#逆光
―――
背中を刺す太陽の筋
それは、余りにも明るく
闇に点在する星々は
標識と言うには心許なく。
きっと、誰かが居たなら大丈夫だったのかもしれないかが
一人きりでは、余りにも。
夜は、暗すぎて
朝は、明るすぎて
何処でだって、誰の顔も見れず
どうにも、一人には厳しい世界世界で。
せめてもと背負った逆光の暑さだけが、ここに居るのだと示してくれているようだった
#こんな夢を見た
―――
無駄に残る畳と、木の匂い
ここに居るのだと主張する蝉の声
頬を伝うサラサラした汗
ただ映るのは、木目の多い天井
...所詮、ひと夏の風景に溶け込んでいると、デコに何やら冷たい感覚。
いきなりのそれに声を上げると、笑い声が一つ
「油断大敵ってやつだよ、ワトソンくん」
「いやなんで今ワトソン?」
身体を起こしながら問かければ、気分?だなんて曖昧な答えが返ってた。
まぁ何時もの事なので、こちらもそーかいと返すだけなのだが。
「そんな事より、ラムネ買ってきたから一緒に飲も」
「...ラムネなんて珍しいな」
「ずっと飲んでみたかったのだよ!」
「炭酸苦手なのに?」
「飲めなかったら代わりにもう一本飲んで欲しいな」
「もぉ、別にいいけどさ」
そう言って、青い瓶を受け取る。
中で転がる響いたビー玉の音も、プシュりと瓶の開く音も、妙に懐かしい。
「......そーいえばさ、夏祭りどうする?」
「!」
「折角だし、新しい浴衣を新調しようと思ってるだけ「あのさ」ん?」
「......夏祭り、行くのやめないか?」
俺がそう言うと、目を丸くしてこちらを見詰めてきた。
そりゃそうだ、前々からずっと、計画を立てていたのだから。去年は祭りが中止になったから、今年こそはって話していたのだから。
「...どうして?」
当然の疑問だ。
ミーンミーンと、蝉の声が頭に木霊する。
俺は何も言えず、押し黙る事しか出来なかった
「...言えない?」
「...ごめん」
「...そっか」
隣から、カランとラムネを傾けた音が聞こえた
「...ごめんね」
「!」
「一緒に行けなくて」
「ち、違う!元々、俺がたこ焼きを食べたいなんて言わなければ...」
...祭囃子の、音
「そんなことないよ」
「二日目に行かなければ...」
鮮烈に揺らめく、赤色
「私だって賛成したじゃん」
「違う、違う、違う」
「君が、気に病む必要はないんだよ」
「待って!待ってくれ―――」
そこで、俺は目が覚めた。
背中には、気持ちの悪い濡れた感覚がある。
燃えるほど暑いのに、体の芯は、あの時と同じく冷たい
「.........」
視界には、まだぼんやりと夢の―――あの日の、一ヶ月前の景色が映っている。
「......ははっ」
こんな夢を見たのなら、いっその事、閉じ込めてくれれば良かったのに。
あの、幸せな夢の中に
#タイムマシーン
―――
これがあれば、好きな時に行く事ができる
…そんな物があると聞いた時
最初に思い浮かべたのは、”あの頃の光景“だった
未来に行き宝くじで無双したい!
なんて考えていた割に。
実際に手にしてみれば、自分のあまりの即答ぶりに、思わず笑ってしまった。
色々あったが、やはりあそこが、俺の原点だと思う
まだまだ、身体も心もガキだった頃
拾われて、歩き回っていた最中。
狭かった世界が、一気に広がって
色んな事を聞いて、知って、やって。
癪にも、馬鹿のできる相手が身近に居て
裕福、なんて言えはしなかったけれど
”幸せだ“と、なんの疑いも無く言える日々だった
…まぁ、声に出す事はないだろうが。
それに、もし。
あの頃に戻れたなら。
別れる事も、あの場所を、失くす事も…
と、そこまで行って、考えるのを辞めた。
想い出に耽るなんて、二人に知られれば笑われてしまう
それはまっぴらごめんだし、なんなら一発グーを出したくなる。
…それに、今だって幸せだ。
焼き消され、ゼロから。
今のここを得るまで、色んな事があった
俺の飯を食い、美味しいと笑う彼奴らも
馬鹿みてぇな事をして過ごす日々も
あの頃とは似ている様で違う、幸せがある。
…まぁ、これも口には出さないけれど
ただ、少しだけ。
――今日は、あの日と同じ満月だ。
三人でコッソリ、初めて酒を飲んだ日
結局その後、しこたま怒られたのだけれど。
…満月に免じて、肴にするくらいなら許して欲しい
心のタイムマシーンに揺られながら
俺はもう一度酒を煽った。
#特別な夜
―――
杯に、コポリと酒を注ぐ。
透明なそれに、それぞれ青と紫が揺れる。
慣れた人工的な光に、何故だか寂しさを感じつつ
青い杯を煽れば、寂しさも少しは紛れる気がした。
今日は、なんてことはない日だ。
しかし、何時もより飯に気合いを入れて
貰った酒なんかも、出したりしちゃって
無意味に、最愛を待っていたって良いではないか。
…結局、飯は今無駄に大きい冷蔵庫の中だし
酒だって、そこまで呑まないのに開けちゃって
きっと明日には、虚しさしか残らなかったとしても
一時紛らわせられるなら、何でも良かった。
…もう、どれ程になるだろう。
周りからしてみれば短く、自分にとってはながすぎる期間
一人でも大丈夫だとおもっていたのに、現実になった途端これである。
自分でもわかるほど溜め息をだすと
おれは二回目の酒をあおった。
----
久々に感じた、この家特有の甘い匂い。
それを肺いっぱいに吸い込むと、少し早足に部屋への一歩を踏み出した。
リビングへ続く扉を開けると、案の定。
杯を片手に、机に突っ伏する最愛が居た
いくら送っても返らぬ返事。
電話が繋がったかと思えば、一方的に泣きじゃくられながら電話を切られ。
…この時点で分かっていたが、玄関を開けても無反応な所で、確信に変わった。
「おい」
そう言い名前を続けても、唸り声しか返ってこない。
こうなれば明日まで待った方が…とも思ったが、電話を思い出し今度は強めに肩を叩いた。
すると、気が付いたのかゆるりと顔を起こし始めた。
目元は二重の意味で赤く、眠たげな瞳がゆらゆら揺れていた。
「………」
「………」
暫く顔を見つめられ、不思議そうに名前を呼ばれる。
それに返事を返せば、ゴトリと鈍い音と共に、此奴は自分の腕の中にいた。
強めに抱き締められ苦しいが、まぁこれはこれで良いかと、引き剥がしはしなかった。
「……おせぇよ……」
酒が入ったからか、此奴は素直に不満を漏らした。
元々の予定は三日、実際は一週間。
仕事の都合で家を空けていただけなのだが…その間の自分を思い出し、こちらも素直に謝った
「……すなおだ、こんなのあいつじゃねぇ…」
「俺は俺なんだがなぁ…そう言ったら、テメェだって酒が入っら別人みたく素直になるじゃねぇか」
「……んなことねぇよ……」
転がっている缶や便はあるが、多方2杯目で仕上がっちまったんだろうなぁ…と想像して、少し笑ってしまう
「……きょう、メシがんばった」
「ん?」
「……せっかく、好きなのつくったのに」
ほんとバカ、と、腕の力が強くなった。
…色々あってメールをしたのは2時間前だったはずだか…此奴の勘は中々に恐ろしいものだ。
そうして、頑張ってくれた最愛の頭を撫でた。
「そりゃぁ悪りぃ事をしたなぁ…なら、明日の朝食っても良いか?」
「……いまじゃイヤなのか…?」
「テメェ明日には記憶無くなってんだろ。どうせなら意識がハッキリしてっときに食いてぇんだよ」
そう言うと、此奴は呆けた様な顔をした後…嬉しそうに顔を綻ばせ
「…ふふ、そっかぁ…」
と、言った。
それがあまりにも、あまりにも…嗚呼、良い言葉が出てこない。
…兎に角、ここ一週間の隙間が埋まった様な気がして、こちらまで頬が緩んでしまった。
その後、此奴を布団に寝かせた。
勿論、二日酔い防止に水は飲ました。
落ち着いた頃に冷蔵庫を開けると、ラップに包まれた料理がぎっしりと詰まっていた。
―――明日、食えるのが楽しみだな
久しぶりの彼奴の飯に心を踊らせつつ、俺も彼奴の眠る布団に潜った。
…今日は、なんてことはない日だ。
しかし、最後に此奴の顔が見れて
驚く彼奴の顔を見るやら、作ってくれた飯を食べるやら。明日の楽しみも、できてしまって。
俺にとっては、今日も特別な夜になった
#海の底
脚から全身を駆ける寒気。
ぴちゃぴちゃと水をかき分ける度に、砂の感触。
生存本能からなのか、心臓が激しく鳴る
何時からだろう。
比べられる事から、逃げる様に電車へ飛び乗り
そこそこ生活出来ていた筈なのに。
いつの間にか、己の身はすっかり、鍋にこびり付く焦げの様になっていた。
限界だった
あの家から出れたと思ったのに
逃げ出した先は、鳥籠だった訳で。
何とか立て直そうとした心は
そうするより容易く取り壊され。
嗚呼、もうダメだって
気が付いた時には、一面に青が広がっていた。
ゆったりと揺れるその光景は
まるで私を誘っているようだと、変な妄想をした。
…昔から、好きだったのだ。
太陽を受け輝く青も
青を泳ぐ、自由な魚達も。
何時か自分も、そんな青に触れてみたかった、泳いでみたかった。
それが、こんな形で叶うとは思っていなかったけれど。
自傷的に笑いつつ、私は足を進めた。
砂の感触も、全身を駆け巡った冷たさも、
もう何も感じない。
何だか一体に成れる様な気がして、少し嬉しかったり。
…嗚呼、もう何処へだって行けるんだ。
居場所がないと嘆くことも
心を壊されることもない
…どうせなら、海の底が、見れたらいい
嗚呼、実に楽しみだ!!
―――
少しして。
浜辺に、女の子の姿はなかった。
彼女は何処へ行ったのだろう。
それは、足跡すら攫う、青い青い海しか知りえない