ミミッキュ

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"喋よ花よ"

満月の夜、綺麗な月光に誘われる様に戸棚からフルートの入ったケースを取り出し外に出て月を見上げる。
「…。」
あまりの美しさに息を飲む。しばし見上げてケースの蓋を開けフルートを取り出す。月光に照らされ、昼間とはまた違う輝きを放っている。演奏する曲はこの前ニコに「今度はこの曲やって!」とリクエストされてフルートに編曲した曲。あの演奏会で味をしめたのか、凄くしつこく言ってきて大変だった。まぁ俺自身、曲をフルートの音域に編曲するのが楽しかったのと人前で演奏する事の楽しさを覚えてしまっていたので断る理由はなかったが──なんて言ってやる義理は無いし恥ずかしいので言いたくない──。
曲名は"全ての人の魂の詩"。まだまだ試作中で所々若干荒削りな所はあるが、月光に照らされた時自然とこの曲をやりたくなった。フルートに口を当て構える。そして音色を月に捧げる様に奏で始める。

最初の伴奏、運指が結構大変だがここを奏でるフルートの音色が好きで編曲そっちのけで演奏する事がしばしば。
そしてボーカルメインのメロディになる。常に高音域でロングトーンだから息継ぎが大変。原曲を聴いている時もそうだが、演奏していると周りの温度が少し下がった感覚になる。…別に、お、お化けが寄ってきたりしてる訳じゃ、ねぇ…よな…?急に怖くなって頭を振る様に体の向きを90°変えて演奏を続ける。薄らと目を開けると地面に1輪、月光に揺れながら咲いている。恐怖感が和らいだのか少し頬が綻んで月に向き直る。そしてこの曲で1番高音のロングトーン、いつも苦しいが難なく突破して綺麗な高音をキープしながら間奏へと音を繋げ奏でていく。
間奏での運指も中々に大変だがイントロとほぼ同じだからイントロと同じ感覚で音を繋げていき、再びメロディを奏でる。
大丈夫、もう怖くないから、さっきはありがとう。先程の花に向けて心の中で言いながら、メロディラインをなぞっていく。今度は月だけでなく、先程の花にも向けて奏でる。すると気の所為か、自然と音が伸びやかに高らかになった様に思った。Aメロと同じ様に演奏しているつもりなのに。不思議に思いながら、高音のロングトーンを繰り返していく。そして再び1番高音のロングトーンを、今度は気持ち高らかに奏でる。その後も高らかに1音1音、ラストまで繋いでいく。

「…ふぅ。」
フルートから口を離して一息吐く。再び月を見上げると、何となく最初に見た時より一際輝いて見えて、先程の花を見るとさっき見た時よりも美しく見えた。まるで月と花の喝采を浴びているようになり胸がいっぱいになった。
少し肌寒くなってきて少し身震いする。心の中でお礼を言いながら中に戻った。



次の日の朝、起き抜けに窓を開けると一匹の蝶が俺の顔の前を飛んで来て、何となく人差し指を向けるとその指に蝶が止まった。まるで月が使いを呼んで、昨日の演奏のお礼を伝えに来たみたいだ、なんて朝っぱらからファンタジーな妄想をしている自分を心の中で笑っていると、人差し指に止まっていた蝶がヒラヒラと飛んで行った。その優雅に空を舞う姿に顔が綻び、朝の支度をしようと窓から離れた。

8/8/2023, 12:10:14 PM