ミミッキュ

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"君の奏でる音楽"

「〜♪」
昼下がりの聖都大附属病院の中庭、フルートを奏でていた。情報交換がてらメンテナンスをして、人がいない中庭に出て──普段ならこんな場所でやりたくは無いが、今日は中庭に出ている人がいないのを見てここで奏でたくなって──音の確認をしている。奏でていると言っても、ただ1音ずつ出してみて音のズレが無いかの確認だけ。
「〜♪……よし。」
音の確認が終わり、ベンチに置いていたケースの蓋を開けようと手をかけると
「演奏しないのか?」
「っ…!?」
不意に声をかけられ、驚いて微かに肩を震わせて声の方へ振り向くと、不思議そうな顔を浮かべている飛彩が立っていた。ここの患者とかじゃなくて良かった、と安堵して緊張で上がっていた肩の力を抜く。
「んだよ、驚かせんなよ…。」
「驚かせて済まない。」
謝罪しながら歩み寄ってきた。俺の傍まで来たところで足を止めると、改めて聞いてきた。
「それより、改めて聞く。何か演奏してくれないのか?」
「…は?」
意外な相手からのリクエストに、少し混乱して思わず変な声を上げ思考が一瞬フリーズするが、すぐにフリーズを解いて返答する。
「あぁ、まぁ…。人いねぇし、1曲だけならいいけど…。」
何かやって欲しい曲あんのか?と聞くと
「いや…、ただ貴方の奏でる音楽を聴きたくて…、済まない。」
「はっ…?」
驚いてまた変な声が出た。誰かにこうやって言われた事なんて無かったから、内心嬉しい。それと言われた相手が飛彩だから、というのもあるから余計に…。黙っていると
「どうした?」
「…あ、あぁ。悪ぃ、何でもねぇよ。」
と、何とか言葉を返した。「そうか」と短く言うと
「そうだ。曲だけどよ、何でもいいのか?。」
気を取り直して、改めてリクエストについて聞く。あの言葉の感じだと、特に演奏して欲しい曲は無いみたいだが。
「あぁ、何でも良い。貴方の好きな曲を奏でて欲しい。」
「そ、…そうか、よ。」
難儀なリクエストだな…。とは思ったが、実は1曲だけ、こいつを思い浮かべながらアレンジした曲がある。それは"Last Surprise"とほぼ同時進行でアレンジしていた曲で、アレンジの為に"Last Surprise"を聴こうと動画を漁っていたらたまたま見つけて、聴いてみたらとても綺麗な曲で…、歌詞を調べたら歌詞も素敵で、この曲もアレンジして演奏してみたいと思い、初めてのアレンジなのに2つを同時進行で大変だったし"Last Surprise"よりも時間がかかりこの間やっと出来たところだったので自信など毛頭もないが、この曲は1番に飛彩に聴かせたいと思っていたので迷わず
「…分かった。やるから、ここ座れ。」
と、ケースを端に退かして座るスペースを作り、座るよう手で促す。飛彩が「分かった」と返事をし、ベンチに座ったのを確認すると、ベンチから2〜3メートル離れて飛彩に向き、フルートに唇を当てて構える。数秒静寂が降りて、木の葉の擦れる音のみが空気を揺らす。息を大きく吸い込んで、演奏を始める。曲は"Brand New Days"。

明るめの曲調なのに歌詞は少し悲しめで、聴いている時なんでこいつが浮かんだのか分からなかったし今も分からない。けど、何となくでも俺はこの曲が好き。そう思いながらイントロを奏でる。1番のAメロに入り、"Last Surprise"を演奏した時と同じ様に体が自然に動き、続くBメロも体が勝手に動く。
曲全体で見ると、AメロBメロの歌詞はほとんど悲しめの歌詞が続く。歌詞だけ見れば辛いが、明るい曲調がそれを感じさせない。そしてこの曲は、難所と呼べる難所がほぼ無い。アップダウンが緩やかなので、実はメンテ後に演奏するのには持ってこいの曲かもしれない。
そしてサビへ。サビはこれまで以上の明るさを音に乗せて奏でる。サビの部分の曲調が大好きだからか、先程まで以上に体が揺れ動いてしまう。
そうして間奏へ。こんな俺を飛彩はどんな顔をして見ているかなんて、想像出来ない。つか恥ずかしくて想像したくねぇ…。聴くのに集中する為に目ェ閉じててくれ、頼む…。
そして2番へと入る。2番でも1番同様、体が勝手に動く。そして実は2番の歌詞の方が好き、だから1番以上に伸びやかで高らかに、歌う様に奏でていく。
誰もいないのをいい事に、その音はサビでも高らかに、俺達以外に誰もいないこの場所に、木の葉の、サワサワ…、と擦れる音と共に響かせる。とても心地良いアンサンブルを奏でながら、間奏に入る。
先程の間奏よりも長い。最初はちょっぴり悲しい感じだが、少しずつ明るくなっていく。この間奏も奏でていて楽しい。
そして3番へと。3番では何故か先程までとは違い、自然と語りかける様な音を奏でて、Bメロのラストでは優しい音色になる。何でかは自分でも分からない。誰かに向けて演奏するって事は、こういう影響を受けながら演奏する事なのかもしれない。
3番のサビでは、1番と2番のサビの歌詞が繋がって奏でられる。だから、今まで以上の明るさを纏った音で高らかに奏であげる。
そしてアウトロへ、アウトロはしっとりとしている。そして俺が1番好きな歌詞で曲が終わる。しっとりと、優しく柔らかく、語りかける様に音を繋いで締める。

ゆっくりとフルートから口を離し顔を上げると、飛彩が、パチパチ…、と拍手をした。
「あ、ありがと…。」
恥ずかしがりながら礼を言うと、ケースとは反対側の端に寄って空いたスペースに優しく、ポンポンと叩き座るよう促された。恥ずかしがりながらも飛彩の隣へ座り、フルートをケースに仕舞う。
「音が綺麗なのに弾んでいて、とても楽しそうな音だった。」
ピクッ、と体を震わせる。そういえばこいつ、見てねぇよな…?けれど、見ていたとしても俺は目を瞑って下を向いて演奏していたので、見られてたなんて気にする必要なんか無いし、そんな事知る必要なんてない。うん。
「そうか…。」
「あぁ。この曲が好きなのが音だけで存分に伝わってきた。」
この言葉を正直に受け取ると、演奏する俺の姿を見ていなかったらしい。良かった…。
「また、この曲をやってくれ。」
「お、おぉ、分かった…。…そうだ、元の曲聴くか?今動画出すからちょっと待て。」
そう言ってポケットからスマホを取り出し、動画アプリを開く。再生履歴を表示させて、該当の動画のサムネイルを「ほれ」と見せる。飛彩が俺のスマホに覗き込んできて、動画のサムネイルをタップして再生させる。
昼下がりの病院の中庭、誰もいない俺達だけのこの空間で、1つの動画を1つのスマホで一緒に見た。

8/12/2023, 12:51:22 PM