瞬く星にも似た美しい感情を、その瞳から、その唇から
あなたには濁流のように映っただろう
けれど確かに、満天に戴く何よりも尊い煌めきだった
少なくとも私にとっては、夢のような
朝焼けと共に枯れる花、けして叶わない幻想の結実
生まれながらに呪われた想い
解かねばならない縛り
どうしてこの心はあなたを選んだのだろう
自由にしなくてはならないのに
飛び去る翼を笑って見送りたいのに
隠した縄でその足首を括る
そんな機会を待ち侘びている
きっと、紛うことなき決別の瞬間
あなたの心に蟠り続ける錘の恋
私を腐敗させる崩壊の糸
生涯許されないだろう、故に記憶に居座る毒の愛かな
音もなく弛む激情を戒める
締めて縊って、二度と蘇らないように
穿たれた胸に空洞が残っても構わない
代わりにあなたが幸せになれるのなら
薄れた過去のどこにも、こんな愚か者を残さないで
私が不自由であるうちにどこへでも消えてしまって
錆びた釘を手に、先端がこの胸の他へ向かう前に
最後にはきっと敗れてしまうから
けれど、けれどね
一度だけ、あなたの星になりたかった
(secret love)
纏わりつく苛立ちを免罪符に耽る怠惰
何ら変わりなく、滞りなく通り過ぎる橙色
責めるでもなく誰を選んで照らすこともない光
蜜を掬う気力もなく、砕いて割れる砂糖のように
ただ貪り尽くし、訪れない明日に誓いを遠ざける
人生を旅に準えた美しい物語を呪う
奇譚に微睡み空想する傍らで、平凡に縋り繕う
相反する自我、摩耗する精神
刻まれる敗北の記録を投げることで忘れようとした
転がる私を見放すように日は遠ざかる
行かないで、置いて行かないで
まだこの道を照らしていておいて
どうか愛して、雨粒一つ分だけで良いから
何故なら、怠惰は必要なことだった
私は間違っていない、私は間違っていない
遅れていない、忘れられてなどいない
正しくなくとも美しくなくとも、息を切らして後列へ
ひどく曖昧な明日は、迫る暗礁によく似ている
傷つけることで輪郭をなぞった
擦り付ける痛みで無色を隠した
怠惰が招いた傲慢に際限はなく
ゆえに私は見放されたのだろう
同じ過ちを繰り返し汚れて行くのだろう
沈む先にも果てはなく、暗く暗く溶け朽ちるまで
帷と共に重なる悔いを知りながら
嵩張り絡まる錘を引き連れて
なまじ丈夫なばかりに壊れることも許されないまま
辛いよ、苦しいよ、逃げ出したいよ
どこかへ行ってしまいたい、違う誰かに成り代わりたい
叫んでも、誰の耳にも届かない
足掻いても、誰の目にも止まらない
当然だ
坂に置いた石が転げ落ちるように
降り注ぐ雨が巻き戻らないように
起き上がることすらろくにせず、潮の流れに身を任せ
手足の先一つ動かさず、流れ着く終わりを願う怠惰の塊
他ならぬ自身が投げ出している
海底へ辿り着く明日を恐れながら、祈ってもいるのだ
救わないのなら求めるな
背負わないのなら希うな
泣きも笑いもせず固まった頬は、けれどまだ温かい
次に日が昇っても、私はきっと怠けるだろう
馬鹿みたい、自分一人救えない
(8月31日、午後5時)
満点の星空を見上げて歩く
誰もいない海岸沿い、月明かりだけが知る一夜の夢
頬を撫でる風、名前も知らぬ虫と僕の鼻歌
秘密の合奏はまさに弾丸のように過ぎ去って
世界が目覚めてしまう前に帰らなければ
けれど、あわよくば隣に君がいたら
一緒に歌ってくれたら天にも昇る心地だろう
今度はきっと、月すら隠れた片隅で逢瀬を
なんてね
吐き気を催すような模倣はそろそろお終い
これから始まる無様な劇の主役はあなた
悲壮と美談、お好きでしょう
ああ、相変わらず呑気な声、虚ろな目が記した結晶
耳障りな歌はもう聞き飽きたの
冷たいだけの殻を、永遠の誓いと信じた愚かな私
無知でいられた頃、幼く無力な揺籃の季節
何よりも誰よりも大切な地獄
全部まとめて砕いて壊して
吐き散らかす砂は苦く汚泥と成り果てる
千々に、八千代に、粉々に
蒔いた憎悪が芽吹く日を、歪な甘味に咽びながら
ずっとずぅっと待っていたわ
もうあの夜空に星は浮かばない
ひときわぎらついた光なら震えるこの手で撃ち落とした
幻想すら掻き消えた今際の際に何を想うの
本当は同じ景色なんて見ていないくせに
一度だって、一瞬たりとも
どうせあなたの手は綺麗なのでしょう
私よりも、重たいだけの虚飾の冠を愛した
亡霊ばかりが跋扈する、存在しない夜に逃げたがった
あんなに眩かった星空は帰らない
今度こそ永遠に、月も浮かばない夜が来る
ようやく、胸を弾ませて歓迎する終末の時
それなのに、どうして
踏み出せない
泥に足を取られて、惨めな姿を晒して泣いている
足元の星を見つけてはしゃぐ、あなたのことが大嫌い
(もう一歩だけ、)
目を閉じても鮮明に思い描ける
故郷、それは確かにこの胸のうちに今も在って
いつか帰る始まりの場所は、けれど色褪せていく
私はきっと手放したのでしょう
分かっているけれど虚しくて、星の縁に縋ったのです
曇り空に鳴り響く信号機の音、無邪気に渡る子どもの声
紙切れを眺めて煩わしそうに呻く隣の少女
彼女を挟んで飛び込む上擦った声に誘われて
赤らんだ頬に溜息を溢す少年と
次の瞬間には吹き出しながら、並んで歩いた
じきに降り出すから帰らないと
帰らないといけない、暗くなる前に行かないと
いけないのはどうして、何が、あるいは誰が
私はここで一体何をしているのか
飽きるほど通った灰色の道、横断歩道
時に財布と交互に睨み付けたショーウィンドウ
あなたと歩いた星空のような商店街
甘いアイスは冷たくて、繋いだ手は熱くて
私には過ぎた夢だった
全て、全てが塗り潰されて、やっと終わりを告げる
影は、鏡は、蓋をした記憶が問い掛ける
振り向いた足跡は燃え上がり、脆弱な身を侵して嗤う
私は何の為にここにいるの
いつから忘れ微睡んでいたのか
繰り返し誦じてきた思い出も宝物もここには無い
もう世界のどこにも無い
失われた、奪われた、ならばどうする
奪い返さねば、報いを与えなければ
同じように燃やし尽くさねば立ち行かない
さっき笑っていた子どもは骨も残さずいってしまった
私もそう、とっくの昔に灰になって
さよならを告げる
私は向こうへ渡れない、あなたと別れて眠りに就くの
せめてあなたは光の先へ、燻る炎を捨てて笑って
長い航路の先に至る幸福がありますように
あなただけでもきっと帰れますように
例え偽りの日常でも、造られた存在でも
私は既にあなたに教えてもらったから
その旅路に光あれ、その勝利に誉あれと願うのです
さようなら、もはや見知らぬあなた
私はもう一緒にいられないけれど、愛していました
泡と消える夢の滸で、その瞳と同じ色した空を見つめて
(見知らぬ街)
まだ君は泣いているんだね
張り裂けそうな悲嘆を抱えて独り、空に立っている
乾いた素振りで暴れてみても
その瞳は晴れた日差しを忘れて雲に隠れて
涙を湛えて耐えてきたのだろう
幾度も日が昇り、月が巡る、永い時の中に閉じ籠り
もはや価値を無くした冠一つ抱き締めて
迸る光だけが君に残された雫だった
君は愛されずに生まれて、多くを愛した
多くを望み、それ以上を与えた
惜しみなく、つつがなく、君は空に立っていた
いつか君を穿つものがあるならば
それは鬼でも蛇でもなく、頬を伝う雨なのだろう
神が運命を定めるならば
君は何処へ向かうのだろう
旅立ちの時、僅かでも笑えていたら良いのだけど
美しい心の行き着く先は、きっと
聞いているか、聞こえているか
例え忘れてしまっても、結んだ縁が断たれても
君のことを迎えにいくよ
いつか世界が砕ける瞬間に、今度こそ共に在ると誓おう
手を繋いで共に終わり、次があるなら並んで歩こう
君が唄う神鳴りを標に、迎えにいくよ
傲慢だと笑っておくれ
それでまた君が寄り添ってくれたら良い
泣き止んで虹も霞む笑顔を見せてくれるのなら
それに勝る幸福などないのだから
(遠雷)