帰らぬ亡霊と酌み交わす、可惜夜の一杯
あなたと生きられたなら良かったけれど
手を取り合うこと能わず、じきに別れを告げるでしょう
冷える肌を摩り、丘で一人
懐かしい背が遠ざかる
昇るあなたの美しいこと
追い縋り、引き留めたい
その唇を奪って穢してしまえば、傍で生きてくれますか
伸ばした手を切り落とす
初めて愛したあなたの瞳
針を溶かす優しい掌
この想いは届いていたでしょうか
最期まで、最期まで、終ぞ聞くこと叶わなかった
もはや灰に埋もれた結晶へ問うても返る言葉は無く
悪夢のような朝だった
骸と過ごした静寂の庵
絵に描いたような安らかな顔
私はまだ許していない
きっと生涯恨み続けるけれど
この一杯で、仕方ないから忘れましょう
夜が明ければ私は一人
(moonlight)
澄み渡る空に怯えた
逃げ惑う果てに空を失くした
救済ならば不朽の檻を
この身を縛るものはもはや、それだけで良い
射抜くような瞳をして、あなたは何も責めようとしない
その高潔で私を殺める
見飽きた悪夢は私を責めない
いつまでも美しいあなたを繰り返し殺める
見透かした素振りで微笑む顔が憎らしくて
その傲慢を私は責める
軋んだ誓いが悲鳴を上げて、口を覆うから喉を突き破る
明滅する砂塵の中、途絶えた想い
星のように、雨のように
私は何を望んだろう
あなたならどう紡ぐだろう
等しく降る光の束、その悉くを捧げられたなら
弾ける間際まで共に揺蕩えるだろうか
同じ一筋を見つめるあなた
分からないけれど、分かりたい
分かりたくなくとも、分からねばと望む
もう失わない為に
殺めることを強いられない為に
故に私は手放そう
抱いて生まれた願いを、ここに
変わらない空が私を迎える
遥か時を繋ぎ今もそこに在る
初めから救済など必要なかった
肩を並べる刹那、見慣れた筈の微笑み
あんなに美しいなんて、知らなかった
(永遠なんて、ないけれど)
午下り、限られた時を守る静寂の帳
細い肩を震わせてあなたは嘆く
とうに終えた物語、傍に翻る頁の為に頬を濡らして
剥がれることのない祝福/呪縛を
覆ることの許されぬ因果/宿痾を
もはや爛れて無味で通す喉に代わり、あなたが嘆く
掠れた声で繰り返し、消えた世界の為に乾く
どうして、どうして
あなたがあんな目に遭わなくてはならなかったのか
誰よりも傷付いたあなたが、何よりも惨い終結へ至る
ひどいよ、苦しいよ
せめて分かり合えたならどれほど良かっただろう
共に生きられたなら夢のようだった
愛し合える未来へ繋ぎたかった
息遣いすら煩い回廊の片隅で、嘆く声だけが駆け抜ける
そして私はそっと手を差し出す
儚い希望を潰したのは、あなたであり私
断ち切った可能性は、言い換えれば癌だったのだから
あなたが膝を痛める必要はない
目を腫らす前に、いつか本当に折れてしまわないように
拉げて血を流す心はあなた自身に救ってほしい
既に終わった私の為に、どこかで終わった誰かの為に
今を生きるあなたを消耗しないでほしい
やがて消える私からあなたへ告げる、ただ一つの祈り
失われることのない光を
何にも敗れぬ運命を、あなたに
そして時々、思い出して
共に歩む果てを願ってしまった、愚かな影がいたことを
愛した人の心の片隅に居場所があるのなら
月の照らさぬ夜に幻想であろうと寄り添えるのなら
それだけで私は満たされている
これ以上なく満たされているのだから
(涙の理由)
見下ろす後頭部、しなやかな背、健やかな肌を伝う汗
魔が差してしまうのも無理はない
注がれた陽光に甘えて勝手に踊る木漏れ日のように
散歩の気分で悪心は訪れる
それは誰の内にも在る、人たらしめる証
どうか私を責めないで
同じ強さで抱き返して
受け入れたのはあなた、だから最後まで、最期まで
こんな時だけ聡いあなた
鈴鳴る声で私を裁く、曇る瞳は罪でしょう
暴くなら最奥まで、骨の髄まで開いて映して記憶して
きっと私を忘れないで
珍しく悪戯心なんぞに酔い痴れた私の顔を
百年先でも描いて見せて
太い眉、白い歯、全て飲み込むような黒曜石の瞳
私もずっと覚えているから
百年と一日先も、同じ熱を返して欲しい
囚われた悪夢でも、閉ざされた幻想でも
どうあってもあなたと永遠に結ばれたいと願う
甘やかに照り付ける光を失おうとも
星を飾ることすら忘れた夜空の下で、あなたと二人
螺旋の底へ旅したい
坩堝の底で溶けて行きたい
色違いの絆を繋いで、深く深く、静かなところへ
眠る前に同じ言葉を交わしてね
私も必ず応えるから
(靴紐)
どうしても許すことができない
どうしても愛することができない
膿んだ傷跡から目を逸らし続けて何を得たか
錆びた心臓から零れ落ちる
沸々と、轟々と、淀んだ残り滓の行列に問う
私のことを許せない
私のことを愛せない
爪の間に詰まる憎しみ、掻き毟る度に剥がれる悲しみ
気紛れに潰す種子から噴き出すように泥は溢れて
気付けばこんなに汚れてしまった
降り積もる、しんしんと堆く飽くことなく
心を込めて育てた失意
まだこの両手があなたの顔に届かなかった頃から
腐って沈んで生まれた隙間
僅かな光も届かない、忘却を願った黒い記憶
広がる海に溺れながら、命辛々育ててきた徒花
少しばかり不格好だけれど大きく立派になったでしょう
諦めてしまえばいいのに
どうせどこにも行けない、離れないし捨てられない
一枝一葉が私を呪う声がする
さらさら、さらさら、風に揺られて、私を穿つ音がする
まあいいか、そして私はまた忘れる
どうしてこんなに汚れてしまったのだろう
ただ一度、頷いてくれたら
醜い火の粉を掬わずとも、そっと風上から見守って
あなたの瞳の真ん中に映して欲しかっただけ
爆ぜて跳ねて踊ってみる
汗に塗れ、転んで挫く羨望にまた焼かれて
無様に散る一片の火花、涙を落としてなお惑う
灰になってしまいたい
美しく焦げてしまいたい
煙を苦しむ未熟の身にはまだ早いか
いつか
諦めた空へ散りばめた塵芥が、誰かを救うなら
(答えは、まだ)