ミミッキュ

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8/9/2023, 1:46:37 PM

"上手くいかなくたっていい"

「…気分かぁ、それなら──。」
と、少し考え込む"フリ"をして答える。
「つっても、んなの急に聞かれても出てこねぇよ。」
そう言ってブレイブを見る。と、視線がかち合う。少し顔を顰めてこちらを見ていた。…俺、なんか気に触る事言っちまったか?
「…んだよ、その顔。言いたい事あんなら言えよ。」
恐る恐る聞くと明らかに不満そうな声で
「それはこちらの台詞だ。」
と言われた。意味が分からず「はぁ?」と思わず聞き返した。
「さっき、考える"フリ"をしていただろ。面倒くさいから、と。」
「っ…。」
図星を突かれて声にならない声が声帯を揺らして短く呻き声の様な声を口の中で転がす。それを聞き逃さなかったのか「やっぱり」と言いたげに肩を落とした。
「…けどよ、俺の性格知ってんだろ?食えれば何でもいいから別に聞かなくても──。」
言い返すと食い気味に
「確かにそうだ。だが、苦手な味覚くらいはあるだろ。俺はそれを聞きたいんだ。」
と、言われた。苦手な味覚…そう言われれば、そんな事考えた事なかった、いやむしろそんな事を考えている暇など無かった時が多かった。だから店に行けば大体目に付いたものの中からテキトーに選んだり昼休憩とか家にいる時とか基本は栄養補助食品で済ませたりしていて、味についてはいつも頭に無かった。
「苦手な…。…聞かれたって分かんねぇよ。今まで、んな事考えて選んだ事ねぇし。それに…、苦手なんだよ、そういうの。上手く言えねぇから。」
そう素直に言うと
「上手く言おうとしなくていい。箇条書きな言い方でも構わない。ゆっくり、貴方のペースで伝えて欲しい。貴方の、恋人の嫌がる事はしたくないからな。」
なんて柔らかな声色と表情で言われた。そう言われると、なんだかむず痒くて顔を逸らしながら「そうかよ」と消え入る様な声で返すと「あぁ」と言い、言葉を続けた。
「だから教えて欲しい。貴方が"苦手だ"、"嫌だ"と思った味覚はなんだ?」
改めて聞かれ、今度はちゃんと考え込んで記憶を辿りながら答える。
「…苦手、じゃねぇけど…。あんまり甘かったりしょっぱかったりすんのは、ちょっと…何ていうか、食うのが辛かった、かも…。」
ポツポツと答えると、相槌を打ちながら聞いて言い終わると嬉しそうに頷いた。
「あぁ、承知した。答えてくれて感謝する。」
礼を言われて「お、おう」と答える。
「なら…和食か、パン類か。」
と、呟いて顎に手を当てて考え込む。ここからの距離と、俺が答えた苦手な味覚を元に候補を絞っているのだろう。確かにコイツなら、俺なんかよりこの辺の地理にずっと詳しい。詳しいのはスイーツの事だけじゃねぇんだなぁ、とちょっと思ったりして思考の邪魔をしない様に小さく笑った。
「…なんだ?」
やべ、バレたか?
「んや、別に。」
と、ちょっと誤魔化す。
「そうか。…それより、条件に合う店を見つけたから着いて来い。」
下手に誤魔化したので拾われると思ったが、スルーされたのでちょっと胸を撫で下ろす。
「おぉ、分かった。」
そう返すとブレイブが方向を変えて歩みだし、俺も同じ方向を向いてブレイブの1歩後ろを歩く。
「んで、どこ行くんだ?」
「うどん屋だ。今から行く店のは、麺の固さが程よく出汁が美味い。」
「ほぉ、そりゃ楽しみだな。」
お前と一緒なら、どこへだって構わないって、そう思ってたのに。ブレイブはそう思って無かった。俺を、大切に思ってくれてるんだな、って思うと恥ずかしくて照れるというか、凄く嬉しいというか…。なんだか柄にもなく浮き足立ってしまいそう。
俺も、目の前を歩く恋人の事を、ゆっくりと知っていきたい。

8/8/2023, 12:10:14 PM

"喋よ花よ"

満月の夜、綺麗な月光に誘われる様に戸棚からフルートの入ったケースを取り出し外に出て月を見上げる。
「…。」
あまりの美しさに息を飲む。しばし見上げてケースの蓋を開けフルートを取り出す。月光に照らされ、昼間とはまた違う輝きを放っている。演奏する曲はこの前ニコに「今度はこの曲やって!」とリクエストされてフルートに編曲した曲。あの演奏会で味をしめたのか、凄くしつこく言ってきて大変だった。まぁ俺自身、曲をフルートの音域に編曲するのが楽しかったのと人前で演奏する事の楽しさを覚えてしまっていたので断る理由はなかったが──なんて言ってやる義理は無いし恥ずかしいので言いたくない──。
曲名は"全ての人の魂の詩"。まだまだ試作中で所々若干荒削りな所はあるが、月光に照らされた時自然とこの曲をやりたくなった。フルートに口を当て構える。そして音色を月に捧げる様に奏で始める。

最初の伴奏、運指が結構大変だがここを奏でるフルートの音色が好きで編曲そっちのけで演奏する事がしばしば。
そしてボーカルメインのメロディになる。常に高音域でロングトーンだから息継ぎが大変。原曲を聴いている時もそうだが、演奏していると周りの温度が少し下がった感覚になる。…別に、お、お化けが寄ってきたりしてる訳じゃ、ねぇ…よな…?急に怖くなって頭を振る様に体の向きを90°変えて演奏を続ける。薄らと目を開けると地面に1輪、月光に揺れながら咲いている。恐怖感が和らいだのか少し頬が綻んで月に向き直る。そしてこの曲で1番高音のロングトーン、いつも苦しいが難なく突破して綺麗な高音をキープしながら間奏へと音を繋げ奏でていく。
間奏での運指も中々に大変だがイントロとほぼ同じだからイントロと同じ感覚で音を繋げていき、再びメロディを奏でる。
大丈夫、もう怖くないから、さっきはありがとう。先程の花に向けて心の中で言いながら、メロディラインをなぞっていく。今度は月だけでなく、先程の花にも向けて奏でる。すると気の所為か、自然と音が伸びやかに高らかになった様に思った。Aメロと同じ様に演奏しているつもりなのに。不思議に思いながら、高音のロングトーンを繰り返していく。そして再び1番高音のロングトーンを、今度は気持ち高らかに奏でる。その後も高らかに1音1音、ラストまで繋いでいく。

「…ふぅ。」
フルートから口を離して一息吐く。再び月を見上げると、何となく最初に見た時より一際輝いて見えて、先程の花を見るとさっき見た時よりも美しく見えた。まるで月と花の喝采を浴びているようになり胸がいっぱいになった。
少し肌寒くなってきて少し身震いする。心の中でお礼を言いながら中に戻った。



次の日の朝、起き抜けに窓を開けると一匹の蝶が俺の顔の前を飛んで来て、何となく人差し指を向けるとその指に蝶が止まった。まるで月が使いを呼んで、昨日の演奏のお礼を伝えに来たみたいだ、なんて朝っぱらからファンタジーな妄想をしている自分を心の中で笑っていると、人差し指に止まっていた蝶がヒラヒラと飛んで行った。その優雅に空を舞う姿に顔が綻び、朝の支度をしようと窓から離れた。

8/7/2023, 10:56:24 AM

"最初から決まってた"

運命なんて残酷だ。今思えば、医師免許を剥奪されて無免許医になるなんて、あの時に決していたのだ。"運命は神のイタズラ"…本当にその通りで反吐が出る。アイツは、俺の思考傾向なんて全部お見通しだった。だから手の平の上で踊らされて、"悲劇のヒーロー"になった。
『あぁなる運命だったと言うのなら、俺は医者を目指さなきゃ良かった?』…そんな事思いたくないし考えたくもない。医者を目指したのは俺が"なりたい"と自分で決めて目指した夢だ。『じゃあ、変身して戦う事を決めたのは?』んなの簡単、友人を救うため。牧を傷付けたのは、変身して戦うのを断ろうとしていた俺のせいで、その贖罪もある。その選択が今でも間違ってたなんて思わないし、誰に言われても思いたくない。『ならあの日、上司の命令に背いて向かい挑んだのが…間違いだったの?』んな訳ない。せめて"目の前の出来事を見ず、上からの命令に大人しく従った自分"にはならなかった。逃げれば、絶対後悔してずっと引き摺ってたし、そんな自分を誰が許そうとも一生俺自身が許さず俺自身を嫌いながら生きていた。自分を嫌いながら生きるのはとても辛い。それまでの、放射線科医として働いてた時の患者の中に何人か、自分が嫌いと苦しんでいるのを見て来て、その辛さを痛いほど知っているから。それに、目の前で苦しむ患者がいるのに我が身可愛さに放っておける医者なんているはずない。いや、医者でなくとも、苦しんでいる人を見て、放っておける人間なんていない。
俺は…俺の心を、俺の正義を貫いてきた。俺の思う正しい道を選んでここまで来たんだ、後悔なんて無い。誰に否定されても構わない…せめて俺は、俺自身を否定したくない、そうやって道を選んで来たんだ。肯定されなくてもいい…今度は、あの時の俺がいたから今の俺がいるって事を証明したい。誰にも"間違いだった"なんて言わせない。これからも、俺が心から信じる道を、行く為に。
だからその為にもう一度、一緒に戦ってくれ。

8/6/2023, 12:01:55 PM

"太陽"

俺は希望を夢見てはいけない、光を望んではいけない、俺の周りを見渡せば絶望が広がっているだけ、だから俺は闇の中で生きていく。あの時からそう思っていた。

それを、長い年月が経ち出会った、自分より年下のアイツらに覆された。光を望まず拒み、怖くても闇の中を彷徨っていた俺にアイツらは絶えず構わず俺に歩み寄って来た。何度拒んだとしてもそれでも歩み寄って来て、俺が離れてもアイツらはその分俺に寄って来た。俺とは相容れない、光の中を生きているアイツらに何度言っても離れても無駄で、逆に闇の中に入って来た。「何故」と聞くと「俺を知るため」と言って入って来た。ただ暗くて怖いだけの闇なのに、何を知るというのだ。闇なんてもの、知ったところでどうする。意味が分からない。そう呆れているとアイツらが言う。
闇は拒まず全てを受け入れ、包み込んで安らぎをくれる、と。また意味が分からない、一瞬そう思ったがよく考えてみると、この闇は俺が望んで踏み入れた、闇はそれを拒まず何も言わずに俺を受け入れ、酷く傷付いた俺を包み込んで癒してくれていた。何回か、絶望の中で光を見出した者を見た。闇はその者を追わず、逆に祝福している様だった。その時は分からなかったがようやく分かった。闇はいつも、来る者拒まず去るもの追わず、全てを受け入れ包み込み心の安寧をくれる。そして、現状を打破し再生する未来を望む者を祝福し優しく見守る。そう考えていると、「まるで月の様だな」と勝手に口が動き声帯を揺らした。それをアイツらは聞き逃さなかった、アイツらは頷き「俺の様だ」と言葉を繋げた。「ただの暗闇だと周りがよく見えない。暗闇を優しく柔らかく照らす光を持つ俺は月の様だ」とも言ってきた。「俺なんかが光を持っている訳が無い」そう否定すれば「闇の中でも優しい光を纏っていたから、恐れずにここに来る事が出来た。」と言われた。俺を道標にして来ただと?、なんだかむず痒い。それに、たとえ俺が光を纏っていたとしても、そこまでの光では無いはずだ。「光は太陽だけじゃない、月も光。ただの闇でも周りをよく見れば、どんなに弱くとも、小さくとも標となる光がある。」そう言われ、またむず痒くなった。けど、こんな俺でも先導する光を持っているというのなら、
お前らを勝利へ、更なる希望へと導く。そう高らかに言ってアイツらの手を取った。

現状を活かし延長としての未来を夢見た光を持ち、どんな頼りない光でも掴んで進む力に変え前へと進んで来たアイツらに。今度は俺が、現状を打破し再生する未来を望む闇を持つ俺が先導しアイツらに希望と未来を。先導する者としてまだまだ頼りないかもしれないけど、アイツらが道を間違えず進めるように優しく照らし支えよう。

8/5/2023, 11:43:43 AM

"鐘の音"

バグスターを倒した後それぞれ帰路に着き、俺も帰ろうと踏み出した時
──ゴーン、ゴーン
という重厚感のある高音が遠くから聞こえてきた。この方角は…あの時計塔か。幼い頃に1度だけ訪れた事のある大きな広場、そこに聳え立つ大きな時計塔が浮かんだ。あの鐘の音が聞こえたという事は、あの広場があるのはこの辺りだったのか。少し懐かしくなって鐘の音がした方に向かって歩いていく。
懐かしいな、全然変わってない。この広場で遊んだ記憶は薄らとだが、広場にある遊具や草木は記憶の中のこの広場と何ら変わってなかった。見て回るとポツポツとあの頃の記憶が蘇ってきて、自然と顔が綻んでしまう。少し見て回った後広場の少し奥まった所に聳え立つ、目的の時計塔に向かって歩いた。
高さはビルの3階分に相当するだろうか、しっかりとした土台で立ちレンガ造りのレトロな外観で周りの木と同じくらいの高さの所に大きなアナログ時計が嵌め込まれ、塔の最上部には黄金色に輝く大きな鐘がぶら下がっていた。
この時計塔は鮮明に覚えていた。大きくて広場に立つ姿がどっしりと構えている様で、時間になると綺麗な音を遠くまで届けて、まるでここの広場の守り神みたいだな、とちょっと憧れてた。こんな大人になりたい、と漠然とした夢。そこから医者に変わってった。この時計塔は俺の夢の原点だった。
「…俺、なれてたかな?、あの時、この時計塔に憧れて見た、理想の大人に…。」
僅かに震えた声で小さく呟く。その後に夢見た医者にはなれたが、自分の力不足で二度と医者として胸を張って進むことが出来なくなった。だから、もし医者になった、更に向こうで成せるのが最初に夢見た"理想の大人"だとしたら、もう二度となれないかもしれない。そう思うと不意に鼻の奥が、ツン…と痛んで思わず時計塔を見上げていた顔を下げて、時計塔から体ごと背ける。なんだか空気が重くて苦しくて、早くこの場を立ち去りたくなった。
もう帰ろう…。そう思って目を開けると、花が視界の端に入った。その花に目を向けてよく見ると青紫色の花弁を、1輪にあの時計塔の鐘のような形で5〜6枚開いて咲く、とても綺麗な花。名前の知らない花だが、なんだか、語りかけられている様な、鼓舞されている様な…。何と語りかけられているのかは分からないが、何かを感じ取って自然と背筋が、ピンッと真っ直ぐになり、胸を張るよう腕を体の真横に伸ばし、視線が上を向いた。なんだかまるで時計塔に叱られたような気分だ。懐かしんでいたと思ったら、急に辛気臭い顔になって背を向けた俺を見て『しゃんとしろ』と。
こんな歳になっても叱られる事があるのか、しかも人じゃない何かに。そう思うと、さっきまでの自分が情けなく同時に少し可笑しくなって、ハッと乾いた笑いが漏れた。背を向けた時に感じた重苦しい感覚は無くなって、今度は堂々とした軽やかな足取りで時計塔の前を、この広場を後にして今度こそ帰路に着いた。
完璧でなくてもいい。あの時夢見た"理想の大人"に、1歩でも近付くのだ。1歩ずつ、着実に。今度は胸を張って再びあの時計塔に、"夢の原点"に会いに来るために。

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