NoName

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2/4/2026, 12:49:12 PM

#Kiss

―――

まるで油を差された様に
独特の苦い香りが、鈍い頭を回し出す

それに釣られ隣を見遣れば、彼が居た。
ごく自然にカップを傾ける姿は、妙に絵になっている

視線に気が付いたのか、細められた瞳と目が合った
驚いて逸らしても、今度は彼が視線を刺してきた

...嗚呼、そう言うのは自分の顔の事分かってからしろよ。
こうして悪態をつくことすら癪だが、心の中は自由である

そうして一息ついて、再び顔を向ける。

すると顔に影が差して、目の前にあった彼の顔が見えなくなった
ふにっと、額に感じた感触。
...顔が熱くなるのに、そう時間はかからなかった

「...おはよう」

名前を呼ばれ、我に返る
そんな様子が面白かったのか、ケラケラと笑われたので拳が一発出そうになった。

彼は時折、こういう事をして、同じように笑う。
まぁ、似た反応をしてしまう自分のせいもあるのだろうが

朝から調子を乱されるのが悔しくて、でもまだまだ慣れそうにはなかった。

だから、と言うのは少し違う気がするが。

少し目線を下げ、標的を定めて。

未だ方を震わす彼に声を掛け、「なんだ」と目を開いた所で、全く同じ事をしてやった。

久方振りに見る豆鉄砲を食らったような顔に、思わず笑いが込み上げてきた。
あんな事を思った後だったから、余計に。

「.........本当、お前なぁ......」

絞り出す様な掠れた声が耳に届く。
顔に手を添えられ、またも目線がかち合う。

...朝で良かったなぁと、そう言われたのは、また別の話

2/3/2026, 12:37:16 PM

#1000年先も

―――

見える景色が反転している。
知らせるように差す朝日が、妙に暑い。

相変わらずの寝相に、自分の事ながら呆れた
嗚呼、体が痛い。

腹に力をいれ起き上がり、体をグッと伸ばす
枕元の小窓を開ければ、待ちわびたと言わんげな風が、部屋へと広がった

すると、唸り声と共に布の擦れる音が一つ

音の方へ視線を向けると、見慣れた癖毛が、布団から覗いていた。
...きっとこの布を剥いでしまえば、だらしのない寝顔が露になるのだろう
そう考えただけで、なんだかおかしかった。

ただ、今日は折角の休日な訳で。
自他ともに認める早起きの俺は、起こさないように布団から外へ出た。

「...さみぃ...」

逆戻りを考えたが、ルーティンが崩れては仕事の時に響くと無理やり足をキッチンへ向かった。


・・・・


「...はよ...」

湯気の立つ珈琲カップを片手に。
結局は元いた場所へ戻ると、彼奴が起きていた。

...気怠げな声や、半分目が閉じていたりと。
まだ半分夢の中らしいが。

俺がベットの縁に座れば、のっそりと効果音の着きそうな様子でこちらへ近付き、肩に寄りかかってきた

珈琲はこぼれる事はないが、力を入れていないのか何時もより重く感じる

数度の声掛けをしたが、生返事ばかりな為諦めた。

口元でカップを傾け、身体に広がる熱さと苦味を感じつつ、此奴の顔を覗く

やはり顔だけは整っているな、なんて。
普段の粗暴な言葉遣いと、少し前に似たような事を言われた事を思い出しながら思った。


こんな事になるなんて思ってはいたかった。
昔から、馬鹿の一つ覚えの様な喧嘩を繰り返してきた間柄で。
あの頃の自分に伝えたなら、白目を向いて倒れるのでは。こいつの頭を撫でながら、そんな事を思う。

前までは無くても一日が淡々と過ぎた。
しかし今じゃ、こいつの寝顔のない朝が考えられないのだから不思議なものである。

...もう少ししたら、不思議と思うことすら無くなるのだろうか。
考えられなくなった、今みたいに。

......そうなら良い。
此奴の寝顔を拝んで、一日を始める
そんな日々がずっと続けばと、俺はもう一度珈琲カップを傾けた

2/2/2026, 12:25:58 PM

#勿忘草(わすれなぐさ)

―――

春らしい暖かな風が、青い小花をふわりと揺らす。
その近くへ座ると、持参した酒瓶を、音が聞こえる程の勢いで置いていた。

この一面の花畑を見たら、彼奴はどんな顔をするだろう。
こう言うのは癪だが、ここに立つ姿は、きっと様になってしまうのだろう。...本人は、困った顔をしそうだが

人間の記憶力と言うのは、恐ろしいもので。
彼奴の気配を感じない日常も、もう随分板に付いてしまって。あれだけ鮮明だった彼奴の声にも、今ではモヤが掛かっている。

...これから更に年月を重ねれば、顔も、その想い出すらも曖昧になっていくのだと。
何度目かの思考に、またも目頭が痛くなった。


「君には、是非私の最後を看取って欲しい」


冗談だと思うだろう。いきなりそんな事を言われても。
だからその時は悪趣味だなとしか思わなかったし、適当に返してしまったし、そう言った彼奴の顔も、よく見ていたかった。
そもそも、あとから聞いた医者の話的に、自分の鈍感さに嫌気が刺す。

たらればの話を広げた所で、戻ってこないのだと、ただ虚しさを感じるだけだと分かっている。
だが性懲りも無く、逃避を企てる思考はそちらへ向かうのだから、ただの悪循環である。

当たり前過ぎた故に、受け入れるのに随分と時間を要した。...いや、こんな事を思い返している時点で、朝の時折、俺を起こす彼奴の声を探してしまう時点で、実の所ちっとも受け入れられていないのだろう。

...いっその事、忘れないでと言われていたなら。遠慮なく、忘れる事が出来たかもしれない。
だって、あまりに唐突に居なくなるものだから、余計印象に残ってしまった。

だから態々、嫌味を込めて勿忘草を植えた。
向こうに居るだろう彼奴も、これを見て俺を忘れなければ良い。あんな別れをした事を、後悔してしまえば良い。

自分のエゴで固めた周りは、妙に居心地が良かった。

開ける気になれない酒を眺め、旨そうに飲み干す彼奴の顔が浮かんだ。

2/1/2026, 10:37:43 AM

#ブランコ

―――

背中を押してくれる、お兄さんがいた

なんの理由もなく、ただボーッと突っ立っているだけで
そのせいか、先を見る余裕なんてなかった時

...最初は、押されているのか
触れられているだけなのか分からない程だった

しかし、なんの気まぐれだったか
僕が少し前に出ようとすれば
それに合わせて、押す力を強くしてくれた。

そうしたら、段々と
地面から足が離れていって
何処までも高く行ける様な気さえした

そう、その時お兄さんが背中を押してくれたから...今の僕がある。

だから、今度は僕が。

誰かのブランコを押してあげられる、そんな存在になりたいと思ったんだ

1/31/2026, 11:01:17 AM

#旅路の果てに

―――

彼奴の姿があった

煙草を吹かせながら
何食わぬ、何時も通りの顔で。

煙に混じり、ふわりと花弁も巻き込む風が
妙に冷たいと感じる

暫く見詰めていると、彼奴が俺に気が付いた

そうして、ふっと微笑むと
俺に手を差し出してきた

いつも通りの立ち姿
いつも通りの声色

俺は、そんな彼奴の手を―――






















気持ち悪さに、目が覚めた
少し、息も上がっている
起き上がってみると、額から水滴が流れ落ちてきた

...嗚呼、まただ
また、あの悪夢を見た

もう何度、あの手を取ってしまっただろう
俺の中に居座る、偶像の手を

わかっているのだ
彼奴が、あんな顔を俺に向けるはずは無いと

しかし、それでも

もう、俺の知る彼奴に会える事はないから

俺はまた、彼奴の手を取ってしまうのだろう
繰り返して、しまうのだろう

布団から這い出る身体が
今日もまた重かった

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