「子供のままで」
掌を翳す
何も掴めない膨れた指から目を逸らし
何気ない素振りで肘を上向かせ
弾けて消えるシャボン玉のような瞳に
そっと押し付ける
弾ける感覚に怯えて
すっかり伸びてしまった爪を立てないように
暗闇に閉ざされて、笑う声がする
分厚い手の甲を突き破る嘲笑
嗤う、嗤う、嗤う
幼い私から、誰でもなくなってしまったあなたへ
誰にでもなろうとして光を失くした
一体何がしたかったんだとか
見下ろす旋毛が偉そうに喚いている
震える影は絶望しただろうか
散々啜った汁の味すらもう分からなくなって
ああ、煩いなぁ
握り拳を振り下ろした
本当は優しく撫でたかったけれど
ごめんなさいの一言すら、吹けば飛ぶ泡でしかない
「忘れられない。いつまでも。」
私に嘘を吐いた唇で、誰かのことを褒め称え
私を裏切り突き落とした手で、知らぬ幼子の頭を撫でる
あなたを許すことが出来ない
記憶も心も全て、全て、焚べられたら良かったのに
燃ゆる炎に焼かれるあなたを
劈く声で赦しを乞うあなたを
この胸を腐らせる愛憎ごと、踏み潰せたら良かったのに
零から私を掬い上げた優しい掌
柔らかく紡がれる陽だまりのような声
それが私を絡め取る呪いの糸だと知っていたら
仄かな憧憬も秘めたる恋心も縊る毒だと気付けたら
あなたに応えられただろうか
幻はとうに消え失せて、凍える日差しがこの身を晒す
愚かなり、無垢な幼子は死んでしまった
あなたの側には誰もいない
誰も、誰も、孤独に溺れるあなたの隣に
私の他にはもう誰もいてはならない
見つめ合って、憎み合って、私のことを忘れないで
「優しさだけで、きっと」
とうにひび割れた心を、あなたは必死に掻き集める
細い指を赤く染めながら
一つ一つを愛おしそうに拾い集める
薄氷の溢るるこの目に、欠片さえ寄越してはくれない
どうしてそんなに優しいの
喉から突き出る不意の刃が、何度その胸を穿っても
戦慄く爪先が、繰り返しその肌を裂いても
あなたは止まってはくれない
赤い痕を残しながら
微塵も揺らいではくれないのだから
腹いせに私は問い掛ける
どうして、どうして
枯れた草に水を与えるような真似
喉が渇いているくせに、膿んだ傷口が痛むくせに
やめてしまえばいいのに
あなたが傷付くことなんてなかった筈なのに
だからあなたが壊れた時は
同じ優しさを返そうと誓う
せっかくあなたが癒した私を、あなたの為に傷付ける
これが私の復讐、あなたが選んだ罪の形
帰らぬ亡霊と酌み交わす、可惜夜の一杯
あなたと生きられたなら良かったけれど
手を取り合うこと能わず、じきに別れを告げるでしょう
冷える肌を摩り、丘で一人
懐かしい背が遠ざかる
昇るあなたの美しいこと
追い縋り、引き留めたい
その唇を奪って穢してしまえば、傍で生きてくれますか
伸ばした手を切り落とす
初めて愛したあなたの瞳
針を溶かす優しい掌
この想いは届いていたでしょうか
最期まで、最期まで、終ぞ聞くこと叶わなかった
もはや灰に埋もれた結晶へ問うても返る言葉は無く
悪夢のような朝だった
骸と過ごした静寂の庵
絵に描いたような安らかな顔
私はまだ許していない
きっと生涯恨み続けるけれど
この一杯で、仕方ないから忘れましょう
夜が明ければ私は一人
(moonlight)
澄み渡る空に怯えた
逃げ惑う果てに空を失くした
救済ならば不朽の檻を
この身を縛るものはもはや、それだけで良い
射抜くような瞳をして、あなたは何も責めようとしない
その高潔で私を殺める
見飽きた悪夢は私を責めない
いつまでも美しいあなたを繰り返し殺める
見透かした素振りで微笑む顔が憎らしくて
その傲慢を私は責める
軋んだ誓いが悲鳴を上げて、口を覆うから喉を突き破る
明滅する砂塵の中、途絶えた想い
星のように、雨のように
私は何を望んだろう
あなたならどう紡ぐだろう
等しく降る光の束、その悉くを捧げられたなら
弾ける間際まで共に揺蕩えるだろうか
同じ一筋を見つめるあなた
分からないけれど、分かりたい
分かりたくなくとも、分からねばと望む
もう失わない為に
殺めることを強いられない為に
故に私は手放そう
抱いて生まれた願いを、ここに
変わらない空が私を迎える
遥か時を繋ぎ今もそこに在る
初めから救済など必要なかった
肩を並べる刹那、見慣れた筈の微笑み
あんなに美しいなんて、知らなかった
(永遠なんて、ないけれど)