ミミッキュ

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"明日、もし晴れたら"

空が濃いオレンジ色に染まる夕方、病院の中にあるちょっとした休憩所で2人、テーブルを挟んで座り紙コップに満たされたコーヒーを片手に話をしていると、
──ゴロゴロ…。
遠くの方で雷の音がした。と、思ったら数十秒後再び雷の音がする。
「音がさっきより少し近いな。」
窓の外の空を見上げながら感想を述べると、向かいに座る大我を見る
「…。」
と、明らかに顔が強ばっていた。肩もいつもより少し高く、テーブルの上をジッと見つめたまま体を固くしている。
「…雷が怖いのか。」
そう聞くと顔を、バッと上げて
「はぁ!?別に、怖かねぇし。」
図星だな。声が明らかに震えていて、語尾も分かり易い程に上擦っている。こういう時くらい素直になればいいものを…。
などとやっていると、また雷が鳴った。やはりさっきより近い。遠くの、雷の鳴った方の空を見ると曇天が広がっているだけで、雨が降っている様子は無い。幸い大我が雨に打たれて体を冷やす事はない、が。天気予報のアプリを開いて確認すると、この辺りでは今日の夜中から明日の深夜にかけて落雷の予報が表示されていた。
──ゴロゴロ。
先程より一際大きな雷が鳴った。
「〜ッ!!」
先程よりも体を縮こまらせ、目を固く閉ざしてフルフルと震えている。コーヒーを飲もうとしていたのかテーブルの上の、まだコーヒーが半分以上残っている紙コップを持ち上げる事なく握ったまま固まっている。大我が震えている事で紙コップの中のコーヒーの表面に波紋が短い間隔で広がっている。
震えが止まらないまま紙コップを握るその手に、腕を伸ばし自身の手を重ねる。大我が、先程まで固く閉ざしていた目を見開き、バッと顔を上げる。手や肩の震えは止まったものの、その表情はまだ強ばっていた。どうにかして気を紛らわせてあげなくては。
「明日晴れたら、花壇の花達を見に行こう。」
提案すると、大我は「え?」と言う様な顔で見つめてきた。
「以前見に行った時に、まだ蕾だったのがあっただろう?明日、その花が咲いているか見に行こう。」
「あ、あぁ…。そう、だな。」
返事の歯切れは悪いが、力が幾らか緩んで表情も少し柔らかくなった。
「一体どんな花を咲かせているんだろうな?」
そう問うと大我は小さく、ハハッと笑う。
「気が早ぇよ、まだ咲いてるかどうかも分かんねぇのに。」
「…そうだな。」
──良かった。いつもの貴方に戻った。
そう思いながら大我の言葉に返事をする。もう先程までの、恐怖で縮こまり強ばっていた大我の姿はどこにもなかった。すると「えっと…。」と小さく声を漏らした。「どうした?」と聞くと恥ずかしそうにモゴモゴと応えた。
「その…、手…離せよ…ここ、公共の場…。誰か来たらどうすんだよ…。」
そういえば大我の手に手を重ねたままだった。
「あぁ、そうだったな。済まない。」
そう言って、手をそっと離す。離すと、握っていた紙コップを持ち上げ、コーヒーをズズ…と小さく音を立てながら啜る。小さく辺りを見回すと自分たち以外に人がいなかった。誰かに見られてはいないようだった。それにここは人通りの少ない廊下に面している場所だ。通りがけに見られた、という事もなさそうだった。
「そういう問題じゃねぇよ。人が少ねぇからって、一応、公共の場なんだからよ…。いい加減弁えろよ。いつまでもそんなんだったら、いつかボロが出んぞ。まぁ、隠してる訳じゃねぇけど…。」
と、俺の思考を読み取ったかのような言葉を口にする。やはり貴方には敵わないな、と感心する。
「そうだな、配慮が足りなかった。同性同士の交際を良く思わない人もいるだろうしな。」
そう言葉を返すと大我は「そうだけどよ…。」とまた口ごもらせながら呟く。
「"だけど…"、何だ?」
「拾うなよ…。その、ただ…単純に、恥ずいんだよ。…人通りのある場所で、あぁいう事されっと…。」
恥ずかしそうに頬をほんのり赤く染めながら応える。その姿が、いじらしく可愛い。
「んだよ。なんか碌でもねぇ事考えてんじゃねぇだろうなぁ?」
あぁまずい、機嫌を損ねてしまった。
「いや、済まない。そうでは無くて、な。…幾らかは紛らわせられたか?」
ここまで話している間にも何度も雷が鳴っていて、その音も少しずつ大きくなっていた。そう聞いてすぐ後にも雷が1つ鳴った。だが
「あぁ…。まぁ、何とか…な。」
そう応え、小さく「ありがとよ。」と礼を言ってきた。もう恐怖に怯える大我は居なくなった様だ。
「そうか。…明日、楽しみだな。」
そう聞くと大我は柔らかく、フワリと微笑みながら
「あぁ、そうだな。綺麗に咲いてるといいな。」
と応えた。いまだに鳴る雷の音を聞きながら、恋人の1番好きな表情を目に焼き付けていた。

8/1/2023, 2:40:15 PM