爪先立ちで優雅な素振り
汗ばむ首筋と引き攣った口角
震える足でよろけて歩いた
地を這う虫の惨めなダンス
それでもきっと、今よりは輝いていた
寝転がっても両手を広げても
四方八方見渡しても、奈落は遠ざかった
雨も星も降らない静かな夜
凍える指先を握り合ったことを思い出す
今や満たされることのない空洞の腹
飛び立つ翼の代償に空を手放した
この歌声は届かない
花咲く頃には盛りを過ぎて
旅立つにはあまりに蒸し暑い
私は遅かった
あまりに遅過ぎたのだ
届かないでくれと嘯きながら
灯りへ擦り寄る羽虫の如く
自由で不自由な命をぶら下げて
目を恐れ、熱を求める
呪いになるなら記したくない
呪うくらいなら干からびて、骸をその目に焼き付けて
(願い事)
エメラルドグリーンの海、ピンクの砂浜
風に揺れる羽のような大きな葉
夢見たことはあるけれど
きっと熱くて煩くて耐えられない
手を伸ばしても届かないと知ってしまった
砕け散った白い波が足元に刺さっている
白亜の宮殿、小鳥の囀りが響く朝
窓辺に訪うお客様とデュエットを
ケーキと紅茶で彩る休日
気付けばそんな夢も見なくなった
きっと寒くて煩わしくて敵わない
手を持ち上げることすら億劫なのだから
可憐なドレスは磔に、荒波に揉まれて砂となる
雪月花、咲き誇る刹那
電子の海でも薄い紙面でもない世界に飛び込んだなら
きっと震える全身を持て余す
心が洗われて、清々しい気持ちになるのだろう
汚い汗を流し終え、生まれ変わった心地になるのやも
けれど、ああ、結局のところ
手を差し伸べられる日が来ないと理解した時から
この目を通した世界は濁ったまま
同じ影が群がる様子、神も仏も信じずとも見える
似たり寄ったりの切り貼りされた群衆が
なぞられたままに蠢く様よ
熱くて、煩わしくて、息も出来ない
去って、帰って、二度と姿を見せないで
くどい説教は必要ないから
救済も断罪も、鼻が捻じ曲がりそうなほど嘘臭い
差し伸べられる手がないのは、私が拒み閉じ込めたから
絡まった無数の手は温い檻
誰も手をかけることのない錠前を内側から引き寄せる
滑稽なことさね、願望なんて
(遠くへ行きたい)
白い氷が擦れて削れて、ぬるい水溜りになるまで
泡沫の窓から記憶を鑑賞するならば
他人事のように自分を天秤に乗せて裁けるだろうか
後悔は滝のように噴き出して
透明で美しかった少女はとうに枯れて跡形も無く
混ざり込んだ不純物こそ私だった
今がどれほど濁っていても
あの地獄へ戻りたいとは思わない
惨めで汚らしい濁流を泳ぐ方が
ずっとずっと自由だから
漕ぐのを止めれば沈んでしまう
息継ぎをしないと溺れてしまう
だけどそれが生きるということ
世界が気にも留めない一欠片の石ころ
荒道に身を投げて砕ける覚悟もない
丸く滑らかに輝く気力もない
それでも私は生きている
死にたくないから生きている
無数の影が通り過ぎる道端で
素知らぬ振りして世界を眺める
地面を這いながら見える視界は低く狭く
かつての少女は姫にも魔女にもなれないけれど
明日もきっと生きていくんだ
(クリスタル)
調子外れの風鈴
釣られて音痴な蝉時雨
気まぐれな雷に浮き立った幼い日のこと
縁側を滑る汗ばんだ頬
畳を踏む音に耳を澄ませば、差し出される赤い果実
手足も膝も濡らしながら頬張って
種を飛ばして競った午下り
滲むような斜陽に刺されて揺らぐ
目を閉じても世界は回る
咳き込むようなトラック、軽快に鳴くブレーキ
寝転がる車輪が回り続けて
素知らぬ顔で蜘蛛と蜻蛉が通り過ぎる
夜の帳が下りたなら、花開く光に胸踊る
千変万化の彩りに永遠を願い、瞬く美を知る
叫んで掠れた喉を潤す甘い炭酸に
見えない糸を繋いだ気になって、俯きながら微笑むんだ
そんな日々などありはしない
初めから幻、たちの悪い夢
作り物の風を浴びて、ぬるい心を騙して眠る
幼い私は綴じられたまま、張り付いた笑顔で錆びていく
(夏の匂い)
流星にはならないで
墜ちるならどうかこの胸に
まだ馴染まない私だけれど
あなたのことを受け止めてみせるから
骨が軋むほど、血の池が出来ても、叫んだのに
あなたは永遠になってしまった
置き去りになった瓦礫の山を、私は掘り返せずにいる
あなたは風になどなっていない
温かな肉の器も気高い魂も手放したりしない
信じていたのに、信じたかったのに
裏切ったのは私だった
託された記憶を火に焚べて、死んだ目をして生きている
あなたの誇りを汚してしまった
あなたの笑顔を忘れてしまった
虹色に染み付いた地面を沈ませて
あなたを隠して未来へ進む
孤独な狼、跳んで行く
厚かましく栄えた街を越え
当然のように守られた人々の頭上を走り去る
かつて枯れた心を潤した遠吠えはもう聞こえない
私のことも、きっと見えていないのでしょう
伝えたかった言葉を乗せて
潰れた喉に代わり、機械仕掛けの友が歌う
ありきたりの言葉を、力尽きてしまうまで
(最後の声)