震える足で突っ張って振り回す刃は
幼い日に積み上げた砂の城より脆く崩れて
ステゴロで戦う度胸があったなら
今頃汚いアスファルトを舐めることもなかったのに
愚かだから心臓は尚も鼓動を刻み続ける
誰も私のことなど見ていないのに
世界全てから嘲笑われているようだ
そんな、月明かりも見えない夜に
入り組んだネオンの城、空飛ぶ船
機械仕掛けの太陽と踊る女神
独裁者ばかりが高笑い
顔色を伺う無機質の命
これは駄目だ、こんな夢では笑えない
剣と魔法の彩る冒険の旅
仲間と共に魔王の城へ
歓喜する光に吐き気を催した
精霊と魔物の違いが分からない私に居場所はない
駄目だ、駄目だ、こんな夢では酔えない
誰も彼もが美しい花咲く園
清廉潔白、極楽浄土
見透かすような笑顔が嫌い
赦すと告げる口元が嫌い
容易く信じ込む蕩けた瞳が大嫌い
汚れた私には不似合いの天国
こんな夢では駄目だと言うのに
平和なばかりの夢ならば、結局誰も招かれない
受取拒否されたしょげた封筒が寂しげに佇んでいる
波瀾万丈、天変地異、驚天動地
そんな幻想を誰もが見下ろし鑑賞したい
閉じ込めた虫の死に様を、卵が孵る前から待っている
外れた賭けは籠ごと捨ててしまえば良いのだから
刺々しい心が掻き毟る
もっともっとと囃し立てる
爪の間が汚れても満足出来ずに傷付けて
明日にはきっと後悔するのに
誰も見ないと分かっていても袖の長い服を選ぶんだ
いくつの城を蹴り壊しても罪人はまだ息をしている
ならば罰か、この人生は
酔えない夜に乾いた笑いをひとつまみ
(心だけ、逃避行)
打ちつけた尻を庇って立ち上がる
転んでないって顔をして
赤く腫れた心を扇いで冷ます
じくじくと染み出す感傷が痒くて
生まれた日のことを思い出すんだ
地図も薬も渡されず
世界へ放り出された無数の勇者
旅立ちを命じた王の顔すら忘れて
錆びた剣は塵芥に紛れて火の海へ
何物も守れず盾が泣いている
新たな亡者には目もくれず
成れの果てが蠢く月の夜に
怒る相手も分からずに
満たされた振りで欺いている
一体誰を討ち滅ぼせば良いのか
気づいた頃には凋落の後
冠を首からさげた骸骨はからからと嗤う
乾いた砂漠で溺れ死んだ
亡霊の波がつられて爆笑の渦
膿んだ心は搾り滓を吐いて瘡蓋になる
再び吊られる勇者に呪いという花を
怨嗟の産声に祝福を
粉になるまで立ち上がれと世界は唄う
(冒険)
涙は風で拭えなくて
絶えず通り抜ける唇も透明だから
せめて撫でようと伸ばした手は傷跡を焼いて逆立てる
ごめんなさい、誰よりも優しいあなた
もう二度とその手を握り返してあげられない
もうすぐ雨が降るのだから
どうか屋根のあるところまで帰ってしまいなさいな
できればきちんとご飯を食べて
あたたかくして眠って欲しいけれど
せめてその頭を濡らしてしまう前に
震える肩をどこかにぶつけてしまわないように
縺れる足があなたを地面に叩きつけることのないように
心も体も休めてしまいなさいな
どうか、どうか、愛したあなたに罰を与えないで
いつか繋いだあたたかな手はもう二度と触れられない
悲しいけれど風は流れ行くもの
離れた名残りの熱も遠からず消え去るもの
引き攣るのならまだ俯いていても良いけれど
痛みが止むまで覆っていても構わないけれど
だから私は幸あれと願うわ
優しいあなたに溢れるほどの幸が降り注ぐように
どうか、どうか、風が凪いでしまうまで
あなたの息が止まってしまうまで
雲に隠れる陽光へ弾く心
従う手に返る熱はなく
あなた、あなた、さようなら
愛した旋毛に最後の口付けを
(届いて…)
爪先立ちで優雅な素振り
汗ばむ首筋と引き攣った口角
震える足でよろけて歩いた
地を這う虫の惨めなダンス
それでもきっと、今よりは輝いていた
寝転がっても両手を広げても
四方八方見渡しても、奈落は遠ざかった
雨も星も降らない静かな夜
凍える指先を握り合ったことを思い出す
今や満たされることのない空洞の腹
飛び立つ翼の代償に空を手放した
この歌声は届かない
花咲く頃には盛りを過ぎて
旅立つにはあまりに蒸し暑い
私は遅かった
あまりに遅過ぎたのだ
届かないでくれと嘯きながら
灯りへ擦り寄る羽虫の如く
自由で不自由な命をぶら下げて
目を恐れ、熱を求める
呪いになるなら記したくない
呪うくらいなら干からびて、骸をその目に焼き付けて
(願い事)
エメラルドグリーンの海、ピンクの砂浜
風に揺れる羽のような大きな葉
夢見たことはあるけれど
きっと熱くて煩くて耐えられない
手を伸ばしても届かないと知ってしまった
砕け散った白い波が足元に刺さっている
白亜の宮殿、小鳥の囀りが響く朝
窓辺に訪うお客様とデュエットを
ケーキと紅茶で彩る休日
気付けばそんな夢も見なくなった
きっと寒くて煩わしくて敵わない
手を持ち上げることすら億劫なのだから
可憐なドレスは磔に、荒波に揉まれて砂となる
雪月花、咲き誇る刹那
電子の海でも薄い紙面でもない世界に飛び込んだなら
きっと震える全身を持て余す
心が洗われて、清々しい気持ちになるのだろう
汚い汗を流し終え、生まれ変わった心地になるのやも
けれど、ああ、結局のところ
手を差し伸べられる日が来ないと理解した時から
この目を通した世界は濁ったまま
同じ影が群がる様子、神も仏も信じずとも見える
似たり寄ったりの切り貼りされた群衆が
なぞられたままに蠢く様よ
熱くて、煩わしくて、息も出来ない
去って、帰って、二度と姿を見せないで
くどい説教は必要ないから
救済も断罪も、鼻が捻じ曲がりそうなほど嘘臭い
差し伸べられる手がないのは、私が拒み閉じ込めたから
絡まった無数の手は温い檻
誰も手をかけることのない錠前を内側から引き寄せる
滑稽なことさね、願望なんて
(遠くへ行きたい)