。
「…〜ッ!!だぁ、かぁ、ら!来いっての!!」
遂にしびれを切らして声を荒げてしまった。すると「あぁ」とようやく意味が分かって、少しフラつきながら抱き着いてくる。飛彩の背中に腕を回して子どもをあやす様に背中を優しく、ポンポン、と叩く。
「抱き着いて欲しいのならちゃんと言え。」
「言わなくても分かれよ…。」
それから何分経ったか、ずっと同じ体勢で同じリズムで飛彩の背中を叩いていると
「…ありがとう。」
「別に、先輩が後輩を労うのは当然だろ。それに、…こうやって恋人を癒すのは、俺の役目でもあるし。」
優しく礼を言われ、言葉を返す。…後半むず痒くて尻窄みになったが。
「…少し寝るか?」
先程より呼吸音がだいぶ安定してきたので、睡眠を摂るよう提案する。憔悴した体と心を癒すには、睡眠が1番だ。
「そうする。…と、言いたいところだが、もう少しこうしていたい。」
「そうかよ。…その代わり、寝るんじゃねぇぞ?テメェを抱えてベッドに運ぶなんて無理だからな。」
「確かに、貴方は非力だから。」
「うっせぇ、米担げる程はあるっての。どの基準で非力っつってんだよ。…規格外なんだよ、テメェの怪力。」
「ふっ…。済まない。」
「テメェ…。」
その後、また優しくさっきと同じリズムで背中を叩く。数日ぶりの恋人の体温に喜びを感じながら。

8/12/2023, 12:51:22 PM

"君の奏でる音楽"

「〜♪」
昼下がりの聖都大附属病院の中庭、フルートを奏でていた。情報交換がてらメンテナンスをして、人がいない中庭に出て──普段ならこんな場所でやりたくは無いが、今日は中庭に出ている人がいないのを見てここで奏でたくなって──音の確認をしている。奏でていると言っても、ただ1音ずつ出してみて音のズレが無いかの確認だけ。
「〜♪……よし。」
音の確認が終わり、ベンチに置いていたケースの蓋を開けようと手をかけると
「演奏しないのか?」
「っ…!?」
不意に声をかけられ、驚いて微かに肩を震わせて声の方へ振り向くと、不思議そうな顔を浮かべている飛彩が立っていた。ここの患者とかじゃなくて良かった、と安堵して緊張で上がっていた肩の力を抜く。
「んだよ、驚かせんなよ…。」
「驚かせて済まない。」
謝罪しながら歩み寄ってきた。俺の傍まで来たところで足を止めると、改めて聞いてきた。
「それより、改めて聞く。何か演奏してくれないのか?」
「…は?」
意外な相手からのリクエストに、少し混乱して思わず変な声を上げ思考が一瞬フリーズするが、すぐにフリーズを解いて返答する。
「あぁ、まぁ…。人いねぇし、1曲だけならいいけど…。」
何かやって欲しい曲あんのか?と聞くと
「いや…、ただ貴方の奏でる音楽を聴きたくて…、済まない。」
「はっ…?」
驚いてまた変な声が出た。誰かにこうやって言われた事なんて無かったから、内心嬉しい。それと言われた相手が飛彩だから、というのもあるから余計に…。黙っていると
「どうした?」
「…あ、あぁ。悪ぃ、何でもねぇよ。」
と、何とか言葉を返した。「そうか」と短く言うと
「そうだ。曲だけどよ、何でもいいのか?。」
気を取り直して、改めてリクエストについて聞く。あの言葉の感じだと、特に演奏して欲しい曲は無いみたいだが。
「あぁ、何でも良い。貴方の好きな曲を奏でて欲しい。」
「そ、…そうか、よ。」
難儀なリクエストだな…。とは思ったが、実は1曲だけ、こいつを思い浮かべながらアレンジした曲がある。それは"Last Surprise"とほぼ同時進行でアレンジしていた曲で、アレンジの為に"Last Surprise"を聴こうと動画を漁っていたらたまたま見つけて、聴いてみたらとても綺麗な曲で…、歌詞を調べたら歌詞も素敵で、この曲もアレンジして演奏してみたいと思い、初めてのアレンジなのに2つを同時進行で大変だったし"Last Surprise"よりも時間がかかりこの間やっと出来たところだったので自信など毛頭もないが、この曲は1番に飛彩に聴かせたいと思っていたので迷わず
「…分かった。やるから、ここ座れ。」
と、ケースを端に退かして座るスペースを作り、座るよう手で促す。飛彩が「分かった」と返事をし、ベンチに座ったのを確認すると、ベンチから2〜3メートル離れて飛彩に向き、フルートに唇を当てて構える。数秒静寂が降りて、木の葉の擦れる音のみが空気を揺らす。息を大きく吸い込んで、演奏を始める。曲は"Brand New Days"。

明るめの曲調なのに歌詞は少し悲しめで、聴いている時なんでこいつが浮かんだのか分からなかったし今も分からない。けど、何となくでも俺はこの曲が好き。そう思いながらイントロを奏でる。1番のAメロに入り、"Last Surprise"を演奏した時と同じ様に体が自然に動き、続くBメロも体が勝手に動く。
曲全体で見ると、AメロBメロの歌詞はほとんど悲しめの歌詞が続く。歌詞だけ見れば辛いが、明るい曲調がそれを感じさせない。そしてこの曲は、難所と呼べる難所がほぼ無い。アップダウンが緩やかなので、実はメンテ後に演奏するのには持ってこいの曲かもしれない。
そしてサビへ。サビはこれまで以上の明るさを音に乗せて奏でる。サビの部分の曲調が大好きだからか、先程まで以上に体が揺れ動いてしまう。
そうして間奏へ。こんな俺を飛彩はどんな顔をして見ているかなんて、想像出来ない。つか恥ずかしくて想像したくねぇ…。聴くのに集中する為に目ェ閉じててくれ、頼む…。
そして2番へと入る。2番でも1番同様、体が勝手に動く。そして実は2番の歌詞の方が好き、だから1番以上に伸びやかで高らかに、歌う様に奏でていく。
誰もいないのをいい事に、その音はサビでも高らかに、俺達以外に誰もいないこの場所に、木の葉の、サワサワ…、と擦れる音と共に響かせる。とても心地良いアンサンブルを奏でながら、間奏に入る。
先程の間奏よりも長い。最初はちょっぴり悲しい感じだが、少しずつ明るくなっていく。この間奏も奏でていて楽しい。
そして3番へと。3番では何故か先程までとは違い、自然と語りかける様な音を奏でて、Bメロのラストでは優しい音色になる。何でかは自分でも分からない。誰かに向けて演奏するって事は、こういう影響を受けながら演奏する事なのかもしれない。
3番のサビでは、1番と2番のサビの歌詞が繋がって奏でられる。だから、今まで以上の明るさを纏った音で高らかに奏であげる。
そしてアウトロへ、アウトロはしっとりとしている。そして俺が1番好きな歌詞で曲が終わる。しっとりと、優しく柔らかく、語りかける様に音を繋いで締める。

ゆっくりとフルートから口を離し顔を上げると、飛彩が、パチパチ…、と拍手をした。
「あ、ありがと…。」
恥ずかしがりながら礼を言うと、ケースとは反対側の端に寄って空いたスペースに優しく、ポンポンと叩き座るよう促された。恥ずかしがりながらも飛彩の隣へ座り、フルートをケースに仕舞う。
「音が綺麗なのに弾んでいて、とても楽しそうな音だった。」
ピクッ、と体を震わせる。そういえばこいつ、見てねぇよな…?けれど、見ていたとしても俺は目を瞑って下を向いて演奏していたので、見られてたなんて気にする必要なんか無いし、そんな事知る必要なんてない。うん。
「そうか…。」
「あぁ。この曲が好きなのが音だけで存分に伝わってきた。」
この言葉を正直に受け取ると、演奏する俺の姿を見ていなかったらしい。良かった…。
「また、この曲をやってくれ。」
「お、おぉ、分かった…。…そうだ、元の曲聴くか?今動画出すからちょっと待て。」
そう言ってポケットからスマホを取り出し、動画アプリを開く。再生履歴を表示させて、該当の動画のサムネイルを「ほれ」と見せる。飛彩が俺のスマホに覗き込んできて、動画のサムネイルをタップして再生させる。
昼下がりの病院の中庭、誰もいない俺達だけのこの空間で、1つの動画を1つのスマホで一緒に見た。

8/11/2023, 12:14:47 PM

"麦わら帽子"

「あっっっつい…。」
攻略法を考えていたが中々に難航して、気分転換にと思って「外の空気吸ってくる」と言い、病院の外に出てきたんだが…。あまりの暑さにぐったりとベンチにへたりこんで気分転換どころじゃ無くなってしまった。別に気分転換なら外に出なくたってできるし、中に戻って…と思ったけど…、暑すぎてもう1歩も動けねぇ…。頭も痛くなって来たし…。
立派な脱水症状を起こしてきて、もうここからどうすればいいのか分からなくなってきた。汗が頬や首筋を伝う。俺はこのまま死ぬのか…?、なんて縁起でもない事が頭をよぎる。もう限界…。意識を保つのが辛くなってきた…。
「も、う…ダメ、だ…。」
意識が朦朧とする中そう呟く。
と、視界に影が降りた。同時に頬に冷たい何かが当てられ、意識が強制的に引き戻される。あまりの冷たさに驚き思わず「ヒャッ!?」と情けない声を上げる。
「全く何をやっている。」
と、隣から呆れた声色が聞こえた。声がした方向を見ると、そこに飛彩がいた。片手にはそこの自販機で買ってきたのだろう、温度差で結露し汗をかいているペットボトルのポカリが握られていた。恐らく俺の頬に当てられたのはそのポカリだ。それと頭に違和感を感じて手探りで違和感の正体を探る。これは、帽子?…あと、この感触は…麦わら帽子か。
正体を突き止めると、飛彩が「飲め」とポカリを突き出してきた。「お、おう…」と少し驚きながら受け取ると、キャップを開けようと力を入れる。が
「ん、んんっ…んーっ!!」
手汗をかいてるせいか、それとも残っている力が足りないのか…両方だろう。滑ってキャップを開ける事が出来ない。
「ほら、貸せ。」
と、片手を差し出して渡すよう促してきた。素直にその手の平の上にポカリを置くと受け取り、キャップを開けてくれて俺に返した。
「あ、ありがと…。」
礼を言うとペットボトルに口を付けて中のポカリを流し込む。とても冷たいポカリで喉が潤うと同時に、ポカリの成分が脱水して水分と塩分を欲していた体に染み渡り、さっきまでの頭痛が和らいでいって朦朧としていた意識も戻ってきた。
「ふぅー…、ありがとな。それと、悪かった…。」
お礼と謝罪を混ぜた言葉を紡ぐと
「はぁ、全く…。それでも医者か?」
ため息混じりに文句を言われた。ムッと顔を顰めてそっぽを向き
「うっせぇ。…医者は医者でも、無免許医ですよぉーだ。」
と、口を尖らせながら小声で返すと「フフ」と小さな笑い声がした。
「何笑っていやがる!?」
声を荒げながら、また飛彩に顔を向ける。見ると飛彩は人差し指を口に当ててクスクス笑っていた。んにゃろォー…。
「貴方でも子どもの様な事を言うのだな、と思って…フッ。」
言い訳を述べながらまた笑う。
「悪かったな、ガキみてぇな事言って!!」
と、声を荒らげるがお構い無しに笑い続けている。…どうやらツボに入ったらしい。謎すぎんだろ、コイツの笑いのツボ。
「いつまで笑ってやがる!!そんな揶揄うんなら別れんぞ!!」
また声を荒らげ今度は、別れると言ってやる。が、そう言ってやると心がズキン、と痛んだ。飛彩も心を痛んだのか、先程まで笑い声を上げていたのがピタリと止み、笑っていた顔が一瞬で悲痛な顔になる。
「い、今のなし…。その、悪い…。酷い事、言って…。」
と、すぐに言葉を撤回し謝る。すると不意に正面から抱きしめられ
「俺こそ、笑って…貴方に辛い事を言わせて、悪かった。」
そう優しく囁く様に耳元で言われる。少し、ゾクッとするがすぐに首を振って飛彩の背中に腕を回し抱きしめ返す。が、すぐに飛彩の体を押しのけて
「ば、バカ野郎っ…ここ外!!」
と言うと「あ」と小さく声を上げ「そうだった」と言葉を続ける。コイツゥ…ッ。
「…っ。」
と睨んでいると、飛彩がおもむろに立ち上がり
「ほら、立てるか?」
と、片手を差し出してきた。テメェ…ッ、なんも分かってねぇだろ。ホンットそういうトコな、テメェ。口に出しそうになった言葉をグッと飲み込む。恥ずかしいが、恐る恐る飛彩の手の平の上に自分の手を乗せて握る。握ると、手を引っ張られながら腰を浮かせて立ち上がる。立ち上がってすぐ手を離して目だけを動かし辺りを見回す。幸い人1人通っておらず、誰かに見られた心配はない。良かった、と胸を撫で下ろす。
「あ、そういや…。」
飛彩に返そうと、頭に被された麦わら帽子に片手を伸ばすと
「いや、それはお前にやる。それより、そろそろ戻ろう。」
そう言われ「お、おう…。そう、か」と、伸ばしかけた手を引っ込める。お言葉に甘えて、麦わら帽子を貰う事にした。俺が手を引っ込めたのを見ると病院へと足を向けて歩き出した。一瞬遅れて俺も病院へと足を向けて、飛彩と戻る事にした。

8/10/2023, 11:05:19 AM

"終点"

次は、終点──
という車内アナウンスで気がついて、当たりを見渡す。
「っ…、ん?あれ、なんで俺…。」
ここは、電車の中?知らない車内、知らない車窓の景色に頭が混乱する。
「確か、俺は──」
グラファイトに負け、CRに戻るなり免許剥奪を言い渡され病院を飛び出して、その後ビルのガラスに映る自分の姿を見て…なんだか、誰かに「来て」と引っ張られている様な気がして…。ダメだ、ここから先の記憶が曖昧で何故自分が電車に乗っているのか分からない。一先ず、現状できる事は終点で降りて状況を整理する事だ。
一旦思考を止めると同時に電車が止まり、扉が開いた。まず自分が今どこに居るのか把握しなければ、と座席から立ち上がり電車を降り、駅の周りの景色を見る。
「田舎町か…?」
涼やかな風が頬を撫で、見渡す限りの緑が広がっていた。遠くで鳥のさえずりも聞こえる。駅を見渡すと駅名の書かれた看板を見つけ、ここが何処なのか確認する。
「えっと…はち、?。なんて読むんだ?えっと読み…やそ…いな、ば?」
看板には"八十稲羽"と書かれていた。
「聞いた事ない地名だな…。」
どうすれば良いか…、一先ず自分のいる地名は分かった。だが地名が分かっただけで、何処の町かまでは分からなかった。次にやる事は駅に入って、帰りの電車の時刻を確認だ。そう思い立って駅に足を向けて歩き出す。駅に入って駅員さんに話し掛ける。
「あの…。」
そう声を掛けると「はい?」とゆったりとした返事でこちらを向いた。
「えっと、帰りの電車の時刻を知りたいんですけど…。」
そう言うと駅員さんは「ちょっと待ってね」と言い、小さな引き出しから時刻表を取り出して「はい」と俺に渡してきた。
「ありがとうございます。」
お礼を言うと時刻表に目を通す。今の時間は…と無意識にポケットに手を入れると固く冷たい感触があり取り出す。良かった、スマホは持って来ていたようだ。反対側のポケットを触るとこちらも固い感触があったので取り出すと財布だった。財布も持ってきていたようだ。とりあえず安堵して、スマホに現在の時刻を表示させて、先程貰った時刻表と照らし合わせる。帰りの電車が来る時刻は今から大分後の時刻だった。
「マジか…それまでどうすっかな…。」
だが、また何かに引っ張られている様な感覚がした。それは何者かに「帰るな」と言われている様で、怖くなって自分の肩を抱き、身を震わせる。少し落ち着いた所で改札を出て、折角だから観光がてら見て回ろうと思い、駅前に出る。
と、駅前に1人の少年がたっていた。見た目は高校生くらいだろうか?銀色の綺麗な髪がそよ風になびいてキラキラと太陽の光を反射していて、その眼は駅前にそびえ立つ大きな木を見上げていた。地元の人か?と声を掛け聞いてみる。
「あ、あの。」
少年に近づいて声を掛けるとこちらを向いて
「はい。」
と聡明な返事をした。身長は俺より幾らか低いが背筋をピンと伸ばした立ち姿をしていて、身長差を全く感じさせない凛々しさと、動きから礼儀正しさを醸し出している。
「どうしました?」
優しくそう聞かれ、答えようと口を開くが出かかっていた言葉を飲み込む。誰かに呼ばれた気がしてここに来た、なんて誰が信じる?しかも、俺は24だぞ?そんな事言ってしまえば不審者か何か扱いされるのがオチだ。どう答えるのが正解か悩んでいると、少年が空を見上げて
「雨が降って来そうなので、一先ず場所を変えましょう。」
移動する事を提案してきた。空を見上げると今にも降り出しそうな暗い雲が空を覆っていた。
「あ、はい。」
そう頷いて移動するのを了承すると「では、ついて来てください」と踏み出した。俺は彼の1歩後ろを歩いてついて行く事にした。

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