"病室"
緩々と瞼を持ち上げる。カーテンを見ると、窓の外の太陽の光を吸い込んで柔らかく光を乱反射していた。
──今何時だ…?
すると扉の外から、コンコンコンと小気味良いノック音と飛彩の「失礼します。」という声が聞こえ、数瞬後控えめな音を立てながら少し開けてベッドの上に横たわる俺を見た。俺は「…んお。」と声を上げる。俺が目を覚ましているのを確認すると大きく扉を開けて入ってきた。
「やはり早いな。」
応えようと酸素マスクに右手を伸ばすと、手首をを捕まれ制止させられた。
「何度言わせる。そんな事せずとも、貴方の声は聞こえるし一言一句逃さぬようしっかり聞いている。」
そう言われ、捕まれた右手の力を抜く。力を抜いたのが伝わったのか、飛彩も俺の手首を捕んでいた手を離す。
「まぁな。年取ると目覚めが早ぇんだよ。」
などと揶揄すると飛彩が顔を顰め、言い返してきた。
「5歳しか違わないだろ。それに先の声、『ついさっき起きたばかりです』と言いたげな声色だったぞ。」
「う…。…随分と言うようになったじゃねぇか。」
意外な返しをされた。その上図星を突かれた。人の事をよく見て聞いていやがる。
「当然だ。そうでなければ貴方の恋人は名乗れないからな。」
──こいつやっぱり食えねぇヤツだ。
恋人になる前から分かっていたが、ここまで食えないヤツとは思っておらずさっきの様なやり取りをする度に驚く。
「そんな事は置いて、体温計。あと人差し指出せ。」
そう言って机の上に置いてあった体温計の中身を取り出し俺に差し出してきた。受け取るとポケットから酸素飽和度測定器を取り出す。左人差し指を差し出して酸素飽和度を測定する。体温より早く酸素飽和度が出た。挟んでいた指を離し、液晶に表示されたパーセントを見る。
「99%だ、もう外していいぞ。」
「はぁ、やっと外せた…。」
そう言いながら酸素マスクを外して飛彩に手渡すと今度は体温計が鳴った。
「どうだ?」
「…心配せずとも、平熱ですよ。」
わざとらしい敬語で返しながら体温計を手渡す。液晶の数字を見て僅かに肩を落とした。
「この分なら近々…、早くても昼頃には病室移動できるな。」
「そうか。」
と、一言だけ返すと不意に顔を近づけてきて、唇を奪われた。
「おはよう。」
おはようのキスのつもりだったのか、離れると柔らかい声色でそう言われた。驚いて一瞬反応が遅れたが
「…おはよう。」
と挨拶を返す。
──こんな恥ずかしい事を平気な顔でしてきやがって、やっぱり食えないヤツ…。まさか入院している間、毎朝こんな事されるのか?
と、恥ずかしがりながらそんな事を考えているとカーテンが大きな音を立てて開かれる。一瞬眩しさに目を細めるがすぐに慣れて、窓の外を見る。綺麗な青空が広がっていて、あまりの綺麗さに見蕩れてしまう。
「そろそろ行く。…ではまた後で。」
ハッと我に返り、扉の前に立つ飛彩を見て言葉を返す。
「あ、あぁ。…"行ってらっしゃい"。」
さっきのお返し、と俺も恋人らしい振る舞いをする。目を見開き驚いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて
「あぁ、"行ってきます"。」
そう言って部屋から出て扉を閉めた。扉が閉められた後、思わず「はぁ〜っ」と大きな溜息を吐いた。サラリとされた言動の、あまりの恥ずかしさに早く退院したくなった自分と、恋人の様な事が出来てあまりの嬉しさにこんな時間がずっと続けばいいのに、と思う自分がいて、心の中が相反する感情でグチャグチャになり、
「あぁーっ!!」
と、声を荒らげながら頭を掻き乱す。
8/2/2023, 11:36:26 AM