小音葉

Open App
7/2/2025, 10:30:15 AM

白い氷が擦れて削れて、ぬるい水溜りになるまで
泡沫の窓から記憶を鑑賞するならば
他人事のように自分を天秤に乗せて裁けるだろうか
後悔は滝のように噴き出して
透明で美しかった少女はとうに枯れて跡形も無く
混ざり込んだ不純物こそ私だった

今がどれほど濁っていても
あの地獄へ戻りたいとは思わない
惨めで汚らしい濁流を泳ぐ方が
ずっとずっと自由だから
漕ぐのを止めれば沈んでしまう
息継ぎをしないと溺れてしまう
だけどそれが生きるということ

世界が気にも留めない一欠片の石ころ
荒道に身を投げて砕ける覚悟もない
丸く滑らかに輝く気力もない
それでも私は生きている
死にたくないから生きている

無数の影が通り過ぎる道端で
素知らぬ振りして世界を眺める
地面を這いながら見える視界は低く狭く
かつての少女は姫にも魔女にもなれないけれど
明日もきっと生きていくんだ

(クリスタル)

7/1/2025, 10:28:19 AM

調子外れの風鈴
釣られて音痴な蝉時雨
気まぐれな雷に浮き立った幼い日のこと

縁側を滑る汗ばんだ頬
畳を踏む音に耳を澄ませば、差し出される赤い果実
手足も膝も濡らしながら頬張って
種を飛ばして競った午下り

滲むような斜陽に刺されて揺らぐ
目を閉じても世界は回る
咳き込むようなトラック、軽快に鳴くブレーキ
寝転がる車輪が回り続けて
素知らぬ顔で蜘蛛と蜻蛉が通り過ぎる

夜の帳が下りたなら、花開く光に胸踊る
千変万化の彩りに永遠を願い、瞬く美を知る
叫んで掠れた喉を潤す甘い炭酸に
見えない糸を繋いだ気になって、俯きながら微笑むんだ

そんな日々などありはしない
初めから幻、たちの悪い夢
作り物の風を浴びて、ぬるい心を騙して眠る
幼い私は綴じられたまま、張り付いた笑顔で錆びていく

(夏の匂い)

6/26/2025, 11:50:32 AM

流星にはならないで
墜ちるならどうかこの胸に
まだ馴染まない私だけれど
あなたのことを受け止めてみせるから
骨が軋むほど、血の池が出来ても、叫んだのに
あなたは永遠になってしまった
置き去りになった瓦礫の山を、私は掘り返せずにいる

あなたは風になどなっていない
温かな肉の器も気高い魂も手放したりしない
信じていたのに、信じたかったのに
裏切ったのは私だった
託された記憶を火に焚べて、死んだ目をして生きている
あなたの誇りを汚してしまった
あなたの笑顔を忘れてしまった
虹色に染み付いた地面を沈ませて
あなたを隠して未来へ進む

孤独な狼、跳んで行く
厚かましく栄えた街を越え
当然のように守られた人々の頭上を走り去る
かつて枯れた心を潤した遠吠えはもう聞こえない
私のことも、きっと見えていないのでしょう
伝えたかった言葉を乗せて
潰れた喉に代わり、機械仕掛けの友が歌う
ありきたりの言葉を、力尽きてしまうまで

(最後の声)

6/22/2025, 12:05:01 PM

叫んだ声に応える瞳
あなたは扉の前に立って、私の慟哭を見下ろしている
澄み渡る青空を閉じ込めた瞳
大好きだった声すら今は冷たく、私を拒む鎧になって
縋り付く手を振り払うこともなく
並べて見せた虚飾も幻想も眺めながら雲は渡る
最後の優しさだけが残酷だった

一歩踏み出したなら、あなたは戦士になってしまう
扉を閉めて去ったなら、あなたは神になってしまう
そんなの、そんなの許せない
あなたが持ち上げた私もどきが、どれほど脆いか
それはまるで打ち上げられた蓮華のように
見捨てると言うの、忘れろと言うの

永劫の別離ではないと、あなたは言う
繋がりは失われないと、あなたは言う
嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き
あなたが閉じ込めた蒼穹と同じように
今なら私にも射抜ける、甘美なだけの優しい嘘
そんなことは許されない
許されてはならない
終わらない孤独に苛まれても、あなただけを記憶する

分かっているくせに
世界が敵に回っても、なんて粘つく言葉を吐く程度には
あなた無しではどこにも行けない
立ちたくない、歩きたくない、一言も話したくないのに
馬鹿な人、愚か者、劈く残響だけが虚しく渡る

本当は優しい人だと知っている
柔く儚く強い人
硝子細工に触れるように、恐る恐る頭に触れた手の温度
照れ隠しの悪態も受け止めて、甘く蕩ける微笑みを
折れ曲がって零れ落ちて、ようやく私に注がれた
不器用な愛を記憶している
だから、憎んでいても美しい
恨んでいても愛おしい
どうあっても、私は「あなた」を離せない

だからその口付けを、愚かな愛の名残の温度を
こんな亡霊だけでも連れて行って
応える瞳に揺れる声

(どこにも行かないで)

6/21/2025, 12:02:51 PM

無垢な雛鳥、目覚めたばかりの柔い翼
まるで機械のようだと不気味がる者もいた
思考を持たぬ人形と嘲る者も
それも間違いではないと、君は言うかもしれないが

透明な瞳が私を追って、ほんの僅かに口角が上がる
一度背負えば誰よりも速く、高く飛翔する
美しいと思ったんだ
光を受けて煌めく君が、たとえ死神であろうとも
まるで、いつか見た紙の本に記された天使のようだと
そう、思ったんだ
気付けば君に焦がれていた、なんて
芽生えた恋を告げたなら信じてもらえるだろうか

今や君は神の如く賛辞され
けれど無数の眼が怯えているのを私は知っている
眩い星は撃ち落とされる
救世の光であろうとも、故に人は恐れるのだ
燃える瓦礫、ぶら下がる配管
鉄の棺桶に閉ざされた君の亡骸
そんな悪夢に飛び起きる
飽きるほど、呆れるほど、私もまた怯えている

無垢な雛は記憶の彼方へ
今、隣に在るのは気高い翼
私を選んでくれた、優しく哀しい一羽の烏
知っている、分かっているとも
いつの間にか君の背を眺めることが増えた
見下ろしていた旋毛が見えなくなって
妙な寂しさを覚えたことも、忘れていない

薄暗い寝室、ふと目を開けた君
ヘラヘラと笑う私を笑いもせずに
ぬるい手のひらがこの背を叩く
あんなに恐ろしかった悪夢が、鏡越しの像が
叩けば割れるガラクタになって、おかしくてまた笑う
今度は共に飛ぶ夢を見よう
応えたくて、私も手を伸ばした

(君の背中を追って)

Next