差し出される手を振り払った
何度も何度も、もう覚えていないくらい
強い振りをして、どこかで拾った棘を振り翳した
私には他の誰も必要ない
一人で生きられる
虚飾と妄想の坩堝、自らを蝕む呪いとなって
すっかり固まった土塊の足を抱えている
泣き言を漏らす喉ならこの手で潰した
瞳の奥で茹だる汚濁も
勝手に溢れる膿んだ心も
粉々に割れて消えてしまえばいい
用済みの古い人形、こびりついている黄ばんだ愛着ごと
燃えて、枯れて、乾ききって
何も生まれない不毛の地となって
やっと私は一人で生きられる
助けなんて必要ない、憐れみなんて寄越さないで
この身を滅ぼす責任とやらも、須く私のものだから
支える強さもないのに傘を持ち続けた手は
どうしようもなく震えて
木漏れ日も霧雨も拒絶する
醜い私を覆い隠して、鉄の樹海へ紛れさせる
泣いてなんかいない
笑ってもいない
怒ることにも、期待することにも疲れ果てた
動かせば軋む虚ろな顔を、誰にも見せないように
羽ばたくことが恐ろしい
あるいはきっと、形を無くすほど溶けてしまえば
違う私になれるのだろうか
目覚めを待つ蝉の幻聴に、そっと耳を傾けて
腐った轍に転ぶ明日かな
(傘の中の秘密)
固くなった頬を撫でる
陶器のような肌は血に濡れて
もはや腐敗を待つ抜け殻と成り果てた
まだ美しい顔を見つめて
冷たい唇に別れを告げる
澄んだ冬空の瞳はもう二度と、私に愛を囁かない
無垢な雛の鳴き声が聞こえる
私の番を代償に救われた小さな命
何も知らず、怯えて喚き散らかしている
恨んではならない
憎んでもいけない
羽ばたく時を待つ未熟な翼は、ひとえに自由なのだから
分かっている、分かっているとも
矛先を失った哀れな嘴が、作り物めいて嗤っている
馬鹿な願いを抱いたものだ
罪の精算が穏やかであるものか
これは私に向けて放たれた裁きの一矢
無二の愛を穿ってなお止まらぬ天罰
それでも、あと一日、あと一分
共に笑えると信じていたんだ
あなたの慈愛を禁じなければ
私の我儘が赦されなければ
あと少し、一雫の陽光を分け合って生きられただろうか
あなたは咎めない
幼稚な囀りを受け止めて、羽を抜かれても平気な顔して
いつだって愛をもって笑っていた
酸いも甘いも匙加減
ならば些細な言い合いなど流浪の風に過ぎなかったのに
凪が私を閉じ込める
あなただけがいない世界
翅を捥がれた羽虫のように地を這って生きていく
(勝ち負けなんて)
擦り切れた記憶の彼方
置き去りにされた最初の宝
愛を失い、心を失い、傷を知覚出来ないまま
時を止めていた罪の結晶
それでも懸命に手を伸ばした君へ
私は何度でも伝えよう
失ったものを取り戻す
手にしたものを守り抜く
私たちは何も違わない
いつか骨になるなら、同じ色に燃え上がる
両手を繋いでまずは一歩
息を吸って、言葉を紡ぐ
歪んだ一筆だろうと、世界は作れる
ゼロから君に伝えよう
何もかも落としてしまった君に、私の全てを
例え君が英雄でも悪魔でも
繰り返し愛を与えたいんだ
君は時折ただ静かに
ひとえにひとえに涙を落として
塩辛い目覚めに揺れ惑う
皺だらけの温かい手を、もう形の無い思い出を
抉るように刻み付ける
忘れなくていい、これからもずっと愛していい
仮初の熱で構わないからと、祈るように手を握った
もはや廃れた名であろうと
あるいは、嘘であっても構わない
私は死ぬまで君を呼ぶよ
夜に閉ざされ、散り失せてしまいそうになったなら
柔らかな輪郭をなぞって
この声を辿って
私のそばへ帰ってきてほしい
なので私は伝えよう
昨日も今日も、きっと明日も
私は君を愛してると
(君の名前を呼んだ日)
火の粉が降る
気紛れに弾けて、流星のように
ぎらついた光を携えて、空の器に散り積もる
高く飛ばんと駆った翼は地に墜ちて
嘆き悲しむ残響すら掻き消す崩落の中
砕けてぶら下がる私の欠片を、君は泣いて拾い集めた
虚ろな瞳、乾いた髪、歪に曲がる指
燃え滓に紛れた灰すらも、君は黙って掬い上げた
作り立ての声帯から絞り出される痛哭に
その肩を叩く手も失った私は愛憎に酔い痴れて
孤独な背に、罰のように寄り添って
いつまでも、いつまでも
それは夜明け前の狂乱
ただ、覚醒に安堵する
災厄など訪れていない、終焉ならば免れた
灼けた空から届いた希望を忘れない
君はまだ安寧の沼を漂っている
温もりを確かめる、青い口付けを落として
僅かばかり丸みを帯びた頬に触れてみる
君が取り戻してきた熱、命懸けの選択
何者にも穢せない美しい翼
例え一夜の幻でも、穢すことは許されない
隠された傷を分かち合う、そんな夢なら良いけれど
窓を開ければしんしんと
私を迎える冷たい雫
立ち込める淀みを濯ぐ透明なゆらぎ
きっとまた罪を重ねるけれど
いつか倒れる日が来ようとも
あと少しだけ二人を閉じ込めていて
薄暗い檻でもここがきっと天国だから
私を呼ぶ声がする
背に飛び込む前に、振り返って両手を広げる
(やさしい雨音)
灰の積もる瓦礫から、私は生まれた
数え切れない怨嗟の声を踏み締めて
まだ温もりが残る肉塊から、産声を上げたのだそうだ
叫ぶように、祈るように
時を経て、すっかり無垢ではなくなった
降り注ぐ鉄の雨を憎み、自由に駆ける友を妬み
壊れるほど叩き付けても、もう声は聞こえない
守らなければ、救わなければ
解き放つ一矢であらねば
私に価値などないのだと
噛み付く牙は己の喉に突き立てられて
血を吐きながら、それでも私はまだ戦える
そう、証明し続けなければならない
罪に塗れた両手で飛び立ち
犠牲を踏み越えてきたその足で舞い踊る
脳が弾けてしまうまで
心臓が裂けてしまうまで
そうでなければ生きられない
かつて震えていた幼子はもう死んで
私は声を手放した
もう歌えない、君と共に奏でたかった
墜ちていく
炎の海へ、吠えることも出来ず
無機質な揺籠で瞼が落ちるのを待っていた時
雑音に紛れて届く声があった
囁くように、願うように
縛られていた私とは違う形で、不自由だった君の声
凍り付きそうだった血が再び巡り始める
どこの滝より激しく、乾いた肺を満たす空気
ああ、ああ、待ち侘びた
どうしようもなく歓喜で震える体を抱えて
君がいなければ私など生きてはいられないと知る
届け、どうか今だけは
潰れた喉から搾り出す、泥から産まれた私の声
酷く掠れた一言だけれど
空から君が降ってくる
こんな拙い声を褒め称えてくれる一羽の鳥よ
隔てる壁など何一つない
錆びた城の片隅で、真新しい朝日を迎えて
(歌)