荒涼とした砂の海で、ただ一輪を愛した
戻らない背を追うように枯れたけれど
繋いだ命は風に乗り
やがて血を分けた緑の大海原があなたに捧ぐだろう
不器用な英雄の詩
運河の底に沈もうと、けして錆びぬ太陽の花
漫ろ雨が弾く音色
閉ざされた夜に、最初で最後の告白をした
永遠を願う傲慢も、その刹那だけは許される気がして
硝煙に咲いても陰らぬ白銀のあなたを
願っても、願っても、肌を刺す終わりの続き
ただ一度落とされたひとひらの記憶はまだ褪せない
綱を渡るような恋だった
初めから墜落し続ける、救いようのない詩だった
ならば破り捨てる
脈打つように当然に
荒天の船出に、ダイヤモンドを置き去りに
それでも交わらないはずの音を盗んで
あなたと逆立つ譜面に飛び跳ねたい
これを大罪と呼ぶならば、奇想の雷霆で踏み荒らそうか
裏切りの末路、無様な饗宴
椿のヴェールを脱ぎ捨てて
こんな狂い咲きがあってもいい
蕚を踏み越え、あなただけを連れて
壊れた車輪は咽び泣き、絶えずどこまでも運ぶだろう
目を閉じて久しい、お前を乗せて
(君と僕)
窓を叩く激雨が渋る背を追い立てるように
とめどなく空は塗り変わって行く
花冷えの夜、止まり木を見つけて
震える体と苛立ちを抱えて眠る雛
希望は奈落の底にあるだろう
撃ち落とされるか焼かれるか
暗闇に身を投じる覚悟なくば
空への飛翔など絵空事
地を這い腐るも自由だが
土草に爪弾かれても囀ることなかれ
やがて大海へ至る一滴
頬を伝う雫が旋毛の高さを越える頃
それでも実りが約束される日は終ぞ訪れず
けれど徒花には徒花の生き様があるだろう
形なくば己を粘土とせよ
あるいは、木でも紙でも構わないが
所詮、脆弱な翼なら
柔らかい内に捏ねて削って付け足して
歪な航路を拓いて渡れ
震える夜に終わりがなくとも
歪な血路が花道となるように
(夢へ!)
古びたヌックに腰掛けて
窓辺に訪う小さな客人と挨拶を
そして古びた額縁から世界を開く
かつて君が泣いていた
残響だけが横たわる
白を纏う本当の意味を、誰も知ろうとしなかった頃
穴だらけの揶揄、腐った因果
罪の滴る衣は既に染まる境界を失って
星に落ちた影は輝きを増して
いつか君を呑み込んだ
どれほど重ねても恩讐は翻らず
黒百合は笑むことを忘れていた
咲き終えた花のように
ひとつ、またひとつ
捲れて、剥がれて、落ちて行くのに
君は悉くを律儀に掬い上げて
月隠の雨に封じて泣いた
竜虎を弔い、蛇蝎を悼む
心臓を引き摺り歩き、それでも明日を見せる為に
何も燃え尽きることなかったろうに
君のいない小さな城
今日も曇天、揺れる傘のシンボル
手放したもの全て、掻き集めて待っている
いつまでも、夢のような陽だまりの中で待っている
(元気かな)
一つの愛を尊び、十色の花を慈しみ、百の恵みを与えた
あなたの背は傷だらけ
青褪めた顔でいつも空を見ている
踏み付ける少女、石を投げる少年
目を逸らす老人、口元を覆う見知らぬ誰か
等しく捧ぐ仁に報いなどなく
剥がれた花弁は忘れられ、捥いだ枝葉は売り飛ばされる
あなたには何が残るのだろう
やがて根も絶え、消えてしまうのか
ならば射落とし、この手の内へ
あなたが百花を赦すなら、私はあなたを手折りましょう
ただ愛したかったのです
あなたのように、あなたのことを
光芒の園、陽だまりの泉
崇め奉られる神より清廉に、人知れずあなたは咲き誇る
この手がいつ縊るように伸びても、きっと赦すでしょう
柳のような腕を投げ出し、何も言わず微笑むでしょう
馬鹿みたいだ
喪失を恐れるぐらいなら、溺れる前に選ぶべきだった
離れることを、この指の向かう先を
間違わなければ、あるいは求めなければ
あなたが天に輝く円環へ帰ってしまいそうなどと
愚かな悪夢に恐れ慄くぐらいなら
初めから愛さなければ、そういられたら
廻る頭を擡げる先に
どれほど重ねても染まらず、変わらず咲く花がある
独りよがりの柵を壊して、あなたを見送ろう
握り締めた心臓から滴る泥は後で拭ってしまえば良い
煌めくあなた、ただ一つ赫灼たる光輪の子よ
阻むものなどない空を行け
薄明を裂き、燎原の火となる
あなたは自由に駆けてこそ美しい
(フラワー)
蒼天の下、宿願は成就した
かくして自ら砕いた羅針の欠片を見下ろしている
鮮烈な光は影を招くと言うけれど
真白く在らねば生きられず
祈る度に剥がれ落ちた
手繰る程に遠ざかった
透き通ることを誓う遥かな歳月の果て
鏡を見つめ返す瞳が消えた
傾く世界に、私だけが見えない
まだ鋭い栄冠がこの胸に突き刺さって
指の隙間から噴き出す鬱屈が沁みて
不浄の枢、垂れて滲む朱殷を見せたくなかった
かつて見た空を瞳に宿したあなたにだけは
ただ誇れる気高い光で在りたかった
柔らかなその手を取って導く風になりたかった
汚濁の海が足下に迫る
触れないで、離れて、優しいあなた
もはや呑み慣れた、舌の痺れた私とは違う
どうか捨て置いて、忘れてしまえと喉を枯らしてでも
あなたを毒に浸したくない
それなのに、瞬刻、溢れる歓喜の吐息
馬鹿な人、愛しいあなた
ずぶ濡れになって、息を切らして、血を流しても
抱き締める腕の何と温かいこと
痛みは露と散り、汚濁を顧みず、罪禍を射抜く
剣でもなく、矛でもなく、言葉に宿るあなたの献身
正邪錯綜してこそ畢生の路と肯う背の力強さよ
私が選んだ出会い
最上の幸福をこの胸に抱いて
泡のように浮上する
朝が来ても弾けないで
あなたと歩む、肩を並べてまだ歩み続ける
(新しい地図)