人生ゆたか

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9/6/2025, 12:58:40 PM

誰も居ない教室の中を黒板を背にして見渡す。
何ら変わらない、いつも見ている景色。
机と椅子と荷物を入れているロッカーと掃除用具入れ
教室の壁には、掲示板

今度は、背にしていた黒板の方へ身体を向き直す。
何も書かれていない黒板…
下を見ると、黒板消しと数本の白いチョーク
俺は、徐ろに黒板に置かれている白いチョークを手にする。目線の高さまで持ち上げまじまじと、そのチョークを見つめる。おそらく備品の箱から出したばかりなのだろう。そのチョークは、まだ1回も使われていなく長さは長いままだ。
俺は、その新品のチョークを躊躇なく握りつぶした。
バキッと音を立て握りつぶした掌を広げると新品のチョークは粉々になり短くなった。
握りつぶした掌は白く粉だらけになったが俺は、冷めた瞳と無表情な顔をしたまま見つめていた。
そのまま、掌を下に向けチョークを床に落とす。チョークは床にぶつかりバラバラと音を立て散らばる。

その光景を鼻で笑って見つめてから黒板へと目線を変える。


「……さて、始めるか。」

また、黒板を背にし近くに置いてあった自分の黒いリュックサックを教壇の上に置きチャックを開ける。ジィーっと音を立て中から
❝例のもの❞を取り出す。それは、円形状のペンキ缶と刷毛、スプレー缶、ゴム手袋に工事用のマスク、キャップ全てを取り出す。ゴム手袋と工事用のマスク、キャップを装着をし、円形状の缶の蓋をこじ開けた。
蓋を開けると、ペンキ独特の匂いがする。
缶の中は、赤色のペンキの液体が並々と入っている。
俺は、刷毛を手にしドブッッッと勢いよく缶の中へ入れた。そのまま、缶の取手を左手に持ち
また黒板の方へと向き直す。

缶の中へ突っ込んだ刷毛を右手に持ち、ボタボタと赤色の液体が床に落ちていったが気にもせず、ワザと雑な字で、黒板へと書き込んだ。

《宣戦布告》

黒板の端から端へデカく書いていく。書き終わると
手に持っていた缶と刷毛を床にぶん投げた。ガバンッッッと机に打つかる音と缶が打つかる鈍い音、そして液体が缶の中からドボドボと音を立て床に血溜まりのように広がっていく。次に俺は黒色スプレー缶を持ち赤字の上から文字が強調されるように吹き付けた。

この教室の人間が皆見られるように…
この学校の教室が恐れるように…

マスク下の俺の顔は、先程の無表情から一転し満面の笑みを浮かべた。吹き付けが終わり黒板から2メートルぐらい下がり黒板全体を見渡す。

「…完璧だ。」

俺は、ゴム手袋とマスクと着ていたジャージ、履いていた靴下とキャップ、上履きを全て脱ぎ予め用意していたゴミ袋へ入れた。……念の為の証拠隠滅だ。
そして、再びリュックサックから予備のジャージと靴下
上履きを取り出し着だす。窓の外を見ると日が傾き始めていた。教室の時計の時刻は、17:15
部活をしている者は、もう終わり支度をしている時間帯

素知らぬ顔で、教室を出て少し遠回りをして生徒玄関へ向かえば良い。もし、仮に誰かに会ってもジャージを着ているから上手くごまかせるし怪しまれることもない。あと、顔を隠すため市販のマスクを付けているからただの風邪気味の生徒にしか見えない。
誰にも怪しまれない…

「フフッ…さぁ、帰るとしよう。」



赤札ならぬ、赤文字で宣戦布告。
この学校の生徒と教師らに、
俺ら、格下たちの人間が戦争をけしかける。

8/23/2025, 11:35:34 AM

遥か遠くに稲光が見えた。
見えた方角は、西の方だ。
空は黒く、それまるでお腹をすかせた空の神様が
空腹に耐えきれず、数多の星や月を全部食べてしまった
……かの様だと、船上の甲板の上から西の方角を見ながら考えていた。

数多の星や月を食べ尽くしてしまった空の神様は、
それでも物足りぬ事に腹を立てたのか、今度は
怒り任せに落雷を海上に落とし海を荒げ、もっと食わせろ!と、言っている。

遠くの船上の甲板の上で、西の方角を見ていた私の方にも、海面を上下左右に船を揺らし海面へと引きずり落とそうと必死だ。
海面上を吹き付ける風は、激しく荒ぶる海面の水と共に
私達の体力を奪おうと襲いかかる。
上下左右に揺れる船上で、船乗り達は吹き付ける雨風に負けぬと必死に帆を畳めようとしていた。

ロープを数人がかりで引っ張る者
甲板の上で、転んだ拍子にロープに足を取られ逆さまに宙吊りになった者
上下左右に揺れる船で、体勢を崩し海面へと落下ししてしまった者
船体ごと沈没せぬように必死に、操縦をする人が居なく勝手に回り始める舵を数人がかりで動きを止めている者

荒れ狂う海面と吹き付ける雨風に負けるように
怒涛と指示の声が船上で飛びまわっていた。

私も皆の助けをしようと、右足を一歩出したが
直ぐに、此処は危ないから船内へ!と、肩を捕まれ止められた。抗議を入れたが聞いてもらえなかった…
致し方なく、私は船内へと向かうしか無かった。

振り向きざまに、甲板の上の船員達の無事を祈る事しか
私には出来なかったのだ。
船内へ入ると、私の肩を掴み船員達の元へと行くことを阻止した漢は奥の方から救命胴衣を持って来て、私に渡してきた。これを着けろ!ぶっきらぼうな言い方だった。されど、今まさに皆生き残るか…皆死ぬかの九死に一生の瀬戸際で、こんな言い方になるのも致し方が無い。
私は、彼から救命胴衣を受け取りすぐに着ることにした
この救命胴衣は、下着を着るような履き方をする。
つまり股の部分に上半身から救命胴衣が外れて脱げ無いように紐状の物が股に付いているタイプの救命胴衣だ。

このタイプの救命胴衣は絶対に外れない。
船に乗る時に説明されていた事を私は、救命胴衣を着ながら思い出していた。
救命胴衣を着終わると、付いてきた漢は私の姿を見て
一瞬、満足そうな顔をした。

生と死が別れる、この状況で漢は微かに満足そうな顔をしたのを私は見逃さなかった。それと同時に、私は漢が
救命胴衣を着けていないことを指摘した。
漢は、一瞬黙り込んだが俺の心配はしないでくれ。と
受け流された。何故?私は、聞き返そうとしたそのときだった。船内の扉が勢いよく開いたのだ!
雨風のせいなのか?それとも…上下左右に揺れる船のせいなのか?私も漢も、どちらが先だったのか分からなかったがほぼ同時ぐらいでお互いの顔を見合わせた。

扉を開けた正体は、船員の1人だった…
彼は、全身ずぶ濡れ姿だったが船内には一歩も踏み入らず大声で、船底に穴が空き現在浸水中!
くい止めようと手を尽くしていますが!浸水の速度が速く止めきれません!!このままだと!船体ごと海へ沈ます!!と、同じ言葉を繰り返し叫んだ。
その言葉を静かに聴いていた漢は、なるべく冷静な声で

全船員達へ伝令!救命胴衣を着衣し!
皆、離れ離れにならぬようにロープを掴み
海へ飛び込め!!

その判断を聞いて、船員は一瞬驚いた顔を見せたが
了解!伝令に向かいます!!と、応えると全船員達へと伝令をしに向かったのだ。

長き時間と年月を共にし、私たちを遠くの国へと運んでくれた…この船が沈むタイムリミットが近いのだ。
私が、今居る船内の中には、思い出の代物が飾ってある。絵画、花柄のお皿、スカーフ、貝殻、帽子、髪飾り…数々の国を巡り想い出深い私の宝物たちも、
この船と共に海底へと沈む。
私が想い出の品々を哀しそうな目で見つめていたら
漢が、私の右後ろから優しく…それは優しい手つきで
右手を繋いで、そのまま静か声で話した。

…貴女は、この先も生きて行く人だ。
この船と共に沈んではいけない。

あまりにも、静かな声で話すから私は思わず
彼の方を振り返ってしまった。穏やかな顔をしていた…
何故?そんな…そんな哀しいことを言うのだ!
貴方も救命胴衣を着て!早く!!

私は、まだ救命胴衣を着ていない漢に声を荒げる
雨風にも揺れ狂う船にも負けない様に大きな声で…
それでも、穏やかな顔のままの漢に私は、先程船内の奥から救命胴衣を取り出していたことを思い出し、繋がれた右手を外し奥の荷物箱へと向かう。
後ろから、漢が何か言っていたみたいだが今の私には聞こえなかった。それほどに無我夢中で我武者羅だったのだ。
荷物箱の蓋を勢いよく開け中を見て目を疑った。
そこには、救命胴衣が一着も入っていないのだ…

えっ?なんで?…此処に入っているって…沢山…

私は、訳がわから無いまま…また漢の方へ振り返る。

…とうとう…バレてしまいましたか…
其処に入っていたのは、貴女の分の救命胴衣だけです。
沢山入っている話は…旦那様の嘘です。
貴女を何が何でも生かす為。無事に国へ帰すことが
旦那様の望み。俺は…その命令に従っただけです。

漢は、私に…隠していたのだ。
自分の分の救命胴衣が無いことを
…この航海の旅が始まった日から
ずっと…何年も何年も私に隠し続けていたのだ。
貴方も!生きなきゃ!この船から共に…!
この言葉を話そうと、喉まで声が出かけた時だった。
突如、扉の方から大きな音がした。今度は、屈強な体格の船員が物凄い顔をしていた。その顔は、死を恐れる顔つきだった。

2人も早く!!

開けた扉の外から、海へ飛び込めー!沈没するぞー!
の声が微かに聞こえる。
救命胴衣を着た船員達は、伝令通にロープを握りしめ
次々と海へ飛び込んでいく。
荒れ狂う波に負けぬよう戦っていた、この船体にも限界が来たようだ。船体は、かろうじてバランスを保っていたが徐々に左側へ倒れる様に傾いてきている。

このままでは…本当に危ない!

身の危険を感じた私達は、屈強な体格の船員の元へと
転ばぬ様に足を進めた。
屈強な体格の船員は、私に手を伸ばした為
私も必死にその手を掴んだら船員は、グイッと強く引っ張った為、少しだけ私は体勢を崩したが船員が直ぐに身体を支えてくれた。

正にその直後だった。
バタンッッッ…

私の背後から…聴きたくもない音が…
聴こえてしまったのだ。恐る恐る振り返ると
私の背後には、漢が居ないのだ。
在るのは、閉じられた扉だけ。
漢は…私の宝物たちと船内に残ったのだ…
私は、すぐ船内へ戻ろうとしたが船員がそれを阻止した。

まだ…!彼が!!

暴れる私を船員は、荷物を運ぶかのように
いとも簡単に持ち上げ…そのまま甲板の上を走り
先に飛び込んだ船員たちへの元へと担がれたまま
荒れ狂う海へ飛び込んだ。

私が最後に見た景色は…船体が横向きになり
そのまま海底へと沈んでいくtuonolontano号
彼は、私の宝物と祖国から共に遠くへ旅をして来た船と共に手の届かない程の深い深い光の届かない深海へと沈んでいってしまった。

雨風が吹き荒れ狂う海に飛び込んだ私達
遠く遠く遥か彼方で遠雷の光が見えた。

8/19/2025, 2:43:54 PM

戦場を駆け回り、敵をなぎ倒し
死人を踏みつけ、よろけて転び体勢を崩し
そこを刀で命を狙われ、自らの命を守る為に
敵に刀を刺し起き上がり、また戦場を駆け回る。

目指すは、敵の大将首

自らの足が動かなくなるまで、走り続ける。
我の愛馬は、早々に槍で刺され命を落とした。
生命尽きる時、我は尾の毛を一掴し切り落とした。
愛馬を、こんな死人が絶えぬ戦場に置き去りにしてしまう事が唯一の心残りだ。
せめて、尾の毛だけでも我と共に帰ろう。
命を奪い合う戦場で、我は懐から手拭いに取り出し
愛馬の毛を手拭いの中へ優しく包入れ、懐へと戻し入れた。

我の軍の仲間は、どのくらい生き残っているのだろうか?
そして、どのくらいの生命が尽きていったのだろうか?

敵の大将の元へと向かう中、走りながらそんな事を考える。そして、その中では
人が走る音、馬が駆ける音、檄を飛ばす声、怒涛の声
悲願する声、刀と刀が打つかる音、槍が人を刺す音
放たれた弓が飛んでいく音
時折吹かれる風と共に、その場の空気の匂いは
鼻をふさぎたくなるような血生臭いがした。
もう、我自身も血の匂いと汗の匂いと土の匂いがする。

それでも、我は足を止めなかった。

我が率いる軍も、我と共に大将首を狙っていた。
皆、長き戦いの疲れが休まらぬ身体だが
心だけは、誰よりも炎が燃え盛るように熱かった。
大将を護る敵が襲いかかって来ても、刀を振るい続けた
手の皮が擦りむけ血だらけになっても、振るうことだけは絶対に止めなかった。

「見えた!!!居たぞ!!!!」

大将首を狙う、我の軍の誰かが声を上げた。
我も、目を凝らし先を見据えた。

『……彼奴だ!!』

我は、ついに敵の大将の姿を目で捉えた。
自らの周りをぐるりと人の壁を作り護らせ決して人を
寄せ付けないと言わんばかりの護衛と
刀傷が1つも付いていない漆黒の甲冑と兜を身に纏って大矛を構える敵の大将
一歩も動かない大将は、まるで自らは汚れた事はせぬ。
と、言っているかのような堂々とした態度と何事にも揺れ動かぬ心を持っていた。

……こういう護りをする奴らを相手にするのは
実に一苦労だ。下手すれば、此方側が全滅する可能性がある。それだけは避けたい。

…致し方が無い。我は、走りながら徐ろに
右手を握りしめ拳を作り高々と天に突き上げた。

「!?」

この行動に気がついた我の仲間達は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、同じように拳を握りしめ天に突き上げる。そして、次の瞬間には蜘蛛の子の様に散り散りに
戦場の中を走り去って行った。
拳の意味は、【生きて再会すべし】

この戦いが始まる時に、我と共に戦う仲間へ告げたのだ

『我が、拳を上げたら皆生きる事だけを考えよ。』

我の言葉に、納得がいかず非難轟々の仲間たち。
だが、お構い無しにそのまま話し続けた。

『……それでも無駄死にする者は
問答無用でこの場で斬り殺す』

刀を鞘から抜取り低く唸るように話すと恐怖に怯えた仲間は何も言わずに黙り込んだ。

『お前等には子や妻が居るだろう…必ず生き再会すべし
……大将首は、我が必ず討つ。
さて、話はこれで終いだ。皆、家へ帰れ』

何か言いたげな仲間たちをさっさと家から追い出し、
誰もいなくなった部屋で1人静かに最期になろうと
思える酒を飲んでいた。その夜は、
我が、此の世に未練を無くした日と同じ新月だった。

彼奴等には、何が何でも生きてもらわなくてはいけない。愛する者を…生命を奪われた哀しみは我だけが知っていれば良い…あの哀しみや苦しみの辛さは…もう…

(れん……我は…この戦いで命が尽きよう
…だが、大将首を討つまでは死ねん。
今少し…そちらで待つが良い。)

薄暗い部屋で、杯に入っている残りの酒を飲み干し
床の上に横になり眠りについた。

明日は早い…少しでも眠ろう…



………
…………
……………
…………………

〘慎之助さん〙
夢の中で、我の妻となるはずだった女性が
春の木漏れ日の様に暖かな優しい笑顔を向け我の名前を呼んでいた。我は、彼女に触れようと手を伸ばしたけれど、その手は届かなかった。

……いつぶりだろうか?
あの日以来、感情を捨てた我が彼女の姿を見た瞬間に
頬には涙が雨のように流れ落ちる。
涙を拭くのを忘れ、只々彼女を見つめていた。

〘何故、貴方が泣くの?〙
彼女は、不思議そうな顔をしながらも何処か楽しそうに笑っていた。
我は、彼女と話したいのに何故か声が出せないでいた。
その焦れったい気持ちを見据えた彼女は、先程とは打って変わり真剣な顔つきになり話し続けた。

〘慎之助さん……私の分まで生きてください。
勝手に生命を絶つことは、私が許しません。
良いですね?…約束ですよ…〙

それだけ言い残すと、彼女の身体は光り輝き姿を消してしまった。何も言えず触れられず…消えてしまった。


………………
……………
…………
………

夢から目が覚めた時、頬には涙の粒が付着していた。
身体を起こし部屋の中を見渡す。
何もない部屋に実は、彼女が居るのではないか?
生きているのではないか?
そんな錯覚を引き起こしてしまった。
頭では理解している…だが、心が彼女が居ない現実を
長年拒絶をしていた。絶対に受け入れようとはしなかった。

『勝手に死ぬ事は許さぬ………か。』

如何にも、我の妻となるはずだった女性だ。
変わらず心が強い女性だった。
❝共に生きていきたい❞と、強く想った女性だ。


…では、この戦我なりに足掻こうではないか
足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて


大将首を討ち仲間と共に生きる。
これが我の我道であり生き様だ。


『いざ、仲間のところへ』

愛刀の露雨を手に持ち、甲冑を着て
共に戦う我の愛馬の所へと向かい外へと飛び出す。
空は高く雲1つ無い空模様だ。

…れん、行ってくるぞ。

天を見つめ心の中で、姿見えぬ妻に挨拶を済ませ
我は、歩み始めた。

8/18/2025, 1:44:32 PM

音には、色んなものに必ず付いてくる。
例えば、馬が石畳を歩く音。
蹄がカツカツと打つかる。
馬車や荷馬車が、ガラガラと音を立てる。
土の道や砂利道の上を走る音。
踵の高い靴が、石畳の上や階段や木で作られた床で
コツコツと、ぶつかり合い高い音をたてる。
水を必要とすれば、井戸から水を引き上げるために
ガラガラと滑車が揺れる音がする。
火を使えば、薪や炭がバチバチと燃える音がする。

この世界には、人と物と音は全部繋がって出来ていると
俺は、思う。
挙げていったら数え切れないぐらい出てくる。

図書室で、膨大な数の本の整理をしていた俺は
たまたま修復に出していた本が手元に返ってきた為
休憩がてら、返ってきたその本を読んでいた。

本のタイトルは、「音」表紙の色は赤ワイン色で
作者と性別が不明の謎が多過ぎる小説だ。

いったい、この本を書いた人は男なのか女なのか
300年経った今でも分からないでいる。

だが、この本は今現在も新作が発売され本屋さんに
店頭で並ぶと、何処からか街の人が集まり皆この作者不明の本を買っていくのだ。
300年生きている俺も、この本の存在は知っているし
なんなら、大ファンで今も新作を買っている。

きっと、この本を書いている一族?が居るのだろう。
代々受け継がれて小説家になり本を書き続けているのだろう…。と、推測もしてみたこともある。
一度、この小説家の正体が知りたくなり調べた事もある
だが…情報収集や今まで書いた本を読み返してみても、情報が1つも出て来ないのには驚いた。分かったことは
この作者は…秘密主義者で徹底的に情報を漏らさぬようにしている。と、云う事。
これには、俺もお手上げで探るのを辞めた。
それと同時に、大ファンなら犯してはいけない事をした
と、罪悪感も生まれたからだ。

もしも…一つだけ願いが叶うのならば、俺は
この小説家に会ってみたい。と、新作の本を買うたび
想ってしまう。

そんな想いを馳せながら、「音」の頁をめくる。
この本は、もう3回ぐらい読み返したが好きな本は
何回読み返しても面白い…
少し休憩をするつもりだったが、いつの間にか本の世界へ入ってしまい没頭。我に返ったのは、それから2時間ぐらい経って図書室の扉が閉じた音で本の世界から現実の世界へと引き戻された。

*「フィーネ?」

俺の名前が呼ばれ、ハッとした俺は読んでいた本から
名前を呼んだ人の方へと顔を向けた。

『あっ…主様!』

慌てて姿勢を正し、この屋敷の主リグ様へ挨拶をする
俺の目の前の和服を着た女性は、夕食の時間になっても
姿を見せないから心配になって様子を見に来た。と
此処に来た経緯を話してくれた。

『もっ…申し訳有りません。』

お詫びを述べると、元気そうなら良いのよ。と、
にこやかに笑って、本を読んでいたの?
彼女は、俺が持っている本に指をさしながら聞いてきた

俺は、罰が悪そうに正直に
はい…と、応えた。
執事が仕事もせずに本を読んでいた。コレに関して
叱られるのを覚悟していたが、彼女は
そう…。と、だけ答えただけだった。

*「私は、夕食を済ませたから…もう部屋に戻るわね
  部屋まで送らなくても良いわ。
  それより、皆と夕食を楽しんで」

彼女は、この後は自室から出ないわ。と付け加えて
就寝の挨拶を済ませて図書室から出ていった。
俺も、就寝の挨拶を返した後読みかけの本に栞を挟んで
自室へ向かう主様の背に一礼してから食堂へと足を運んだ。

__*サイド__

自室へ戻った私は、自室に鍵をかけ扉のすぐ近くに置いてあるキャンドルに火を付け部屋の中に明かりを灯す。
それから、和服を脱ぎリラックスが出来る服装へと
着替えた。着替え終わったらそのままキャンドルを手に持ち机へと向かい私しか知らない秘密の引き出しの鍵を開け、引き出しの中から真っ白な真新しい原稿用紙と、文字がたくさん書いてある原稿用紙の束を取り出した。

*「まさか、フィーネが読んでいるとわねぇ…」

万年筆ととインクと書きかけの原稿用紙を机の上に広げながら独り言を呟いた。

そう…。私は、作者不明の性別不明の謎が多過ぎる
赤ワイン色の本の作者本人だ。
勿論、屋敷の執事達はこの事を誰も知らない。

私の一族は、代々小説家でその歴史も長いらしい。
本当は、私の姉が小説家になるはずだったのだが、3年前に流行り病で此の世を去った為、妹の私が小説家を引き継いだのだ。
小説家を継ぐときに守らなくてはいけないことがある。

それは、❝正体不明のままにすること❞

小説家の間でも、人気者は妬みや嫉妬を買い場合には事件へと巻き込まれることがあると聞いたことがある
それを恐れた先代たちは、正体を隠しながら生きていくと…小説を書き続けると決めたのだ。

私も、それに習い誰にも言わずに小説を書いてきた。
念には念を入れ、私しか知らない秘密の引き出しには
鍵を取り付け、偽物の書物を用意し鍵のかかっていない適当な引き出しに入れておいたり
寝るときは、陽が昇るまで部屋から一歩も出ないわ。
と、執事達へ予め告げてある。それに対し
不服そうな執事達が、寝ている間に何かあったら困るから扉の鍵は取付ける事と、緊急時の時は大きい音を
たてる事の2つの条件を出してきたので
その条件をのんで、寝るときには鍵をかけているし
大きな音が出るものも用意してある。

こうでもしないと、彼等は自室へやってくる。
もし…原稿用紙が見られ正体がバレたら、先代たちが
隠し続けてきた小説家の人生がそこで終わる。
翌日には、【正体不明の人気の小説家は、
実はグロンズ家の主だった!?】と、新聞の見出しに
デカデカと、載るのが目に見えているからだ。
想像しただけでも、身震いがするほど怖ろしい。

こう云う理由で、秘密にしないといけないのだ。

私は、気合を入れ直すと万年筆を手にし再び筆を走らせる。

静かな部屋に響き渡るのは、万年筆を走らせる音。
こうして、今夜も原稿用紙と向き合うのだ。

8/17/2025, 1:54:38 PM

✼✼✼/08/17

その日は、陽射しが強く汗ばむ陽気だった。
この日は、珍しく依頼も無く自分達の仕事も終わらせた執事達は少し手持ち無沙汰をしていた。
ある執事達を除いては…


「暑いし、やる気が出ないよ〜!」

っと、厨房で洗い終わった皿を一枚一枚布巾で
拭いていた1人の執事

『仕方無いっすよ、この陽気だし…』

同じく、皿を洗って濯いでいる執事は開いている窓の方を見て応えていた。
少しでも風が入るようにと、窓を開けていたが
この日は、最悪な事に無風だった。

『…と、言うか玲王さん良いんすか?
自分の仕事サボって…俺の仕事を手伝ってくれるのは
有り難いんすけど…』

彼が来てから、約30分ぐらい俺の仕事を手伝って
くれているのだが…このサボり魔玲王さんに
いつツッコもうか機会を持っていた処だ。
俺は、窓の方から自分の手元へと視線を戻して
聞いてみた。

(あと…フライパンを洗ったら終わりだな…)

そんな事を考えていたが、先程の質問の返答が無い。
不思議に思いながら、右隣に居る彼へと視線を変える

「………。」

おいおい…彼は、無言のまま俺と目を合わせようとせずに厨房へ入る扉の方へ顔を向けているじゃねぇか

『………サボりましたね?』

そう、問いかけたら図星だったらしく
身体をギクッと震わせ、それを隠すように
彼は皿を拭き始めた。

「ナンノコトカナー(棒読み)」

と、ヘラヘラとした笑い声で誤魔化してきやがった。
まあ…毎日の事だからそんな事だろうなと思っていたから驚きもしない。

(ふーん……。)

俺は、視線を一番最後に残していたフライパンに戻し
左手で取手を持ちながら毛糸で編んだタワシで
ガシガシと洗い始め続けてボソリと呟いた。

『……主様に言いつけますからね』

「……えっ!!??」

彼の声は、とても焦っていた。
それは!駄目だよ!って、声も聞こえたが無視をした。
暫く喚いた声を出していたので、
自分の仕事をサボる方が悪いっす!と、喝を入れたら
グッっ……!と、情け無い声を出した。

2人で厨房で騒いでいると、
厨房の扉が静かに開かれた。キィッ…と、少し金具と
扉が軋んだ音が聞こえ、2人は誰が来たんだ?と
顔を見合わせ、口論を止め開かれた扉に注目をする。

*「あの…大きい声が廊下まで聴こえたのだけれど…
喧嘩でもしているの?」

顔を覗かせたのは、この屋敷の主様ジルア様である。
男所帯のこの屋敷の花でもあり執事達の癒やしでもある
……と、陰で執事達が主様の話で花を咲かせているのを彼女は多分知らない。

まあ……そんな事は今は、どうでも良いか。

主様の姿を見た俺等は、
『「喧嘩はしていません!」』と、見事に声がハモった
この人と声がハモったのは癪に障るが
彼女は、キョトンとした表情をしたが
次の瞬間には楽しそうに笑っていた。

*「フフッ…仲良しね」

『ヘヘッ…あっ!それより、何か御用ですか?』

*「えぇ…あのね、みんなのお仕事が終わったら
涼みに近くの湖にでも行こうか?って、ルキナが提案
してくれて、それで…皆に声を掛けて周っているんだけど…2人は終わりそう?」

『マジっすか!俺の仕事は終わるんで
じゃあ…軽食と飲み物を御用意いたします!』

*「ありがとう。玲王は?」

「おっ…」

『ちなみに、玲王さんは終わってないっす
サボってました(ニッコリ)』

玲王さんは、この野郎!って、顔をして俺の方を見たが
2度目の無視をして爽やかな笑顔を向け主様に告げ口をしてやった。フライパンも洗い終わったので、サボったのがバレて動けないでいる玲王さんから布巾を奪い取りフライパンを拭いていた。

(さて…軽食は何にしようかな♪?)

取り敢えず、食器棚から飲み物を入れるポットと人数分のカップを用意していたら、玲王さんの謝罪の声と共に走り去る音が聞こえた。
ふと、扉の方を見ると主様が爽やかな笑顔で走り去って行った玲王さんの背中に向け右手を降っていた。
まるで、行ってらっしゃい!と、檄を飛ばすように
走り去る背が見えなくなるまで手を振っていた主様は
やがて厨房の中へと入って来て、俺に

*「何か手伝う事はあるかしら?」

と、聞いてきた。本来なら主様は執事達の仕事を手伝うことをしないのだが、うちの主様は手伝いたがる方なのだ。彼女曰く、皆の役に立つ事がしたい。と、
願っているのだから、俺達執事達もこの願いを叶えている。

『ありがとうございます!
では…お言葉に甘えて、実は…軽食は何にするか決めて無くて…』

*「うーん……フレンチトースト」

『えっ……?フレンチトーストですか?』

何でフレンチトースト?と、疑問に思っていた。
フレンチトーストは、朝食で食べる事はあるが…
軽食で、フレンチトーストを食べる事は無い。
今の俺の頭上には、?が3個ぐらい付いていそうだ。
どうやら、その考えが顔に出ていたらしくて主様は
俺の顔を見てクスクス笑っていた。

*「フフッ…何でって顔をしている…」

『なっ!?そりゃぁ…しますよ!』

*「フフッ…それはね……」

『そ…それは?』

*「そのうち分かるかもね(ニコッ)」

ジルア様は、愛らしい笑顔を俺に向け答えた。
結局のところは、はぐらかされたままで教えてはくれなかったのだ。


ところが、ついに何の前振りもなく
その謎が解き明かされる日が来たのだ。




【フレンチトーストは、玲王の好物】




この事を知ったのは、湖へ行った数日後の事だった。
俺でも知らない事を主様は知っていた。料理係の俺が知らずに主様が知っているなんて!
正直悔しい思いをしつつ
この日は、ひたすら野菜の皮むきをしていた。
今日も、外は暑くて、窓も開けていたが
風は微風だった。おまけに涼しく無い…

(今日も暑いなーー…)

人参の皮むきに取り掛かろうとしていたら、厨房の扉が勢いよく開かれて、その音に心臓が飛び出てくるかと思うほどの勢いで…
今日も元気な執事が1人飛び込んできた。

「シャーオーちゃん♪お手……」

『サボりっすか?キカさん?』

飛び込んできた執事にも目もくれず
人参の皮むきに取り掛かる俺と

*「……。(ニッコリ)」

厨房の椅子に座り、インゲン豆の筋取りをする主様
主様は、飲み物を貰いに来たのだが、ついでに手伝わせて欲しいと願われたので、お言葉に甘えて手伝ってもらっている。今は、多分だけれど…飛び込んで来た執事と目が合ったらしい。

(……一瞬だけ厨房の中が静かになったな…。)


「……アハッ♪主様だ~♪」

*「……。(ニッコリ)」



……この後の展開は、振り返らなくても分かるから
キカさんの事は……もう無視しよう。
2本目の人参の皮を剥き作業に取り掛かる。

キカさんの後も、玲王さん、ルカ、恋、が厨房へ
サボりにやってきたが主様の姿を見て、皆
一瞬だけ静かになっていた。

(もう…主様、此処にずっと居てくれねぇかな…)
(俺の仕事が捗るし…)

そんな事を考えながら、皮を剥いた人参を
乱切りに切り始めた。

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