ミミッキュ

Open App
8/4/2023, 12:38:15 PM

"つまらないことでも"

「…。」
日が傾き始めた頃、居室の戸棚の奥にしまわれていた埃の被っていない黒い箱をいつもの様に取り出し、部屋を出て聖都大学附属病院へと向かう。
箱の中身は、金色に輝くフルート。数年前から使っているというのに、未だに綺麗な輝きを纏い綺麗な音色を奏でる。それは手入れを欠かさず、ずっと大切に扱ってきている持ち主へのお礼の輝きと音のよう。だが肝心の持ち主は奏でる事を『つまらない』と思いながら音を奏でていた。つまらないと思う様になったのは、大学に入った辺りから。それまでは勉強に行き詰まったり疲れて頭に何も入ってこなくなると、頭を空っぽにするために箱からフルートを出して自分でフルートにアレンジしたテキトーな曲を奏でていた。だが小さい頃からの夢だった医者になるための第1歩、医者になる確実な道を踏み出すと勉強に行き詰まる事が無くなった。いや、どんなに難しい単語が出てきても、どんなに難しい病名が出てきても、それを学ぶのが楽しくて苦になる事が無くなった。勿論それまでずっと毎日のように奏でていた訳だから1回でもフルートに触り奏でないと落ち着かなかった。けれど丸々1曲吹くことはなく、いつもワンフレーズのみだった。無免許医になってからは、環境の変化や人間関係で心がザワザワする事がほぼ毎日だったので、夜中にフルートを取り出し吹いて心を落ち着かせていたが吹いてはいたが、やはりつまらなかった。
聖都大学附属病院の正門前に着き中に入る。入るとエレベーターに乗り込み最上階のボタンを押して上がる。何故今フルートの入った箱を持ってこの病院の屋上に向かっているのか、答えは簡単。患者のせい。
数週間前、居室の掃除をしていた時に戸棚の中の箱を取り出した所をニコに見られた所から始まった。最初は「開けろ」だの「見せろ」だの五月蝿く、仕方なく箱を開けて中のフルートを見せると今度は「吹けるのか」と聞かれた。持っているのだから吹けて当然だと答えると「じゃあ吹いて」と言われ、今まで人前で吹いた事がなかったので「嫌だ」と断るとしつこく「吹け」と言われた。もうこうなったら何言っても無駄だと思い観念して「好きにしろ」と答えた。後は知らん。アイツが何か言ってきたのは分かるが、掃除の途中だったのでそれ所じゃなくテキトーに返事をしたらこの病院の屋上でいつものメンツを集めて演奏会を開くことになった。
思い返しているとエレベーターが最上階に着いた。扉が開き、屋上へと繋がる階段を登り扉を開く。観客はもう既にヘリポートに座り待っていた。扉が開く音に気付き、俺の姿を認めると「主役の登場」やら何やら訳の分からん事を言いながら拍手する。少し頭痛を覚えながらヘリポートの中央へ歩みを進め、夕日のスポットライトを背後に位置に着く。ここまで来たらもう、やる事はただ1つ。曲を奏でるのみ。その場にしゃがみ込み箱を開けていつもの様な手付きで中のフルートを取り出す。フルートが夕日に照らされいつもより強く輝いている。その輝きを見つめながら立ち上がり、構える。俺が構えると、先程までの騒がしさが嘘のように静寂が降りる。
曲は、前にニコがやっていたゲーム音楽。ゲームをやっているのを横目に作業をしていたが、その曲が流れた時手が止まってその曲に聞き入っていた。後にその曲名を聞いて調べて、改めて聴いた。この曲をフルートで奏でてみたい、初めてそう思った。編曲なんてやった事ないから試行錯誤しながらフルートにアレンジし、出来てから何度も奏でていた曲。人前での演奏は今でも不安で仕方ないが、この曲を聴いて欲しい、ただその気持ちを乗せて奏でようと胸に決めてここまで来た。
スゥ…。大きく息を吸って、曲を奏でていく。音を出す度に心が凪いでいき、指が自然と次の音を鳴らす為の場所に動き、音が繋がってそれが小節となり、それがワンフレーズ、そして曲となる。
曲名は"Last Surprise"。奏でていると心が弾んで体が勝手に動く。この曲はゲームの戦闘曲らしく、心が弾み体が動くのはそのせいだろう。

イントロから、もう体が揺れ動く。イントロを奏でているといつも楽しく弾むが、音が走ってしまわないよういつも気を付けている。今回も音を走らせないよう細心の注意を払い、自分の中のリズムを聴きながらイントロを奏で、Aメロへと入る。
Aメロではボーカルメインの音運びになるため、脳内の片隅にボーカルの声を再生しながら奏でていく。原曲はアレンジしている際に何度も何度も聴いていたので、歌えるほどに覚えている。今にも歌い出したくなるのをいつもの様にグッと堪えながら奏でていつもの様に気を抜かぬ様に奏でて、やがてAメロのサビに入る。難関はサビに入ってすぐの低音からの高音のロングトーン、サビでの1番の盛り上がりなので慎重になるが、1コンマでも奏でるペースを落としてはいけない。そこを乗り越えれば、再び歌うようにサビを奏でていく。サビが終わるとBメロへと繋がる間奏、この間奏すらも奏でていると体が揺れ動いてその気持ちのままBメロに入る。
Aメロとようにボーカルメインのメロディラインで音もAメロと同じ並びだが微妙に違ったり、またAメロより少し長いメロディで、ここもやはり気が抜けない。
そしてBメロのサビへ、サビは全く同じ音の並び。再び入ってすぐの難所を突破し、リズミカルに奏でていく。間奏も先程と同じ音で、Cメロへと丁寧に繋げていく。
そしてCメロ、これまでとは全く違うメロディラインでこれまでの弾んだ心を落ち着かせて少しスローダウン、そして最後のサビへと向かう。俺は個人的にこのCメロが好きだ。だからどのメロディよりも丁寧に心を込めて音を紡いでいく。
スローダウンした事により、最後のサビでこれまで以上の音の盛り上がりを出す。曲名に相応しい盛り上がりを3度目の難所を難なく乗り越えながら見せると後はその弾む心のまま、曲の終わりまで音を奏で繋いでいく。
そしてアウトロに入る。少々名残り惜しいが、最後の最後まで丁寧に丁寧に奏でていく。

曲が終わり、目を開けフルートから口を離して顔を上げる。ワァッと今まで感じた事の無い拍手喝采が押し寄せた。夕日のスポットライトを背後にフルート奏者よろしく丁寧にお辞儀をして、恥ずかしさに顔を伏せる。心臓はドクドクと、五月蝿く鼓動を鳴らす。だが同時に、やりきった達成感による喜びが湧いてくる。フルートを奏でて、こんな気持ちになったのは初めてだった。それと人前で吹く事など初めてのはずだったのに、何故かどこか懐かしかった。それはきっとあの頃までと同じように、奏でる事を「楽しい」と感じたからだ。
どうしようかとずっとずっと考えながらも奏でる事を止めずにいたフルートを、自分から進んで奏でたいと思う曲に出会い、その曲を今更初めて人前で奏でて、こんなにも『楽しい』と思う事になるなんて、夢にも思わなかった。
また奏でたい、今度はどんな曲をコイツらの前で奏でよう?頭の中はそんな考えでいっぱいだった。
そんな事を考えながら顔を上げ、今度は観客との会話に言葉を弾ませた。

8/3/2023, 11:01:50 AM

"目が覚めるまでに"

大我の手術後、ずっとソワソワしていた。
俺に切れないものは無い。無論、自分が執刀医として彼の手術を施したのだから、何の心配もない。いつも通り行えていれば、何も心配することは無い。だが状況が状況で今まで感じた事の無い、あの精神状態の下で施した手術というイレギュラーだ。、完璧に出来たとしても『それでも不完全だ』と残酷な形で告げられる。残酷な結果が下される可能性を示唆する様な考えが頭の片隅にチラつく。
それに大我は俺の恋人だ。外科には"身内の執刀をしない"という暗黙の了解が存在する。恋人というのは"身内"には入らないが、俺にとって大我は身内同然に思っている。
だから大我が目を覚ますかどうか、自分ですら不安で落ち着かない。落ち着かないから何度も何度も彼の横たわるベッドに足が向く。その度に確認したバイタルはいずれも正常値を示していて、胸を撫で下ろし部屋を出て自分の居るべき場所に戻る。ずっとこの繰り返しだ。このままいけば数時間後には目を覚ますだろう。それを信じて、彼が目を覚ます前にこのザワザワした気持ちを落ち着かせなければ。幸い予想した時間までは充分に余裕がある。
──その間にどうにかして心を落ち着かせて、彼の目覚めを待とう。
そう思うと脳裏に中庭の花壇が浮かび、足も自然と中庭を向いた。

中庭に着き、花壇に近付く。最後に見たのとは別の花が植えられていて、季節が移り変わったのを感じ胸がジクリと痛んだ。
花壇の前でしゃがんで花を見る。朝露を纏ってキラキラと輝きながら花弁がそよ風に揺れている。その綺麗な様に心が少しずつ凪いでいき、口角が僅かに上がる。
少し見惚れてしまった。立ち上がり戻ろうと身を翻し1歩踏み出すと、突然黒い蝶が現れてヒラヒラと優雅に舞いながら花壇の花の上に止まった。舞い踊る姿は優雅で自然と目で追ってしまう程美しく、黒い羽は角度によって違う色の光沢を放っていてまた美しかった。ふと、その羽に見覚えがある気がして記憶を遡る。その答えはすぐに分かった。
──あの人の髪だ。
大我の髪は動く度、サラサラと風になびく度に違う色の光沢を放つ。濡れ羽色で、数房混じった白髪すらも美しい髪。記憶を反芻していると、
──あの人が元気になったら、この花壇に連れて来よう。
ここの花達をしゃがんで見る大我の姿を想像する。その横顔は、優しさに溢れた素敵な微笑みを浮かべていた。すると想像の中の大我はこちらを向いて「綺麗だな。」と言う。
急に早くあの人に会いたくなった。再び身を翻し、踏み出す。あの人はまだ意識の海の中を漂っているだろう、それでも早くあの人のいる病室へと足早に1歩、また1歩と前に動かしていく。
少し前までわだかまっていた悪い想像など、とうに頭から消えていた。

8/2/2023, 11:36:26 AM

"病室"

緩々と瞼を持ち上げる。カーテンを見ると、窓の外の太陽の光を吸い込んで柔らかく光を乱反射していた。
──今何時だ…?
すると扉の外から、コンコンコンと小気味良いノック音と飛彩の「失礼します。」という声が聞こえ、数瞬後控えめな音を立てながら少し開けてベッドの上に横たわる俺を見た。俺は「…んお。」と声を上げる。俺が目を覚ましているのを確認すると大きく扉を開けて入ってきた。
「やはり早いな。」
応えようと酸素マスクに右手を伸ばすと、手首をを捕まれ制止させられた。
「何度言わせる。そんな事せずとも、貴方の声は聞こえるし一言一句逃さぬようしっかり聞いている。」
そう言われ、捕まれた右手の力を抜く。力を抜いたのが伝わったのか、飛彩も俺の手首を捕んでいた手を離す。
「まぁな。年取ると目覚めが早ぇんだよ。」
などと揶揄すると飛彩が顔を顰め、言い返してきた。
「5歳しか違わないだろ。それに先の声、『ついさっき起きたばかりです』と言いたげな声色だったぞ。」
「う…。…随分と言うようになったじゃねぇか。」
意外な返しをされた。その上図星を突かれた。人の事をよく見て聞いていやがる。
「当然だ。そうでなければ貴方の恋人は名乗れないからな。」
──こいつやっぱり食えねぇヤツだ。
恋人になる前から分かっていたが、ここまで食えないヤツとは思っておらずさっきの様なやり取りをする度に驚く。
「そんな事は置いて、体温計。あと人差し指出せ。」
そう言って机の上に置いてあった体温計の中身を取り出し俺に差し出してきた。受け取るとポケットから酸素飽和度測定器を取り出す。左人差し指を差し出して酸素飽和度を測定する。体温より早く酸素飽和度が出た。挟んでいた指を離し、液晶に表示されたパーセントを見る。
「99%だ、もう外していいぞ。」
「はぁ、やっと外せた…。」
そう言いながら酸素マスクを外して飛彩に手渡すと今度は体温計が鳴った。
「どうだ?」
「…心配せずとも、平熱ですよ。」
わざとらしい敬語で返しながら体温計を手渡す。液晶の数字を見て僅かに肩を落とした。
「この分なら近々…、早くても昼頃には病室移動できるな。」
「そうか。」
と、一言だけ返すと不意に顔を近づけてきて、唇を奪われた。
「おはよう。」
おはようのキスのつもりだったのか、離れると柔らかい声色でそう言われた。驚いて一瞬反応が遅れたが
「…おはよう。」
と挨拶を返す。
──こんな恥ずかしい事を平気な顔でしてきやがって、やっぱり食えないヤツ…。まさか入院している間、毎朝こんな事されるのか?
と、恥ずかしがりながらそんな事を考えているとカーテンが大きな音を立てて開かれる。一瞬眩しさに目を細めるがすぐに慣れて、窓の外を見る。綺麗な青空が広がっていて、あまりの綺麗さに見蕩れてしまう。
「そろそろ行く。…ではまた後で。」
ハッと我に返り、扉の前に立つ飛彩を見て言葉を返す。
「あ、あぁ。…"行ってらっしゃい"。」
さっきのお返し、と俺も恋人らしい振る舞いをする。目を見開き驚いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて
「あぁ、"行ってきます"。」
そう言って部屋から出て扉を閉めた。扉が閉められた後、思わず「はぁ〜っ」と大きな溜息を吐いた。サラリとされた言動の、あまりの恥ずかしさに早く退院したくなった自分と、恋人の様な事が出来てあまりの嬉しさにこんな時間がずっと続けばいいのに、と思う自分がいて、心の中が相反する感情でグチャグチャになり、
「あぁーっ!!」
と、声を荒らげながら頭を掻き乱す。

8/1/2023, 2:40:15 PM

"明日、もし晴れたら"

空が濃いオレンジ色に染まる夕方、病院の中にあるちょっとした休憩所で2人、テーブルを挟んで座り紙コップに満たされたコーヒーを片手に話をしていると、
──ゴロゴロ…。
遠くの方で雷の音がした。と、思ったら数十秒後再び雷の音がする。
「音がさっきより少し近いな。」
窓の外の空を見上げながら感想を述べると、向かいに座る大我を見る
「…。」
と、明らかに顔が強ばっていた。肩もいつもより少し高く、テーブルの上をジッと見つめたまま体を固くしている。
「…雷が怖いのか。」
そう聞くと顔を、バッと上げて
「はぁ!?別に、怖かねぇし。」
図星だな。声が明らかに震えていて、語尾も分かり易い程に上擦っている。こういう時くらい素直になればいいものを…。
などとやっていると、また雷が鳴った。やはりさっきより近い。遠くの、雷の鳴った方の空を見ると曇天が広がっているだけで、雨が降っている様子は無い。幸い大我が雨に打たれて体を冷やす事はない、が。天気予報のアプリを開いて確認すると、この辺りでは今日の夜中から明日の深夜にかけて落雷の予報が表示されていた。
──ゴロゴロ。
先程より一際大きな雷が鳴った。
「〜ッ!!」
先程よりも体を縮こまらせ、目を固く閉ざしてフルフルと震えている。コーヒーを飲もうとしていたのかテーブルの上の、まだコーヒーが半分以上残っている紙コップを持ち上げる事なく握ったまま固まっている。大我が震えている事で紙コップの中のコーヒーの表面に波紋が短い間隔で広がっている。
震えが止まらないまま紙コップを握るその手に、腕を伸ばし自身の手を重ねる。大我が、先程まで固く閉ざしていた目を見開き、バッと顔を上げる。手や肩の震えは止まったものの、その表情はまだ強ばっていた。どうにかして気を紛らわせてあげなくては。
「明日晴れたら、花壇の花達を見に行こう。」
提案すると、大我は「え?」と言う様な顔で見つめてきた。
「以前見に行った時に、まだ蕾だったのがあっただろう?明日、その花が咲いているか見に行こう。」
「あ、あぁ…。そう、だな。」
返事の歯切れは悪いが、力が幾らか緩んで表情も少し柔らかくなった。
「一体どんな花を咲かせているんだろうな?」
そう問うと大我は小さく、ハハッと笑う。
「気が早ぇよ、まだ咲いてるかどうかも分かんねぇのに。」
「…そうだな。」
──良かった。いつもの貴方に戻った。
そう思いながら大我の言葉に返事をする。もう先程までの、恐怖で縮こまり強ばっていた大我の姿はどこにもなかった。すると「えっと…。」と小さく声を漏らした。「どうした?」と聞くと恥ずかしそうにモゴモゴと応えた。
「その…、手…離せよ…ここ、公共の場…。誰か来たらどうすんだよ…。」
そういえば大我の手に手を重ねたままだった。
「あぁ、そうだったな。済まない。」
そう言って、手をそっと離す。離すと、握っていた紙コップを持ち上げ、コーヒーをズズ…と小さく音を立てながら啜る。小さく辺りを見回すと自分たち以外に人がいなかった。誰かに見られてはいないようだった。それにここは人通りの少ない廊下に面している場所だ。通りがけに見られた、という事もなさそうだった。
「そういう問題じゃねぇよ。人が少ねぇからって、一応、公共の場なんだからよ…。いい加減弁えろよ。いつまでもそんなんだったら、いつかボロが出んぞ。まぁ、隠してる訳じゃねぇけど…。」
と、俺の思考を読み取ったかのような言葉を口にする。やはり貴方には敵わないな、と感心する。
「そうだな、配慮が足りなかった。同性同士の交際を良く思わない人もいるだろうしな。」
そう言葉を返すと大我は「そうだけどよ…。」とまた口ごもらせながら呟く。
「"だけど…"、何だ?」
「拾うなよ…。その、ただ…単純に、恥ずいんだよ。…人通りのある場所で、あぁいう事されっと…。」
恥ずかしそうに頬をほんのり赤く染めながら応える。その姿が、いじらしく可愛い。
「んだよ。なんか碌でもねぇ事考えてんじゃねぇだろうなぁ?」
あぁまずい、機嫌を損ねてしまった。
「いや、済まない。そうでは無くて、な。…幾らかは紛らわせられたか?」
ここまで話している間にも何度も雷が鳴っていて、その音も少しずつ大きくなっていた。そう聞いてすぐ後にも雷が1つ鳴った。だが
「あぁ…。まぁ、何とか…な。」
そう応え、小さく「ありがとよ。」と礼を言ってきた。もう恐怖に怯える大我は居なくなった様だ。
「そうか。…明日、楽しみだな。」
そう聞くと大我は柔らかく、フワリと微笑みながら
「あぁ、そうだな。綺麗に咲いてるといいな。」
と応えた。いまだに鳴る雷の音を聞きながら、恋人の1番好きな表情を目に焼き付けていた。

7/31/2023, 11:04:14 AM

"だから、1人でいたい"

俺はずっと1人だった。あの時から5年間、ずっと1人で生きてきた。だから1人でいる事に慣れていて、1人で過ごすのが当たり前で、俺は1人でいなきゃダメだ、と自分に呪いのような言葉をかけていた。

アイツらと共闘するようになって、戦闘以外でも顔を合わせる様になって、もうどの位経ったのだろう。1人では出来ない事が出来る様になって、1人では分からなかった事も分かる様になって、1人では得られなかったものが得られる様になっていって、"1人じゃないのは心強い"と普通なら思う。けど俺はそれよりも、1人だった時は簡単に出来た事が出来なくなったり、1人だった時はすぐに動けたのに動けなくなったりと、ずっと1人だったのが急に1人じゃなくなった事の弊害の方が俺にはとてつもなく大きく辛いものに感じた。
それに1人の時なら悩まなかった事も1人じゃなくなったらモヤモヤとずっと迷って悩む事が、共に過ごす相手が増えるほどに多くなってきて、胸の奥がモヤモヤするのがほぼ毎日になってきて、辛い。
今までなら悩まなくて良かった事も悩むようになって更に辛い。"1人では見られない景色"もあるが、"1人でなきゃ見られない景色"も同時に存在する。"1人では出来ない事"も、"1人でなきゃ出来ない事"もある。俺は今まで"1人でなきゃ見られない景色"と"1人でなきゃ出来ない事"、そんな道を選んで進んできた。だから、"1人ではなくなった"のが俺にとってはどんな苦行よりも辛かった。
それに、俺は昔から誰かといると感情を声にできず飲み込んで溜め込むクセがあるから、自分の思いを言葉に出来ない場面が増えて、夜1人になって酷く悩んで眠るのがしんどい事もある。
1人じゃないのはいい事かもしれない、けれど俺には1人の方が気が楽で、1人の方が辛い思いをせずに済む。それに1人ではないと周りが、華やぎに馴染めない俺の心を無視して輝かしい明日を推奨してくる。それがとてつもなく辛くて苦しくて、痛い。
俺は今でも充分だし、生きる事になんの支障もない。だから何もいらない、俺に何もくれるな、俺に辛い思いをさせるな、俺をこれ以上苦しめないで。

せめて俺を、また1人にして。1人がいい…。1人で、いさせて…。

Next